24 アクエリアス…③/③
「…ミカド、大丈夫?」
「うん。大丈夫。ここで出来る事が無いなら…ありがとうございました」
エニアに確認され、ミカドは納得した顔で静かにお礼を口にした。
その表情に険は無く、言葉には嘘が無い事を物語っていた。
「アクエリアスさん!ありがとう!!今度一緒にお茶でもしませんか!?」
ホセも感謝を口にし、お礼なのかナンパなのか分からない事を口走っている。
凄い奴だなぁ…。
「くふふっ。私には何も感謝が無いのですかねぇ…くふふっ」
お前に感謝は無理があるだろ…。
ロスはそう思ったが、心の中で思うだけで絶対に口には出さない。
リヴァイアスの言葉は口調もトーンも普通だが、本音はまるで分からない。
サイコパスだからな…。
今日で縁が切れると良いなぁ……。
ここまでリヴァイアスは大人しかったが、これからも大人しいとは思えなかった。
安全を思うならアクエリアスがいる間にお別れしたいところだ。
「終わりなら、サッサと帰りましょう。これ以上は時間の無駄になるし、疲れたわ」
ザハグランロッテはそう言って立ち上がろうとした。
ロスは直ぐに手を差し出し、彼女が立ち上がるのを手伝うと、リヴァイアスに向きあった。
「なあ、話の中でリヴァイアスって単語で出ると、お前は反応するんだろ? 例えば大したこと無い時…雑談とかでお前の名前が出たら、またいきなり出てくるのか? 用事も無いのに?」
この男が、ずっと無害なのか確認をしておきたかったロスはこの機会に聞いておく事にした。
「あぁそんな事ですかぁ…くふふっ。心配はいりませんよぉ…?気に入らなければ消しますから、どうぞご安心を…くふふっ」
消す…?
消すってなんだよ…。
「全然安心できないんだけど…? それって俺達に良い感じじゃないよな……?」
「さあ、どうでしょうねぇ…くふふっ。けれど、私の問題は解決しますから…今もたまに起こることですから気になさらずに…くふふっ」
そうか…やはり切り札として考えるのはリスクが高いな……。
あわよくば呼び出して、戦力として利用しようと考えたが、やはり難しそうだ。
神殿の門で呼んで無事で済んだのも、かなり運が良かった……そう思った方がいいな…。
「分かった。今後はお前の事は忘れて生きていくよ。…アクエリアスさん、助かりました。本当にありがとう」
リヴァイアスへ、今生の別れにするつもりの挨拶と、アクエリアスへ最後に感謝を伝えた。
「それじゃあ帰ろうか」
ロスが部屋を出ようと向きを変えたとき、アクエリアスが不思議そうな声で問い掛けてきた。
「ふむ、あなたは…そのままでいいのか?」
あなたは…そのまま…?
どういう事だ…??
ロスはくるりとアクエリアスに向き直り、言葉の真意を聞き出そうと思った。
最後にポツリと言う辺り、大した事ではないのかもしれない。
けれど、耳に入った言葉はロスを不安にさせるには十分な重みがあった。
「今のはどういう事かしら?」
ロスが聞くより先にザハグランロッテが疑問を口にしていた。
ロスは見ていなかったから分からない。
アクエリアスは誰に向かって『あなた』と言ったのか。
それは『貴方』なのか『貴女』なのか。
その答えは聞くまでもなく、いま本人が問いただしている。
「私に何か問題が?」
「おや、そこまで変わって気付いていないのか?貴女、変異し始めているのだよ」
変異…?
変異って何だ…??
「ちょ、ちょっと待って!?ザハグランロッテちゃんが変異!?へ、変異って何!?」
気が付けばロスは前のめりに詰め寄りかけていた。
「落ち着きなさい」
ザハグランロッテの凛とした声が、ピシャリとロスの動きを止めた。
お、お、おお…落ち着く……!?
ど、どうやって…!
無理だ!嫌だ!ど、、どうすれば…!?
「私の事よ…私が聞くわ」
そ、そんな……!
見た目から彼女に動揺は見られない。
見られないが…その心の中までは分からない。
ロスは頭の中に悪い考えが浮かんでは楽観論でそれを消し、そしてまた悪い考えが浮かぶという思考のループにはまっていた。
ザハグランロッテちゃんが変異…?
ま、魔物に…魔物なるって…そういう…事…?
「それで?このままだとどうなるのかしら?」
「そうだな、そのままだと数カ月から数年で変異するだろう」
魔物の場合どうなる…!?
ご…ゴブリンとか…?
嘘だろ…そんなのあんまりじゃないか……!
「そう……。それで? 貴女はさっき『そのままでいいのか?』…そう言ったわね。対策があるという事かしら?」
そ、そうだ…!
対策があるなら……!!
「それは、そこのイビル種と同じ。歪んで淀みができたマナの流れを正せば良い。そうすれば変異は起こらないだろう」
ふ…防げるのか……?
ここでようやくロスは少しだけ落ち着けた。
「そう。でもそこの蛇と同じなら、ここだけではマナの流れを完全には正せないって事かしら」
「その通りだ。ここに居るのも何かの縁だろう。貴女が望むなら正しても良いが…どうする?」
な、なるほど……。
「どうするも何も…そうね、やっぱり治してもらうしか無いでしょう。そんな当然の事も分からないようじゃ、貴女もそこのポンコツと変わらないから気を付けなさい」
これから世話になる大精霊に対して、ザハグランロッテの態度は不遜過ぎた。
普通であれば相手の怒らせれば自分に不利益が降りかかると思うものだ。
常軌を逸した言動は、彼女の歪みからくるもので、ロスはそれを見て心が苦しくなる。
まだ足りないんだな…。
自分がザハグランロッテの歪みを治す助けになれていない。
その不甲斐なさが苦しかった。
そうこうしている間に話は進み、アクエリアスとリヴァイアスの会話が始まった。
何気ない会話なのかもしれない。
けれど大精霊同士の会話を見ることのある者などこの世にほとんどいないだろう。
そんな貴重な場面にいる。
ザハグランロッテの願い通り、アクエリアスは変異を防ぐつもりのようだ。
「リヴァイアス、お前も手伝いなさい」
「くふふっ。どうしましょう…?どうすればもっと面白くなりますかねぇ…くふふっ」
「はぁ…お前も懲りないのだな」
「おおっと、客人の前で暴力は止めて欲しいですねぇ…嫌われますよぉ…? くふふっ」
「そう思うのなら素直に協力するがいい」
置いてけぼりを食うロスの目の前で、どんどん話は流れていく。
今の流れで話がまとまったらしい。
あれで……?
凡人には理解できない合意の後、アクエリアスとリヴァイアスはザハグランロッテの頭に手をかざした。
大精霊の2人が聞き取れないくらいの小さな声で何かを唱えている。
部屋の水がバシャバシャと暴れ始め、ロスの胸をざわつかせる。
下手に手を出せず、黙ってみているしかできない自分に嫌気がさした。
そして何もできないまま、暴れていた部屋の水が、またおとなしく流れ始めた。
もう終わった……?
かざしていた手を戻し、アクエリアスはザハグランロッテに説明を始めた。
「私達が正せるのは水のマナの通り道だけだ。だが、水は火のマナにも少し干渉ができる。火のマナの通り道もある程度正しておいた。これで少なくとも二年は原形を留められるだろう」
「くふふ…他の大精霊共に会ったらぜひ私を呼んで下さいねぇ…くふふ…」
「呼ぶのは止めた方がいいだろう。こいつは恐らく邪魔になる」
アクエリアスは、リヴァイアスの言葉を即座に否定した。
はっきり教えてくれてありがたい。
ロスは絶対に呼ばないと心に誓った。
「世話になったわね…感謝するわ。それじゃあ今度こそ用事は済んだわね。……さぁ、帰るわよ」
誰もが黙って事の成り行きを見守っていた。
そして誰もが直ぐには動けなかった。
情報が足りない。
疑問が多すぎる。
あれこれと、もっと聞いておく事があるのではないかという思いがザハグランロッテ以外の動きを止めていた。
ロスもまた…大精霊から得られる情報を搾り取ろうと頭をフル回転させていた。
そんな中、ザハグランロッテはロスに向かって手を差し出した。
ロスの頭は彼女を助けたい気持ちでいっぱいで、余裕など一つもありはしなかった。
どうすれば彼女を助けられるだろう。
どうしたらいい……!!
葛藤するロスは差し出された彼女の手を凝視し、そして気付いた…彼女の手が小刻みに震えているのを……。
変異の事実を告げられ、大精霊に対して変わらず堂々とした態度だった。
それが強がりと気付いたロスは、彼女の震える手を握らずにはいられなかった…。
変異すると言われ、不安が無いなんてあり得なかったのだ。
助けたい一心で、彼女の不安を見逃した自分を、ロスは許せなかった。
彼女から不幸を遠ざけたいと思って行動した。
楽しいと感じて欲しいと思って行動した。
喜んでほしかった。
足りない…。
まだ全然足りなかった……。
もっと…もっと要るのか…?
それが自分に出来るのか…何をすれば足りるのか…こんなに大事な人の……。
繋いでいるはずの彼女の手に現実味を感じなかった。
ここにある。
確かにある。
失っていない…失っていないはずなのに…。
そこからどう帰ったのかは覚えていない。
ただ…ロスは何度も『大丈夫…大丈夫…』そう繰り返し呟いていた。




