25 いつだって振り回される側なんだ…①
6月下旬
神殿で告げられたアクエリアスからの衝撃の事実のあと、ロスは自分の勝手を恥じながらミカド達と一緒に雷の街へ行くことを決めた。
ロスの、水の街に残るという考えはある種、ミカド達を見捨てるのと同じ選択だった。
にも関わらず、それを見抜いていたミカドに一応の許しを得た。
器の大きさで負けてる気がするな…。
『仕切り直しが出来た!! 次は雷の街に行くと決めた「さあ行くぞ!」では、確実に全員死ぬだけだろう』
流石にそれだと只の馬鹿なので、ロスはミカドと話して算段を立てた。
何はともあれお金だ。
お金を稼いで収納袋を購入する。
そうすれば道中の荷物を減らしたり旅の最中では手に入らない物も取り寄せられる。
そのために…。
「いらっしゃいませー♪」
ロスは今日もカフェ『木かげ』で精力的に頑張っていた。
目的は金を稼ぐ事ともう一つ、マスターの信頼を勝ち取る事だ。
高価な魔導具である収納袋は、単体では最大限の価値は出せない。
必ず協力者が必要なのだ。
協力者の質次第で、高価な魔導具でも役に立たないゴミになったりする。
逆に協力者の質が良ければこれほど旅に役立つものは無い。
その協力者にとロスが考え、白羽の矢を立てたのが、このカフェ『木かげ』のマスターだった。
マスターなら料理の食材や調味料、水、倉庫の管理もお手の物だろう。
逆にロスたちは旅の道中に狩りをする事もあるだろうから、マスターに新鮮だったり、珍しくて貴重な食材を提供する事ができる。
双方に大きなメリットのある取引になるはずなのだ。
そんな理由もあってロスは今まで以上に…それこそ本気で頑張っている。
ロスが仕事でこんなに本気になったのは、生まれて初めての事だ。
もちろんザハグランロッテに関わることなら本気以上の力を出す事もある。
それにしても……。
時間というものが凄いのか、人間の慣れの機能が凄いのか。
ザハグランロッテの変異という事実は、あんなにショックだったのに、今は冷静に飲み込めている。
単に、まだ時間的余裕…猶予があるからかも知れないが、とにかく、今は緊張感を切らさないように注意も必要だ。
あんなに深刻だったのに……。
他のみんな…仲間の雰囲気も、今では何事も無かったかのように過ごしている。
良いことでもあるし、悪いことでもある。
とはいえ流石に目的を忘れたわけでは無い。
あの日から約半月、お金は順調に貯まっている。
このまま行けば予定通り1ヶ月くらいで収納袋は購入できるだろう。
順調、順調……!
張り切って仕事をこなしていると、カルルと目が合った。
「ロスさんは今日も頑張ってるねー! 私も負けれられないなー!」
楽しそうな同僚のカルルは、額から汗を垂らし、無邪気に元気いっぱいといった感じだ。
これで自分より一つ歳上というのだから、驚くほど若々しいといえる。
もうすぐ7月だもんな、流石に昼は暑いよな…。
カルルは良く働き、良く喋る。
カフェ『木かげ』の雰囲気は彼女に支えられていると言っても過言ではないだろう。
「あ、カルルさん。その食器、俺が少し持ちますよ。役に立つでしょ?」
そう言って、ロスはカルルの食器を誘われる様に受け取りに行く。
ロス・グレイブ27歳…匂いフェチの喜ぶ季節到来である。
「ありがとー! さぁロスさん! じゃんじゃん頑張ろー!」
ふわりと香るカルルの汗の匂いに、ロスの鼻の穴が自然と広がる。
良い同僚がいると、それだけで自然と頑張ろうと体が動く。
うん…。
やっぱりこの職場は楽しくてやり甲斐があるな…!
ロスは楽しいという気持ちを自分の中で増やしていく。
……放っておけばザハグランロッテは魔物に変異してしまう。
少し考えるだけでゾッとして嫌だった。
冷静に目を逸らせるのは時間のお陰だ。
だから、ロスは嫌な事から目を逸らしながら働いている…。
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はぁ…今日もザハグランロッテちゃんは素敵だなぁ…。
ある日、いつもの指定席で本を読みながら寛いでいるザハグランロッテを、ロスはいつものようにチラチラ見ながら働いていた。
はぁ…今日もザハグランロッテちゃんは最高だなぁ…。
ザハグランロッテちゃん…いま俺が何か出来る事は……ん…?
ザハグランロッテを見ていたロスの視界に、カルルが混じった。
そのカルルの様子が、なんだかいつもと違うように見える。
気になったロスはカルルの匂いに誘われて、様子を伺いに近付いて声を掛けた。
「いやーもう昼間は暑いねぇ」
パッと見、カルルの様子におかしな所は見られない…見られないが…。
カルルは額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、手でパタパタと仰いでいる。
その汗はどんな匂い、味がするのだろうと、ロスの意識は興味津々に誘われる。
ああ…そうじゃなくて…。
今の季節、ジッとしているには最高に快適な時期ではあるが、少し動いただけでじんわり汗が浮かび、忙しければ汗が制服に張り付いたりもする。
働くのは不快に感じはじめる暑さだ。
暑くて気が滅入ってる…とか?
でも…それほどじゃないよな……?
「もうすぐ7月だもんねぇ…」
カルルはロスに答えながらも、どこか上の空といった感じに見える。
いつものマシンガントークが始まらない。
う…ん…あれ…?
いつもの元気はどうしたんだ…?
取り柄は元気と愛嬌!といった感じのカルルから、取り柄が消えてしまっている。
明らかに普段とは様子が違う…。
一緒に働く大事……な、仲間のカルルだが、今のロスには大事な目的がある。
悩みを抱えているような気がするが、それを聞くことはできなかった。
ロスには他に、絶対的に優先する事がある。
力になれないのに聞くのはなぁ…。
元気と愛嬌を無くしたカルルに対して、気にはなるし、本音は力になりたいけれど、自分が何かするのは止めておこうと自制した。
カルルは同じ職場の…仲は悪くないけど、ただの顔見知りってだけだから…。
今は自分達の問題に集中して…面倒な事に巻き込まれるのは避けないとな…。
胸の中がモヤモヤしたが、割り切るしかなかった。
俺はいつから善人になったんだよ…。
俺は屑だろ…屑で……ザハグランロッテちゃんだけ助けられたら…それで良いんだよ……。
考えに反してロスの気持ちは沈んでいた。
「いらっしゃいませー!」
カルルを見て葛藤していたロスは、店に客が入ってきたことに気が付いて意識を切り替えた。
渡りに船とばかりに客に意識を向ける。
あれ…?
カルルが客に気が付かない…?
まぁ…仕事のフォローくらいは…。
何日かすれば…いつも通りになるよな……?
しかし、カルルの調子は7月になっても戻らなかった。
仕事には休まず来ているが、明らかにボーッとしている事が多くなった。
ミスはしないが、客に気が付かなかったり、呼ばれているのに聞こえていない…ということが多くなっていた。
カルルが調子を落とした分、ロスが全てを完璧にフォローをしている。
店に問題は出ていないし、ロスは、それに対して特に不満も無かった。
しかし、マスターは違った。
「おいロス! お前カルルから何か聞いてねぇか?」
「え? 俺は何も聞いてないけど…様子、変だよね? マスターこそ何か知らないの?」
カルルに聞かなくても何か分かるかも知れないとロスは思った。
でも、この感じだと…マスターも知らないのか……?
新参で頼りがいの無い自分はともかく、マスターにも相談していないというのは、ロスの中では驚きだった。
あの話好きのカルルが…?
それだけ深刻な悩みの可能性…ロスの胸がズキズキと痛んだ。
「いつもなら全く止まらず喋り続けてやかましいのに、ここ最近はずっと静かだし元気もねぇしな…」
そう言いながら段々と元気を無くしたマスターを見て『なんでオッサンが感情移入してんだよ』とロスは思った。
「マスターはカルルさんから何か聞いてないんですか?」
「聞いてないからお前に聞いてるんだろうが!」
本当かな…?
単に気づいてないとかじゃなくて…?
「聞いてねぇって言ってるだろ!?」
何も言っていないのだが、どうやら疑っているのが顔に出ていたらしい。
そんなつもりは無かったのに、マスターを怒らせてしまった。
どうするべきか……。
カルルより優先しなければならない事があり、ロスは違和感を感じた日からカルルの事を意識外に置くようにしていた。
そうしなければ無視できなかったのだ。
大事な旅の準備もそうだが、余計な事に関わる…それは相対的に、ザハグランロッテの変異について軽く考えているようにロスは感じてしまうのだ。
それはロスの中でまるで大罪を犯したかのような罪悪感となる。
カルルに事情を聞くべきか…?
それとも聞かないのが正解か…?
ザハグランロッテちゃんにとってベストなのは、俺が関わらずにカルルが自力で解決する事だ…それで、全てが丸く収まる……。
やっぱり手を出さない方が……。
「お前はカルルと歳も近いし、お互いパートナーも居るから相談だって聞きやすいだろ? 俺は独身だからよ、万が一そういう事になったら、旦那に悪いだろ?」
このオッサンは何をトチ狂ってんだ…?
自分の事をモテるとでも…?
いや…カルルの愛嬌が、勘違いさせてるのか……?
それより…。
マスターは思った以上にカルルの事を気にかけている。
それがロスには重要で、嬉しい事だった。
これなら…カルルの悩みを聞くのは仕方ないよな……?
ロスの胸の中でずっとモヤモヤしていたものが取り払われ、目の前が少し明るくなった気がした。




