19 水の街…②/③
「さぁ、出発しますよ。あまりナナに引っ付かないで、殺しますよ?」
蛇ちゃんに抱き付いているロスに、ミカドが物騒な声をかけてきた。
余計な事を喋らない蛇ちゃんに抱きついていると、落ち着くのだ。
「ロス兄!俺は気持ちが分かるぜ!!」
ホセは他人事のように共感を示した。
「なぁ蛇ちゃん…人って怖いな…」
「あの…ナナは俺の大切な人だから、あまり引っ付かないで」
傷心中のロスに、目が笑っていないミカドが不機嫌そうに再度注意してきた。
「………すまんかった」
ロスは素直に謝り、すごすごと自分の荷物を持ち、それから隣にある荷物も抱えた。
隣の荷物はザハグランロッテの物だ。
蛇ちゃんの背によじ登ったロスは、ホセに向かって「これ支えてて」と荷物を頼み、一度蛇ちゃんから降りた。
ザハグランロッテが蛇に登るのを手伝う為だ。
「…私も」
エニアはニコニコしながら手を伸ばしている。
冷たく断れないロスは、仕方なくエニアの手を取って引き上げた。
「ロス兄!大変そうだな!」
「…そうなんだよ…正直、俺の知ってる常識が壊れてて困ってる…」
結局エニアの執着は、好意なのか興味なのか判別しないままだ。
仕方ないので本人が飽きるまで付き合うことで対応する事にした。
付き合うと言っても恋人的なものでは無い。
「でも、ザハグランロッテちゃんと区別はするけどな…はぁ、早く飽きてくれないかな…」
ロスはボヤき、ホセはそうだなと適当に相づちを打った。
「エニアの性格って俺もミカドも本当によく分かんないんだよなぁ。不思議な感じの奴だからな。俺は今みたいなエニアも初めて見るぜ?」
ホセは不思議そうにエニアを観察している。
ミカド達と出会う前。
ロスとザハグランロッテは、相互依存の関係で完成していると言えた。
だから…二人しかいないなら、人間関係は何の問題も無かったのだ。
そこに、エニアが強引にねじ込んできた。
つまり完成し、安定していた二人の関係が不安定になっている。
不安定になれば問題が発生するのは火を見るよりも明らかで、一番考えられるのはザハグランロッテのストレスだろう。
ロスの心配が解決しないまま、一行は水の街に向けて出発する。
「じゃあ動くから落ちないように気を付けて!」
蛇ちゃんはゆっくりと動き始める。
旅はロスの思惑通り、格段に安全に、そして楽になった。
蛇ちゃんの背中には、先頭にミカド、エニア、ザハグランロッテ、ロス、ホセの順に乗っかっている。
エニアは不満そうだったが、ロスが強く言い聞かせて渋々引き下がった形だ。
今のパーティで足手まといになるのは、恐らく自分とザハグランロッテだと考えている。
ザハグランロッテに戦闘能力は無いし、そもそも戦わせたくなかった。
ロス自身も、強いというより小賢しいタイプなので、戦うより逃げる事に長けている。
ピンチになればミカド達を囮にしてザハグランロッテと逃げるつもりだったりもする。
ミカド達はあくまで駒。
つまり道具だ。
けれど、感情を持った人でもある。
弱ければ罪悪感で見捨てられないロスも、この3人なら強いので見捨てることができる。
ただ、そういう事態は発生しないで欲しいとは思った。
捨てるにしても水の街で…。
蛇ちゃんは、馬車と同じくらいの速さで進んでいる。
もっと早く進めるのだろうが、乗っている人が、振り落とされたり怖く感じたりしないように考えてくれているのだろう。
優しいなぁ…。
初めて見た時と違い何だか全部可愛く見えてくるから不思議だ。
蛇ちゃんの配慮に、ロスは感謝の気持ちでいっぱいになる。
移動速度が上がった事により、移動は昼間、夜は廃集落で必ず過ごす事ができるようになった。
蛇ちゃんのおかげで、戦闘も無い。
どの集落も、廃村だったのだが、チラホラ人の姿を見かけるようになってきた。
水の街が近くなってきた証拠なのだが、人がいると好き勝手出来ないのがロス的には嬉しくなかった。
結局、水の街に着くまでに、30くらいの集落を通り過ぎた。
つまり、ロスがザハグランロッテと死にそうになりながら必死で進んだ道のりは、まだまだ始まりに過ぎない場所だったという事だ。
あのまま二人だったら…。
『死んでいた』
頭の中でぼんやりと思い出す。
ミカド達と出会った事、ヘイナスを倒して味方に引き込む事。
やはりあの時…。
博打に出たのは大きかった…。
特にイビル種の蛇ちゃんが仲間になって一緒なのが本当に心強い。
ゴブリン、オーク、オーガ辺りはイビル種を避けるし、魔獣は臭い壺を開ければ逃げて行く。
つまり危険がほぼゼロに近いのである。
「蛇ちゃん…君のおかげでいつも助かってるよ」
ロスは撫でながら感謝を伝える。
反応は無いけれど、それでもロスの感謝に偽りは無い。
伝えるからこそ意味がある…。
「それロス兄ずっとやってるけど意味あるの?」
ホセは、反応の無い蛇ちゃんを撫でたり褒めたり感謝したりというのが不思議らしかった。
「意味はある。お前も思ってるなら言える時にきちんと言葉で伝えとけよ」
言えなくなった時に後悔するぞ…。
裏に込めた思いは、空気を重くするかと思い言葉にしなかった。
果たしてホセは気付くだろうか。
ロスの姿を見て、ザハグランロッテとエニアも隠れて蛇を撫でるようになっていたのだが、ホセがそれに気が付いている様子は無い。
コイツはそういう奴だよな…。
「お前のそういう所、直せば…いや、それがホセの良い所でもあるか…」
長所と短所は表裏一体、一面だけを見るのはよく無いと思い、ロスは口をつぐんだ。
そんなロスを、ホセは都合の良い解釈で喜んでいた。
「それより蛇ちゃんはどうする?」
ロスはミカドに質問した。
蛇ちゃんを連れてだと水の街には入れないのは予想できる。
「ナナは街に入れないだろうし…毎日外まで様子を見に行くしかないかな…」
残念そうなミカド。
ロスもなんとかしたいと思うが、問題の解決は難しいだろう。
「そうか、俺もできる事があったら何かするよ」
何とかしたい気持ちはある…。
けど…どうせ俺は…何もしないんだろうな…。
自分の発言が、無責任すぎて申し訳ない気持ちになってしまう。
それと同時に、このくらい無責任じゃないとダメだとも思った。
「それで?どうやって入るの?」
今度は逆にミカドから質問された。
ロスは逆に、なぜそんな事を聞くのか不思議というポーズをとった。
「それはこれから聞いてくる」
「は?これから?」
ミカドの質問に答えると、今度はホセが不思議そうに声を出した。
「そうだよ。門番の人にどうやったら中に入れてもらえますか?ってね。まぁここで待ってていいよ」
ロスは軽い感じで門へと歩き出す。
落ち着け…大丈夫…。
大丈夫…。
アイツ等にも不安は見せない…。
平気そうなロスの態度は強がりで、作られたものだ。
一人でも絶対的な余裕を持っていれば、他の人間は安心する。
知らない人間は知っている人間に…不安な人間は不安を持たない人間に依存するものだ。
経験でそれを知っているロスは、自分がその役を買って出ている。
しかし本心は当然不安を抱えている。
つまり、強がりだ。
この強がりでロスはミカド達へのマウントを取っている。
上手く行けば問題無い…。
自分に言い聞かせながら、街に入る門をしばらく遠目に観察する。
すると、多くは無かったが外から中に入る人間が居るのが確認できた。
「ルールを教えてもらうだけなら危険は無いだろうし…」
こういう時は素直に聞くのがやはり一番手っ取り早いものだ。
部外者は絶対に入れないとか言われたら、そのとき別の方法を考えよう。
いきなり捕まったりはしないだろ…。
「こんにちはー」
まだ距離がある場所からロスは門番に声をかけた。
距離があれば、相手は身構える時間、準備が出来る。
そうする事で相手を必要以上に緊張させない。少しでも警戒を薄れさせようというロスのテクニックだ。
「ちょっと教えて欲しいんですけど、近くに行っても大丈夫ですか?」
最初のひと声で、こちらに気が付いているのは分かっている。
あとは門番に最低限の良識を願うだけだ。
「いいぞ!一応両手は上に上げながら歩いてきてくれ!」
口調や話し方から、悪人では無さそうな…そんな人柄が見て取れる。
これなら最低限の期待には応えてくれるかも知れない。
ロスは手を見えるように上げながら歩いて門番に近付いて行く。
「どうも…。あの、中に入りたいんだけどルールとか分からなくてさ」
ちょっと困ってるんだと言いながら、身振り手振りを入れてユーモラスに話を進めていく。
「中に入るのは許可証とか必要?」
「いや、この先は街の外郭都市だから特に許可証は必要ない。ただ、自治区だからな、マフィアの力が強い。一般人なら金を払って最低限の安全は買う方が良いだろうな」
マフィアというのは街の中にいる山賊のような奴らだ。
安全を金で売り、カネを払わない奴からは無理やり奪ったり脅したり、いちゃもんを付けて借金を負わせたりするのだろう。
「そうか、マフィアとの渡りは?」
「簡単さ、入れば勝手に寄って来る」
「支払いは現金のみ?」
予想出来る事は、さも知っているかの様に話す…そうすれば相手の警戒心は更に薄れる…。
頭の回転を上げろ…。
門番と仲良く、敵対せずに…。
「現金の他に食い物や薪とか、生活の役に立つ物なら何でも大丈夫だ。それと、許可証は必要ないが、ここを通るのにも金か別の物を納めてくれ。すまんが警備もただじゃないからな」
つまり中に入るには5人分の金や食料が必要らしい。
ロスは門番に礼を言い、焼いた木の実を渡して皆の所に戻った。
「どうだった?」
心配そうにミカドが聞いてくる。
「5人で中に入るのにイノシシ2頭くらい必要らしい。という事で狩りを頼みたい」
ミカド達に狩りを頼み、自分とザハグランロッテはここで待つ事を告げる。
道中で何度かミカド達の狩りを見る機会があった。
その結果、ミカド達は狩りが上手く、そして個々の戦闘能力も、ロスよりだいぶ強い事が分かっている。
もちろんロスは、自分の能力を見せない様に徹底していた。
不満が出るかと思ったが、ヘイナスを仕留める時に売った恩は、ミカド達にまだまだ効力を発揮しているようだ。
「分かったぜロス兄!俺達にまかせろ!直ぐに終わらしてくるぜッ!」
ホセは目をギラギラさせながらそう言った。
しばらく戦いを避けていたから、気が付かない内にストレスが溜まっていたのかも知れない。
「ミカド、エニアちゃんも任せたぞ!」
「……分かった」
二人とも良い返事をしてくれたのでホッとした。
良かった…。
もしかしたらエニアは自分も残ると言い出しかねなかったから…。
ミカド達が狩りに出かけたあと、ロスはザハグランロッテと久し振りに二人になった。
今のうちに話しておかなきゃいけない事があるからな…。
「何とか辿り着けて良かったよ」
「この後はどうするの?」
この後…。
そう、この後だ…。
「この街の何処かでザハグランロッテちゃんの生活基盤を作る」
「それで?その後は?」
それで…。
その後は…その後はどうしたい…?
彼女と自分に対する問いかけだ。
「うーん。何も考えてない」
「………」
う…逃げてしまった…。
彼女の考えが分からない状態では、ロスも自分の行動が決められない。
そう思っている。
彼女に生活基盤ができれば自分の存在価値はどうなるのだろう?
普通に考えたらもう必要ない?
例えば恋人ができたら?
自分の存在は間違いなく邪魔になる。
「お前は…どうするの?」
「…………」
ザハグランロッテの質問に、ロスは答えられなかった。
そのせいで、ザハグランロッテの中にある不安の種が大きくなっていく。
ロスの言う、水の街での自立はどんな変化をもたらすのだろうかと不安になる。
自立…嫌な響きだ…。
独りで生活しろ…独りで生きろ…そう言われている気がした。
独りになるのは…嫌だ…。
しかし、ザハグランロッテはそれを口にできなかった。
「どうするの?」
ザハグランロッテは不安を押し殺し、平気を装って再度聞き直してみる。
『俺は別にやりたい事があるから、独りで生活出来るようになったし、頑張って!』
なんて言われたら…。
彼女が不安の中で嫌な想像をしていると、ロスが言いにくそうに口を開いた。
「ザハグランロッテちゃんが必要としている間は近くにいるよ」
「そう…」
微妙な言い回しだったが、その時を自分が握っていると言われた彼女は、ロスの言葉にホッとした。
まだ一緒に居る…。
同時に、言いにくそうにしていた理由を邪推してしまう。
本当はもう一緒に居たくないのかも知れない…と。
ミカド達が狩りに行っている間、特にする事は無いのだが、ロスは彼女と一緒にいるだけで満足だった。
まだ一緒に居るつもりだと…そう言って、拒否されなかったのが嬉しかった。
『お前はもう用無しよ』
なんて言われる覚悟もしていたのだ。




