23 変化…①/③
6月半ば
辺りは暗く、少し肌寒い。
人が通って出来た道は草がせり出し、歩くたびにカサカサと音が鳴っている。
人の記憶は匂いと連動している事が多いという。
そして、今まさに森の濃い緑の匂いが、ロスの記憶を刺激しているのだ。
山賊と行動している時は、こういうシチュエーションで歩く事が多かったと、懐かしい気持ちに。
まぁ、碌でも無い思い出だけどな…。
ロスは一人で苦笑した。
それにしても、まさか蛇ちゃんが人に戻れるなんてな…。
ロスはミカドに巻き付く蛇ちゃんを見ながら、世間話を始めた。
「ここから蛇ちゃんがどう変わるのか分からないけど、一度神殿には行かないと…」
ロス達は今、夜の森を街に向かって歩いているのだが、これは本来想定外の行動だ。
本当なら今頃は、大きなイビル種である蛇ちゃんの縄張りで、安全な野営をして、今頃は疲れて寝始める時間のはずだったのだ。
それが、リヴァイアスの突然の登場で全て狂わされてしまった。
全員の体力と精神力がリヴァイアスによって削り取られ、そこから更に蛇ちゃんが小さくなるという状況の変化が加わった。
この状態で、いつもの様に野営で夜を明かすのは流石に危険だと判断したのだ。
「俺達がいるのは外郭、神殿があるのは内郭だったよね…」
リヴァイアスが消えるまで元気の無かったミカドだが、どうやら持ち直したようだった。
申し訳ない…という気持ちが薄れたのだろう。
良い事だとロスは思っている。
残った問題は…。
「どうやって内郭に入るか…」
「…内郭は入れないの?」
エニアの疑問に、ロスは自分が今知っている事を話しておこうと考えた。
「内郭は外郭と違って一般人は中に入れないみたいなんだ。外から中に入れるのは商人とか、外に出ていた元々内郭の人間だけらしいんだよね…」
水の街では内郭の治安維持が徹底されていて、外の人間は極力入れない措置が取られているらしい。
恐らく…精霊石を守るためだろうな…。
簡単には入れない…か……。
「無理やりでも…」
そんな中、焦れているミカドは強行突破しかねない危うさを滲ませた。
気持ちは分かるけど…。
「失敗したら終わりだぞ。2度目は無いからな?」
「それは…」
「だから慎重に事を運ぶんだろ?」
逸る気持ちはロスにも共感できる。
かといって、気持ち優先で動いて失敗すれば目も当てられない。
ここは衝動より確実性を取るのがミカドのためにもなるだろう。
それが最善だと思っても、必死なミカドを宥めるのは罪悪感が湧いて苦しかった。
年長者の役目とは思うけど…。
若すぎると面倒だな…。
ミカドがもう少し成長すれば言われなくても慎重な行動をするだろう。
いまは…仕方ないか…。
「まだ焦る時じゃないだろ? とにかく…今日はもう、街の宿屋でゆっくり休もう」
休んで、時間をかけないと…。
「今は情報が少なすぎるし、一番だめなのは軽はずみに行動して、避けられた失敗をしてしまう事だから」
ミカドの願いを叶えてやりたいのは山々だ。
ロスは確かにそう思っている。
けれど、優先順位はそこまで高くない。
軽はずみな行動でザハグランロッテちゃんを危険に晒すなんてあり得ない…。
ミカドの願いは、あくまでもザハグランロッテに危険が及ばない範囲で叶えてやりたい…そのレベルなのだ。
「このまま宿屋まで歩きながら話そう…良い案が出るかもしれないし」
不意に月明かりが陰る。
闇が深くなり、自分たちが危険な場所にいるのだと認識させられる。
周りが見えなくなり、歩けなくなった。
木々が風に揺られて出す音が不気味に感じ、肌を撫でる風がヒンヤリとして体力を吸い取る。
そして闇は怖気を帯びて心の柔らかい所を撫でまわしてきた。
「夜ってこんなに暗かったかな…」
エニアの言葉は、いま誰もが感じているに違いない。
全員が以前より夜の闇に対して無力感を感じ、心細くなっている。
原因は小さくなった蛇ちゃんだ…。
「今まで蛇ちゃんに守られてたからなぁ…」
蛇ちゃんという戦力に守られていないだけで、ここまで違うのかと、みんな驚いていることだろう。
まるで違う安心感に、どれだけ依存していたのか改めて思い知らされる。
暗がりの中、ロスはザハグランロッテの手を握った。
このまま闇に紛れて消えてしまわないかと不安になったのだ。
「こ、これはあれだよ? はぐれたら、い、いけないからさ?」
彼女が手を振り払わないのだから、言い訳の必要は無かったけれど、不安だったロスは格好つけることできなかった。
「何を気持ち悪い言い訳しているのかしら?お前が必要だと思うなら、別に構わないわよ」
彼女が嫌がらなかった事にホッとし、ロスの顔は少し綻んだ。
こういう積み重ねで、ロスは彼女の事が益々大事になっていくのだ。
「あぁ!ズルいッ!!」
耳を澄ましていたエニアに見つからない訳もなく…ロスの空いた反対側の手はエニアに繋がれた。
これじゃあ咄嗟の対応ができないんだけど…。
心の中でボヤいてみるが、両手に花の状態で、正直悪い気分でもない。
強いて言うならザハグランロッテの機嫌が少し悪くなったことくらい。
暗くてザハグランロッテの顔がよく見えないので、ロスは感じるプレッシャーが軽くで済んだ。
多少、居心地の悪さは少しあったけれど、ロスは柔らかい手の感触を楽しんだ。
月明かりが戻る頃には、ロスは気分すっかり良くなっていた。
現金なものである。
蛇ちゃんの小型化により、戦力は大幅ダウンしたが、能力まで失った訳ではなかった。
蛇ちゃんの暗視能力と、ミカド限定ではあるけれど、意思疎通で、夜の森を歩くのは通常よりもかなり楽になっている。
そして幸運にも、心配していた魔物や魔獣との遭遇も無く街まで辿り着くことができた。
「いやー無事に着いたなぁ…」
「そんなに距離は無いじゃない」
ロスの言葉は本当に疲れからくる言葉だったが、ザハグランロッテは不思議そうに軽く返してきた。
リヴァイアスと対峙して疲れてないって…そうとうメンタルが強くないと……。
流石だ…ザハグランロッテちゃんは素敵過ぎる……!
ミカド達は……。
もしかして自分だけが疲れているのかと思い直し、ロスは他の面々の顔を確認しよう視線を向けた。
「俺は疲れたし、もう眠たい…」
疲れからだろうか、いつもの元気を失い、ホセは凄く眠そうにしている。
まるで子供みたいだな…。
「ロスさん…ナナは…このまま入れても大丈夫かな…?」
小さくなったとはいえ、イビル種の蛇ちゃんは、見た目が普通の蛇よりもかなり凶悪だ。
大丈夫じゃないと思う……。
けど…。
「まあ…暗いし…大丈夫だろ…」
ロスは、たぶん駄目だと思ったけれど、本当に駄目なのか分からないし、面倒だと思い、適当な返事で済ませた。
普通は夜の門を通るのは中々難しい。
しかし、ミカド達が毎日狩りに出かけていたので、門番からの覚えが良かったのが幸いした。
「これが人徳のなせる技か…」
ミカド達の社交性に助けられ、トントン拍子に安全な場所まで移動できたロス達は、次第に足取りが軽くなった。
とはいえ、今日はもう何もする気は起きなかった。
だから蛇ちゃんの問題を、ロスは明日以降に棚上げにした。
「じゃあ、明日は俺が内郭の門番に色々聞いておくから今日はもうお開きにしよう」
まだ夜遅いという時間でも無かったけれど、リヴァイアスとの接触はかなりの負担になったはずだ。
その証拠に、誰の口からも異論が出る事は無かった。
俺も今日は疲れたよ…。
ロスはそうボヤきながら、何とか無事に1日が終わったとホッとした。




