20 生活は地味な努力…②/③
不満たらたらなエニアに文句を言うザハグランロッテを引っ張り、ロスはカフェにギルドの依頼…面接に向かう途中で貸本屋を見つけた。
「ザハグランロッテちゃん、本は読んだりする?」
そういえばザハグランロッテちゃんの趣味とか好みとか、知らない事がまだまだあるなぁ…。
「そうね…私の趣味だったわ。1人で楽しめるしね」
人付き合いが苦手そうな、彼女らしい理由だった。
俺が楽しませたいな…。
「それなら良かった。ここで本を借りておこう。俺が働いてる間に暇しなくて済むからさ」
「私は…?働くんじゃないの?」
カフェと言うから、自分も働ける仕事を選んだのだと、そう思っていたザハグランロッテが不思議そうに聞いてきた。
働かせたくないんだよなぁ…。
というか養いたい…。
「どんな職場か分からないからね。まずは俺が実際に働いて調べたいんだよ。大丈夫って分かるまで、ザハグランロッテちゃんは本を読みながら、のんびりしてて欲しいかな…」
「そう…。お前がそう言うのなら…」
何か含むような言い方と雰囲気が気になった。
彼女は、その澄ました顔の裏で何を思ったのだろうか。
「そうだな…途中で読み切ると退屈しちゃうから、本は2冊か3冊くらい借りておこう」
貸本屋のシステムは簡単だ。
先に新品の本の代金を支払い、返却時に借りた日数、破れていないか、汚していないかを確認する。
そして、本の返却時に先払いした代金から使用料を引いた額が返金される仕組みだ。
買うよりもだいぶ安く本が読める。
彼女が本を選んでいる間、ロスはその横顔を見ていた。
他人を拒絶している様な、独特の雰囲気を纏っている。
「凄く綺麗な人だねぇ」
声をかけられて、そちらを向くとおっとりした感じの、壮年の女性だった。
確か、ここのカウンターに居たので、店員か店主だろう。
「そうでしょう?でも…心はもっと綺麗なんですよ?」
ザハグランロッテを褒められて、ロスはとても気分が良い。
「あら、それは羨ましいわね。あのお嬢さん、きっと育ちが良いのね。幸せそうに見えるもの…」
店の人が彼女を見て幸せそうだと言ったのに、ロスはかなり驚いた。
少しは彼女の役に立てているのだろうか…ニコニコしている女性を見ながらロスはそう思った。
幸せか…そうなって欲しいな…。
ロスは女性の言葉に感謝した。
「それに比べると貴方はちょっとダメねぇ…。もっと…身だしなみくらいは気を付けないと…顔もちょっと残念なのだから…」
「おい…ババァ」
おっとりした壮年のババァが、おっとりした口調で失礼な事を口にするので、ロスもつい口が汚くなってしまった。
こんなのが店員で、この店大丈夫なのか…?
失礼なババァの店で本を借り、ギルドの依頼書を手に持って、ロス達はカフェの中に入った。
「ザハグランロッテちゃんは好きな席に座って待っててくれる? 本を読みながら好きなもの注文して良いからね?」
そう言って、ロスは彼女に十分なお金を手渡した。
手渡されたお金を不思議そうに眺めるザハグランロッテ。
彼女はホセ同様に、このお金がどこから発生したのか不思議に思っているのだろう。
「私はあの席にするわ」
そう言って彼女が指差した席は、直射日光の当たらないテラスだった。
どうしようもない事とはいえ、彼女一人で待たせるのがロスは心配で仕方なかった。
不安を隠してザハグランロッテにしばしの別れを告げる。
「じゃあ俺は行ってくるね…」
まるで恋人みたいなやり取りだなと思い、ロスは小恥ずかしい気持ちになりながら、ロスはカウンターに向かった。
「あの、ギルドの依頼を見てきました」
カウンターで待機している店員らしき小柄な女性に、ロスは声をかけてみた。
カフェの仕事は接客業だ。
清潔感は大切だろうと思い、身なりはキレイにしてある。
問題は無いはずだ…。
「あ、はい!マスター!!!!」
声でか…!
小柄な女性は、ちょっとビックリする声量で店の奥に声を掛けた。
マスターと呼ばれる人間が裏にいるのだろう。
裏からひょっこり男が顔を出した。
あまりにも厳つい顔は、とても飲食店に向いているとは思えない。
睨みながら攻撃的な雰囲気を出す男に、ロスは警戒していつでも対応出来るように気を張った。
これは……選ぶ店を間違えたか…?
「んー。よし、採用。お前、ちょっとこっちに来い」
やっぱり辞めます…。
とも言えず、マスターに呼ばれたロスはカウンターの横を通り、言われた通り奥に進んだ。
「身なりはキレイにしてあるが、その髪はダメだな」
厳ついマスターのダメ出しに、ロスは「はぁ…すんません」と、軽く謝った。
返事代わりの謝罪を無視して、マスターは更に話を続ける。
「あと、前に辞めた奴の服が有るからそれに着替えろ」
言いながら渡された服は、白と黒を基調とした、2色で作られたシンプルなものだった。
「これは?」
「うちの店はイメージが売りなんだ。統一感を出すために服は指定のものを着てもらう。これは店の決まりだ」
イメージ…作業着にエプロンをした姿のマスターは例外らしい。
俺は良いけどお前はダメ…いかにもブラック臭のする職場に、益々失敗した気がしてならなかった。
「俺か? 俺は表にでないから良いんだよ!わはは」
ここでいきなりマスターが豪快に笑い、一気に印象が逆転する。
厳つい顔をしているが、割と気さくな性格をしているのかも知れない。
これなら言っても大丈夫か…?
ロスは店の中にいるザハグランロッテの事を話しておこうと考えた。
「あの…連れが居るんだけど、働いている間店にいても大丈夫かな?」
後でトラブルになると面倒なので、先に許可が欲しかった。
ここで断られるようなら別の働き口を探そうと思っていた。
「ん? どいつだ?」
マスターに聞かれたロスは、店の奥からテラスで本を読んでいるザハグランロッテを指差した。
「彼女です」
「ほう…お前の彼女か」
いや、違うけど…。
そう思ったが、説明が面倒なので否定しないでおいた。
マスターは遠目にザハグランロッテを見ながら、何か考えているようだ。
とても真剣な感じだ。
いやらしい感じ…じゃあ無いな…。
ロスの心配は、彼女に危害が及ぶ事だ。
当然、男のマスターはロスの監視対象である。
「これなら店のイメージも悪くならない、いや…イメージアップで売上が増えるか…? よし、許可しよう!」
ブツブツ言っていたマスターは、ロスの都合を経営の視点から許可してくれた。
良かった…これで後ろめたさを感じずに仕事ができる…。
「あとはお前の髪だな。とにかくおでこを出せ。その方が清潔感が上がる」
奥に戻ると、マスターはロスを椅子に座らせて整髪料を軽くつけ、髪を上にあげた。
「………。あぁ?お前の髪、見た目よりだいぶ柔らかいな。落ちてきやがる…まあ、デコは出てるし最初よりはいいか…」
マスターの妥協発言にどんな見た目になったのか不安を感じるロスだが、マスターはそれを無視して話を先に進める。
「いいか! 接客業はデコを出せ!!デコさえ出しときゃ全部上手く行くからな!覚えとけよ!?がははっ」
何の根拠も無さそうな事を自信満々に言われてロスは苦笑するしかなかった。
「連れがいるなら丁度いい、練習だと思って注文取ってこい。接客業なんだから対応は大体分かるだろ?あとうちのコンセプトは『やや上品』だからな!よし、分かったら行ってこい!」
痛ッ…!
馬鹿力かよ…。
背中を強く叩かれて、ロスは店の中に送り出された。
いきなり送り出す適当さに、この店は大丈夫なのかと心配になった。
こんな適当で…給料はちゃんと出るんだろうな…!?
不安になったが、これもザハグランロッテの生活を安定させる為だ。
そう考えるとロスの覚悟も決まってくる。
えーと、メニューは…?
あれか…?
テーブルにあるな…。
受けた注文はどうするんだ…?
細かな説明が何も無いまま送り出されたので、ロスは店を見ながら仕事のやり方に当たりを付けていく。
すると先程カウンターで待機していた小柄な女性が話しかけてきた。
「あ!いいですね!似合ってますよ?あ、私カルルって言います!働くことになったんですね!?よろしくです!」
明るい声でそう言うカルルはロスと同じように白と黒で作られた制服を身にまとっている。
小柄だが、醸し出す大人の色気から、自分と歳が近いのではないかと考えた。
「あぁ、よろしくね」
「髪を上げられたんだ?おでこはマスターのこだわりだからねぇ…でも!良いと思うよ!何か大人の色気が出た感じ!お客にファンが出来るかもね!」
よく喋る人だな…。
そんな第一印象を感じた。
「あの…受けた注文はどうしたら?」
「ああ、それはテーブルにあるこの2枚札を…あそこにぶら下げたらマスターが料理を作るから!料理は必ず1枚札と一緒に持って行ってね!」
カルルから説明を聞いたロスは、さっそくザハグランロッテに注文を聞きに行く。
本に集中しているのか、ロスが近づいても彼女は気が付かなかった。
穏やかな空気の中、冷ややかな澄まし顔の彼女に声をかける。
どんな反応を見せてくれるだろうかと期待しながら…。
「お客様…ご注文はお決まりですか?」
本を読んでいると、聞き慣れた声が話しかけてきた。
この声はロスね…。
この言葉使い…面接だけで無く、さっそく働いているのか、それともただの悪ふざけか…。
私は顔を上げ、ロスの顔を見て動きが止まった。
「…………」
「あれ? どこか変だった??」
小奇麗な服に身を包み、いつも隠れているおでこと目が露出している。
更に、数房垂れた前髪がいつもと全然違う印象を作っていた。
何これ…。
ちょっとドキドキするわね…。
いつもと違う雰囲気に私はドキドキしている内心を必死に隠そうとした。
「お前…自分の服は? 追い剥ぎにでも会ったのかしら?」
私は照れを隠すため皮肉めいた事を言った。
「え?あぁ…服のこと?この店の制服らしくて、さっき着替えさせられたんだ」
「頭も禿げ上がってるし…」
ああもう…この口は勝手に…!
思い通りに言葉を出せない私は、自分にイライラしながらも、表面上はいつも通りに澄ましておいた。
「それは違うから! それは流石に俺の毛根に失礼だから!」
ロスが髪の毛を手の平で軽く触りながら抗議している。
こんな顔だったのね…。
いつもよりハッキリ見える目と顔に、私は鼓動が速くなるのを感じた。
正直にいえば、なかなか男前だと思った。
「さっそく働かされているのね」
採用か…。
これからどうなるのかしら…。
新しい街に、新しい仕事…環境が新しくなり、ザハグランロッテはこれからの事が少し不安になっていた。




