24 アクエリアス…②/③
「貴女、名前は何と言うのだ?」
「…ザハグランロッテ」
「そうか、ザハグランロッテというのだな…」
アクエリアスの部屋は意外と近かった。
どういう仕組か分からないが、アクエリアスが手をかざすと扉は自動的に開き、ザハグランロッテを先頭に部屋に入る。
仕事をするような大きな机や応接用の立派なソファーが置かれている。
色調は今歩いてきた廊下とあまり変わらず、人がだらりとくつろげるような感じはしない。
部屋の中に水が流れているのは水の大精霊だからだろうか…壁から流れ込む水が部屋の中を巡り、床の水路を流れて部屋の外に向かう。
柔らかな音が部屋に反響し、聞いていると心が落ち着く気がした。
部屋に入ったあと、アクエリアスはザハグランロッテにだけソファーを勧めていた。
ロスにもミカド達にも興味をまるで感じていない様に見える。
ザハグランロッテの名前しか尋ねなかったのも同じ理由かもしれないと思った。
「くふふっ。貴方方も面白いのに、アクアはやはり見る目がない…。くふふっ」
「リヴァイアス。お前までなぜ私の部屋まで入るのだ?」
「それはもう。面白そうだからに決まっているでしょう…くふふっ」
やっぱり、あんまり仲がいいようには見えないな…。
どちらも大精霊なのだから、関係性が薄いという事は無いだろう。
この後の交渉で2人の力関係が重要になる気がするロスは、観察を続ける。
アクエリアスの方が力は強い…?
そうでないなら、リヴァイアスが大人しくする理由が分からなかった。
「まぁいい。そこの貴方。イビル種をここへ…」
リヴァイアスの排除を諦めたのだろう。
アクエリアスは気にするのを止めて話を進め始めた。
蛇ちゃんをテーブルの上にと言われ、ミカドは大丈夫か分からずおどおど困惑している。
助けを求める様に見られ『俺も分からないよ?』と、内心思ったが、それを隠して背中を押す。
「大丈夫…じゃないかな……?」
えっと…もしかして、これは何かあれば俺の責任になるの……かな?
駄目だった時の事をロスは想像した。
怒り狂うミカド…そのミカドから睨まれ、罵倒され、心の底から恨まれる場面が思い浮かんだ。
流石に理不尽だと思う…。
リヴァイアスならあり得るだけに、まだよく分からないアクエリアスも信用できないのだ。
頼むぞぉ…恨まれたくないからな…!
ミカドから恨まれたくないロスは、そわそわして無性にザハグランロッテのお世話がしたくなってきた。
「…へぇ、珍しいイビル種なのだな。たぶん心は人のまま、若しくは人に近いまま…」
アクエリアスの言葉が、ロスが自分の事しか考えていない頭にスルリと入り込んできた。
それって…。
言葉通りなら、ずっと独りで街の外で待っていた頃の蛇ちゃんは、あの暗い森で孤独だったという事になる。
夜の森の怖さはロスも良く知っている。
一人の寂しさも良く知っている。
ロスはそれに耐えられなかったから、だから山賊の一味に加わっていたのだ。
もしかして…。
蛇ちゃん…俺が思うよりずっと寂しかったり、辛かったのか…?
いやでも…。
蛇ちゃんにはミカドがいる…。
そうか…。
だからミカドに…。
テーブルに置かれても、蛇ちゃんの尻尾はミカドの手首に巻き付いていた。
怖くてミカドから離れられない様に見える。
見た目の凶悪さのせいで、自分の目は曇っていたのだろうか。
ロスは蛇ちゃんに、ミカドがいてくれて良かったと思った。
「…うん…そうか…なるほど…」
アクエリアスはぶつぶつ何事か口にしながら、1人で納得している。
彼女が何をしているのかロスにはさっぱり分からないが、邪魔はできないと思った。
『…、、、、、………、』
アクエリアスが非常に小さな声で何かを唱えている。
…また…何か変わるのか…?
リヴァイアスの時は、蛇ちゃんの大きな体が小さくなった。
今度も劇的に何か変化するのかも知れないと、ロスは静かに見守った。
「リヴァイアス…お前は本当に雑な仕事ばかりなのだな…」
「くふふっ。どのみち私に全部はできないのだから、雑だろうと同じ事ですよ…くふふっ」
アクエリアスが呆れた態度を取っている。
恐らく、蛇ちゃんの変化は、もう少しリヴァイアスでも何とかできたのだろう。
「それで? 終わったのかしら?」
「ああ、私にできることはな…」
ザハグランロッテが確認すると、アクエリアスは簡潔に答えた。
これで終わり……?
パッと見変わったようには…いや…これは…。
大きな変化ではないが、確かに変化している。
蛇ちゃんの禍々しく凶悪に見える元凶と言えば、大きく裂けた口に剥き出しの真っ赤な皮膚と、大きく真っ黒で虚ろに見え、飲み込まれそうな目が原因だろう。
その外見が、今は無くなり、普通の蛇になっている。
「ふぅん…これで終わり?」
「そうだな、残りは他の大精霊に歪みを正して貰わなければ、これ以上は…」
歪み…歪みか…。
ロスの中にある仮説がくるくると頭を巡る。
それが正しいのか間違っているのかは分からないけど…。
ともかく、ミカド達とはこれでお別れになるだろうな…。
ミカドは蛇ちゃんを人に戻す為に他の街を目指すだろうし、ホセとエニアはそれに同行するだろう。
少し寂しくなるがこれでまたザハグランロッテと2人、それも悪くないなとロスは思った。
「それと…」
考え事をしていると、アクエリアスは続けて何かを話しだした。
「大きくはなれない、けれど今より小さくはなれる。本人の意思で…それを伝える手段が無いのだがな」
アクエリアスの話によれば、今の人型の質量よりも大きくはなれないが、今のサイズから小さいサイズには任意で自由に変化できるらしい。
それは便利だな…。
「凄ぇじゃん!?それができたら移動とか街の中でもめっちゃ楽じゃねぇの!?」
ホセが大袈裟にびっくりしている。
「良かったな」
良い事だと思い、ロスはミカドに祝いの感情をむけた。
ミカドは今まで見たことが無い、柔らかな表情で蛇ちゃんの尻尾を撫でている。
「…あっ」
エニアが蛇ちゃんの変化に気が付き驚いた声を上げた。
見れば大きさが更に小さくなっている。
「ほう、貴方はこのイビル種と意思の疎通ができるのだな…」
小さくなった蛇ちゃんを見て、アクエリアスは感心したようにそう言った。
これでまた1つ、ミカドが蛇ちゃんと意思疎通できる証明が増えた。
疑うわけではなかったが、自分が蛇ちゃんと意思疎通できないので信用が完全まで上がっていなかったのだ。
これで…ここではもう何もできないのか…。
「あの、他の大精霊様とは連絡したり、それかアクエリアスさんから連中する事は出来るんですか……?」
「無理だろう…興味もないからな」
リヴァイアスのようにあわよくば呼び付けて…という方法が取れればと思ったが、流石にそんなに甘くは無いらしい。
期待していなかったので、無理と分かっても特に落胆する事は無かった。
ん…落胆…?
いや、そもそも俺は関係ないじゃないか…他の街にも行かないし……。
何故か胸の中がモヤっとした。
「他に用事は無いのか?」
ザハグランロッテに聞くあたり、やはりアクエリアスは、ここに居る他の人間には興味が無いようだ。
まあ、手に負えない相手からの興味は無い方がいい…。
出来ればザハグランロッテちゃんの記憶も直ぐに忘れて欲しいくらいだ…。
「始めから私に用事なんか無かったわね。お前たちはもういいのかしら?」
ミカドを見ながらそう言ったザハグランロッテが、何を考えているのか…ロスには読み取る事ができなかった。
彼女はミカド達をどう思っているんだろう…。
怒ってたり不機嫌なことが多かった気がするけど……。
どうなんだろ…?
ザハグランロッテの考えが分からないロスは、ミカドと蛇ちゃんの意思疎通について意識が向いた。
ミカドと蛇ちゃんはお互いの想いが分かるんだったよな…。
羨ましい…。
いや、俺の場合は無理か…。
本音を隠し、表面をハッタリと強がりで誤魔化しているロスは、誰かと心を通わせるなんて、とてもできないと思った。




