21 安定期…②/③
それから、ロスがカフェで働き始めて既に数日経っていた。
一日で分かることは少ないが、数日も働けば続けられるか無理そうかの判断くらいは出来る。
そして、ロスは長く働けそうだと判断した。
「ロスさーん!あそこのテーブル!注文お願い!」
「はい喜んでー!」
表で一緒に働く同僚はカルル1人で、それもロスの中でポイントが高かった。
あまり多いと気疲れするし…。
カルルに注文を頼まれたロスは、直ぐさま客のテーブルに向かう。
客から注文を受け、その帰りには空いた皿を下げ、他のテーブルをさり気なくチェックしておく。
ロスの器用さと、抜け目のなさは接客と相性が抜群だった。
なにより、労働でかく汗は心地よい疲労感と達成感を与えてくれる。
「ロスさん優秀で助かるよー!!」
本当に同じくらいの歳なのか疑わしくなりそうな人懐っこさで、カルルはロスの働きをニコニコ絶賛している。
最初はカルルのお喋りに引き気味だったロスも、ここ数日でだいぶ慣れてきた。
「ザハさんは今日も優雅だし!」
そう言うと、カルルはテラスに向かってバーンと手を出し、それからザハグランロッテを眩しそうに崇めだした。
楽しそうに仕事をする仲間がいると、釣られてこちらまで楽しくなるのでありがたい。
ザハグランロッテの座る物は、最初は普通の椅子だったのだが、長く働けそうだと思ったロスがマスターに交渉して、今はソファーに代わっている。
長時間滞在するのに楽な物を使ってもらいたいと、マスターにお願いしたのだ。
「ソファー?うーん、まぁいいだろ。ただし自分で買えよ?」
特に反対も無く許可されたのだが、このソファーに座って上品に過ごす彼女の姿は、店の集客に繋がった。
影響を受ける女性客や、店の中からチラチラと見惚れる男性客が増えたのだ。
その予想以上の影響の大きさに、ロスはかなり心配になったのだが、彼女はあくまでもザハグランロッテだった。
誰に話しかけられても、相手の顔すら見ずに、あの冷たい澄まし顔で適当にあしらうのだ。
その対応を見ているうちに、初めはハラハラしていたロスも、ようやく安心できるようになっていた。
「お客様、ご注文のアイスレモンティーです」
たまにザハグランロッテの注文をロスが持っていくと、彼女は視線を本から外してロスに向けてくる。
視線を向けるだけ。
けれど、視線を向けるのは相手がロスの時だけだ。
この小さな反応に、他の客は色めき立ち、ロスの評価が上がる。
「今日は、お砂糖を1つ多く入れましょう…」
彼女に出すものは、ロスが顔色を見ながら決めていく。
もちろん砂糖を溶かすのもレモンを搾るのもロスが行う。
このロスのVIP対応が、他の客に羨ましがられていて、マスターに、自分が思い描いていたコンセプトと合致していると言われた。
役に立てたのならと、悪い気はしない。
ロスは他の客にも丁寧だ。
けれど、やはりザハグランロッテに対してだけは別格の扱いとなっていた。
「ロスさんの接客って、凄く評価高いんですよ!? 女性のお客様は、絶対ロスさん希望ですし!」
そういう傾向はあるかもな…。
ザハグランロッテは別格として、他の女性客にもロスは狙って丁寧な接客をしている。
男性客には女性客より、更に丁寧で自尊心をくすぐる接客をしているのだが。
その結果、ロスの人気はかなり上がってきている。
とはいえ…大半はザハグランロッテちゃんの影響だろうな…。
彼女に集まる憧れの視線が、彼女に相手にされる自分の価値を底上げしているのだとロスは考えている。
「でも、接客なんか、俺はカルルさんにまだまだ敵わないよ?」
「もう! おだてても何も出ないんだからー!? ああッ! うちの旦那もロスさんくらい尽してくれたらなぁ!」
喋るのが大好きなカルルはロスやマスターに、隙あらばよく喋りかけてくる。
客ともよく話すので、一体いつになったら喋り疲れるのだろうと、見ていて本当に不思議に思うほどだ。
「お前ら、喋ってないで仕事しろよ!」
いつまで経っても喋り終わらないカルルに、痺れを切らしたマスターが小言を言い始めた。
喋ってるのはほとんどカルルなんだけどな…。
「あっ!?いま行きまーす!ロスさん、後はよろしく!」
嫌な気配を察したカルルは、ちゃっかりその場から素早く逃げ去っていった。
去る時に残した汗の匂いに、ロスのリビドーが軽く刺激され、少し得したような…幸せなような気分になった。
「あ! あの野郎逃げやがったッ! 本当に逃げ足だけは速い!」
「まあまあ、何だかんだでしっかり働いてるし、良いでしょう」
マスターは文句を言いながらも顔は全く怒っていない。
こんなやり取りもお約束なのだろう。
そしてロスもカルルに少し甘くなっていた。
これがリビドーの影響と分かっていても、悪くは無いな…と、ロスは思った。
「今日の注文、そろそろ聞いておけよ」
『今日の注文』…目配せしてマスターが見たのはザハグランロッテだ。
「彼女が居座るようになって売上が1.5倍だからな!」
嬉しそうにしているマスターの、売上が1.5倍増えたとは、ザハグランロッテが広告塔になっている事を意味する。
マスターはその報酬として、ザハグランロッテが頼む店の飲食を、全て無料にしたのだ。
他の客の手前、一応支払うのだが、後で返金される。
ロスとしても、彼女がそれで負い目を感じなくなると思い、大歓迎だった。
ロスはマスターの言葉に従い、注文を聞こうと、彼女の下に嬉々として向かった。
ソファーでゆったりと本を読んでいるザハグランロッテは本当に優雅で綺麗だ。
ほんのり香る彼女の匂いに、ロスはゼロ距離まで密着したくなる衝動に襲われた。
やっぱりザハグランロッテちゃんこそ至高…!
無意識にカルルと比べるロス…最低である。
そんなロスは、衝動を微塵も見せず、彼女にいつものように声をかける。
「お客様、本日のお食事はいかが致しましょうか」
ロスが声をかけると、彼女の視線は本から逸れ、こちらを向いた。
可愛いなぁ…。
「…お前の選んだ物でいいわ」
彼女はそう言ったあと、柔らかな仕草でカップを手に取った。
とてもキレイな手だ…。
彼女の手に視線を奪われていると、カップを持った手がたおやかな仕草で紅茶を口に運んでいく。
「何をしているの?」
ぼーっと立ち尽くしているロスに、彼女はいつもの澄まし顔で問い掛けた。
「いえ、ご注文承りました」
そうだ…仕事中だった…。
見惚れてる場合じゃなかった…。
ロスは後ろ髪を引かれながら彼女の側を離れた。
朝から夕方まではカフェで働き、夕方からはミカド達と合流して夕食を食べる。
そして週に一度、みんなで街の外にいる蛇ちゃんの側で過ごす。
そんな満たされた日々を、特に変化無く過ごしていた。
ところがある日、いつもと違う事がおきた。
いつものように仕事が終わってミカド達とご飯を食べようと合流したときだった。
今日は森の中で蛇ちゃんを交えた食事…宴会の日だった。
いつもなら誰よりもミカドが元気な日にも関わらず、今日はなんだか様子がおかしかった。
「どうしたミカド? 今日は蛇ちゃんの所なのに…」
いつもより暗いな…。
浮かない顔のミカドにロスは何かあったのかと探りを入れた。
「いや…ちょっと悩んでて…」
「悩み?何の??」
トラブルか…? またホセ…?
それともエニア…?
簡単に解決できるなら相談に乗ってやりたいとロスは思った。
頭に響く、悩みという単語。
真っ先に思い浮かんだのは、空気の読めないホセか、地雷系の不思議娘エニアが何かトラブルでも…そう思った。
「ロス兄! ミカドの悩みなんて蛇ちゃんしか無いだろ?? こいつ蛇ちゃんも街に入れないかって悩んでんの! んなもん無理に決まってるのにさぁ」
原因だと思っていたホセにデリカシーの無い怒られ方をし、ロスは何だか納得いかない気持ちになった。
とはいえ…。
歯に衣着せぬ物言い…。
空気の読めないホセらしさ全開だけど、コイツはもう少し配慮を覚えた方がいいな…。
ミカドの為に怒りながら、ミカドの気持ちを傷つけるという残念すぎるホセに、苦言を言いたいが我慢した。
言ったらホセと同じだ…。
ミカドの為の行動で傷つけちゃう…。
ホセは一生気づかないだろうし…。
「決めつけるのは…」
うっかりミカドの悩みから逸れているロスを、エニアの声が引き戻してくれた。
エニアはホセの発言を否定したい。
そう思っているのが伝わってきた。
いつもの地雷臭はどうしたんだと言いたくなるほど良い子に見える。
だからって…。
そこで俺を見られてもなぁ…。
ロスに解決を求めても、イビル種の蛇が街に入るのは普通に考えれば難しいだろう。
下手したら逆に討伐されるぞ…。
でも……。
このままでもいつかは見つかるか…。
「何の権力も無い、しかも他所者の俺達じゃ、許可どころか話も聞いてもらえないだろうな…」
エニアに釣られてロスを見たミカドは、その言葉を聞いてがっかりしている。
今はミカドと蛇ちゃんだけが我慢している状態だからな…。
でも…何とかしてやりたい…改善したいよな…。
権力に力…ロスの中に1人の人物が浮かび上がる。
いや、あんな糞野郎…。
でも、聞くだけなら…。
いやでも…うーん…。
悩むロスに、落ち込むミカドの顔が刺さる。
うわぁ…くそ、これは…。
思ったよりも情が移ってるな…。
これは、本当は良く無いんだぞ…。
頭の中に浮かんだいくつかの案を、ロスは口に出せずに苦悩する。
ミカド達との関係を切っていないのは、あくまでも保険的な理由で『まだ利用できる』かも知れない。
そう思っているからだ。
しかし思った以上に、自分がミカド達への情を感じている事に気がついた。
それをロスは失敗だと感じている。
でも…くそ…。
認めるしかないか……。
「これは可能性の話だけどな…」
そうして、ロスは嫌々可能性の話しを始めた。




