20 生活は地味な努力…①/③
6月半ば
あれ…?
もう誰か起きてる…?
「おはよう、早いじゃん」
いつも起きるのはロスが一番早いのだが、今日はミカドが先に起きていた。
「あぁ、いや気持ちが逸って…ナナが心配だし」
ああ…そういう…。
外に置いてきた蛇ちゃんが、やはり心配で仕方ないようだ。
ザハグランロッテに気持ちを重ねたロスは、ミカドの肩をポンポンと叩いて安心を誘った。
そうか…ミカドは蛇ちゃんがよっぽど大事なんだな…。
なら急いでやった方がいいな…。
「よーし、皆を起こして早く朝飯を食べに行こう」
気持ちが分かるロスは、少しでもミカドが蛇ちゃんに会えるよう時間を短縮してやろうと動き始める。
ロスの言葉に、ミカドは喜んで嬉しそうに、急いで皆を起こしに行った。
そして、ホセ、エニア、ザハグランロッテの順に皆が起きてきた。
先に顔を洗い終えていたロスは、ホセとエニアに準備しておいた水を勧めた。
「冷てッ…」
寝惚けた状態でこの冷たい水は刺激が強いのだろう。
ホセは冷たさにおっかなびっくりしている。
ここで使える水は井戸水なので、そのままだと結構冷たいのだ。
ホセは「はぁー冷てぇ」と、ためらいながら顔を洗い始めていた。
今は6月の半ばだし…。
朝はまだまだ寒い…冷たい水を使うのは、嫌だよな…。
ホセを見ながら、ロスはボーッとそんな事を考えていた。
「…えっ?それ水なの?」
「当たり前だろって、それ…」
驚くホセの目に映るエニアのタライの水は湯気が出ている。
「ロス兄あれ何?」
「何ってお湯だけど?」
「俺のは冷たいのに?」
「お前はホセだからな…?」
「そっか…なら良いんだ…」
何が良かったのか分からないが、ホセはすごすごと引き下がった。
不満げに訴えてくるホセに、ロスは心の中で少しだけ謝罪した。
すまんなホセ…。
お前には当て馬になってもらう…。
「…そっか私のは特別……」
ホセより自分の方が優遇されていると分かり、エニアはニヤニヤと嬉しそうにしている。
狙い通りの反応を得られてロスはホッとした。
ほんのちょっとの優遇…。
最後に起きてきたザハグランロッテは椅子に座って動かない。
ダルそうにしているので、まだ眠いのだろう。
もしかして、昨日は寝付きが悪かったとか…?
「おはようザハグランロッテちゃん」
「ん。おはよう」
反応も機嫌も特に悪くない…。
一応体調不良に気を付けておくか…。
少し心配な気持ちになったけれど、まだ慌てる時じゃ無いと、ロスは自分を落ち着かせた。
取り敢えず、ザハグランロッテに温かいお茶を出し、彼女がお茶を飲んでいる間、ロスは少し散らばった彼女の髪を梳きながら体調を窺う。
髪の毛は毛先から丁寧に、そして段々と根本に向かって梳いていく。
今日も…。
綺麗な髪だ…。
彼女がお茶を飲み終わると同時に髪の解きほぐしも終わった。
まだボケっとした様子の彼女の目元を、温かいタオルで覆い、軽く押さえ付ける。
しばらく押さえ続けたあと、今度は冷たいタオルに替え、同じように押さえ付けた。
これをもう一巡繰り返す頃にはザハグランロッテの目も覚めていた。
うん…体調不良では無さそうだ。
良かった…。
「…ずるい…私も」
エニアの抗議が始まる前に、ロスは冷えたお茶をスッと彼女に出した。
「はい、これはエニアちゃんの分ね」
機先を制するロスの動きは、狙い通りエニアの動きを阻害した。
「エニアちゃんがお茶を飲み終わったら皆でギルドに行ってみようか」
話題を追加し、エニアを自由にさせない小細工を入れる。
更に、他に話を振って都合の悪い話をどんどん後ろに流して行く。
「ミカドもホセもそれで良いか?」
「おお! 俺はいいぜッ!?」
ホセは乗り気に、ミカドも頷いて返事した。
このくらいコントロールすれば…流石にエニアもトラブルは起こせないだろう…!
ロスは自分の行動と結果に満足した。
それにしても…ギルドか…。
みんな仕事が有ればいいな…。
水の街に着いた時点で、ミカド達を仲間に引き入れた目的は達成されている。
後の事は知ったこっちゃないのだけれど、不幸になるのは後味が悪いとロスは思っている。
ここからは背負い込みたくない…。
だから別行動が良いんだけど…。
ロスはそういった考えを徹底して隠している。
それは、誰もロスの心の内を知りようが無いという事だ。
だからミカド達も、まだ自分達がロスから離れて生活しようと考えているとは微塵も思っていない。
まぁ…意見が対立するまでは別に一緒でもいいんだけど…。
ここまで来てサヨウナラでは、用が済んだからもう必要無いと白状しているような物だ。
まだ慣れていない水の街で、トラブルが起きれば、ミカド達を利用出来るかもしれない…という打算も浮かぶ。
屑みたいな思考だな…。
でも、もう少し利用させてもらおう…。
ロスは結論を先延ばしにした。
宿屋を出てギルドに向かう前に。
ロスは今日泊まる分の宿代を払おうとカウンターに寄った。
「昨日も思ったんだけど…ロス兄は何でお金持ってんの!?」
ホセは、まだ一回も仕事をしていないのに、どうしてロスがお金を持っているのかと驚いている。
へぇ…ホセが気付くんだ…?
意外な注意力に、ロスは少しだけホセを見直した。
といっても、少し考えれば誰でもこの段階でお金を持っているのは変だと思うだろう。
「昨日の酒も明らかにタダで飲める量より多かったし…」
盗ったとは言えないからな…。
「そりゃお前らが気付かなかっただけで、地の街から持ってきたお金を両替したんだよ」
適当な言い訳だが、それっぽければ真偽はどうでもいい。
「へぇ!流石ロス兄だな!」
単純なホセは、ロスの適当な言い訳を本当だと信じたようだ。
マジかこいつ…。
ちょっと純粋過ぎないか…?
コロッと騙されるホセを見て、騙したのはロスだが、ホセの将来が本気で心配になった。
しかし、こんな事で情が湧いたらアホらしいと思い、深く考えるのは止めておいた。
ギルドに着いたロス達は、カウンターに向かい依頼や報酬の受け取り等、基本的な仕組みについて説明を受けた。
他の利用者を見ていれば、そのうち理解できるのだが、見えない部分に大事な決まりが存在するかも知れない。
基本を大事にしないと…。
職員から一通り説明を聞き終わり、今度は貼り出されている、ギルドに来た仕事依頼を吟味する。
「お前らは自分のやりたい仕事を選べよ?」
「は? ロス兄は一緒にやらねぇの?」
ホセが不思議そうに聞いてきたので簡単に説明してやる。
「俺とザハグランロッテちゃんは、ここで普通の暮らしができればいいんだ。だから継続して働ける地味な仕事を選ぶ。お前らはどうせ狩りとか、単純な依頼が良いんだろ?」
俺はザハグランロッテちゃんのお世話で忙しいんだよ…。
エニアが聞いているので本音は隠しながら説明するロス。
「おっ?これが良いかもしれないな」
ロスは目に付いた依頼の中から自分の目的に合いそうなものを見つけ、早々に依頼を決めてしまった。
「俺はこのカフェの募集依頼にするわ。終わったら宿屋で合流しよう」
街中の仕事なら、命に関わるような事件には遭いにくいだろう。
もし、そんな事態になれば自分が対処するか、逃げれば良い。
「それをやるの?まあ、良いけどさ…それじゃ、また後で」
ミカドは不満も問題も無さそうな感じで返事をしてくれた。
よし…。
「じゃあザハグランロッテちゃん。俺達は先に行こうか」
早くここから立ち去って既成事実を作りたいロスは気が逸り、ザハグランロッテに手を差し出した。
あ…失敗したかな…?
焦りで流れを見ていなかったロスは、自分の手が取られないかもしれないと不安になった…が、ザハグランロッテは素直にその手を取ってくれた。
ほっ…良かったぁ…。
「あっ…私も」
そう言いかけたエニアに、ロスは首を振って言い聞かせる。
それは駄目でしょ…。
「エニアちゃんはミカド達と行動して?大事な仲間でしょ?それにエニアちゃんがいないとミカドもホセも困るだろうし…ね?」
「くっ…」
止められたエニアは物凄い形相でミカドとホセを睨み始めた。
「え!?俺らのせいじゃないよな!…な?ミカド、そうだよな!?」
「あ、ああ…流石にちょっと…」
まるで、お前らのせいで止められたと言わんばかりの表情に、二人はあたふたしている。
この理不尽は流石にウケる…w
ミカド、ホセ、エニアの何気ないやり取りは、仲の良さを感じさせるもので、見ていると気持ちが温かくなる。
結局、エニアは渋々といった感じで引き下がった。
ミカドとホセは、それを見て心底ホッとした様子だ。
ミカド達の戦力で、蛇ちゃんを除けば残りは3人しかいない。
1人抜けただけで影響は甚大、冗談抜きで死活問題になるのでエニアの脱退は絶対に認められないだろう。




