19 水の街…①/③
5月半ばから6月半ばに
翌朝、目覚めたロスは自分の為に温かいお茶を用意した。
「はぁ…落ち着く」
目覚めても昨夜の事は、ロスの頭から離れてはくれなかった。
そんな憂鬱な気分を少しでも落ち着けようと熱いお茶を飲んでいるのだ。
あ…。
もう少し一人でゆっくりしたかったロスだが、いつもの冷たい澄まし顔をしたザハグランロッテが、部屋からいつも通りの感じで出てきた。
「おはよう。ザハグランロッテちゃん」
「目…覚めたのね」
話した感じは普通だけど…。
昨夜のやり取りが思い出され、ロスの脳裏にエニアの顔がチラつく。
「うん…おかげさまで…。ザハグランロッテちゃんもお茶飲む?ハーブ入れてみたけど、なかなか美味しいよ?」
「そう?じゃあ淹れて貰おうかしら」
良かった…。
いつも通りの彼女…だよな…?
少し疑いを残しつつ、普段通りに見える彼女にホッとする。
ロスはザハグランロッテにお茶を淹れ、いつもの様な時間に心が落ち着くのを感じていた。
贅沢な時間…幸福感に浸り…。
でもそんな気分は長く続かない。
「…おはようございます」
「ひゅっ…!」
エニアだ…。
いつの間に後ろに…!?
昨夜、一躍問題児に躍り出たエニアの登場に、ロスは驚いて変な声を出してしまった。
「あっあ、お、おはようエニアちゃん」
驚かすから挨拶もちゃんと返せないじゃないか…。
「ロスさんおはようございます…ザハさんも…」
ただの挨拶のはずなのに、どこか含みを持たせたように聞こえる。
ザハグランロッテの目が据わるのを見て、ロスは肝を握られたような感覚に陥った。
あぁ…胃が…胃が痛い…。
エニアの彼女への態度…やっぱり敵視しているんだろうか…。
「…あ、美味しそうなお茶ですね。私にも…」
「小娘。飲みたければお前は自分で淹れなさい」
エニアが喋っている途中で、ザハグランロッテは彼女の言葉をバッサリと遮り、更に威圧的な雰囲気を放っている。
「ざ、ザハグランロッテちゃん?お、おお茶くらいなら、大した事ないからね?」
「お前は黙ってなさい」
「はい…」
怖い…。
ザハグランロッテの機嫌を和らげつつ、ピリピリした空気も避けようと動いたロスの行動は、見事に裏目に出てしまったようだ。
「コレは私のものよ。お前にはアレ等がいるじゃない。誰かに頼みたいなら奴等に頼みなさい」
コレとは俺の事で、アレとか奴とかはミカドとホセの事だろう…。
「アレは要らない…。ザハさんにあげる。だからロスさんを頂戴?」
アレ呼ばわり…。
アレ呼ばわりされて、更に要らないとかミカドとホセが聞いてたらどうするんだ…。
ロスはヒヤヒヤしながら心配になって部屋を見回した。
あっ…いたわ…。
ミカドとホセは部屋に入らず、隅で様子を窺っていたようだ。
おかしい…。
生きて安全に水の街に行くために、必死に仲間に引き入れたはずなのに…。
なんか余計大変になった気がする…。
ミカド達を仲間にした事で、死からは確実に遠ざかっているはずだ。
ロスは腹がキリキリ痛む場所に回復魔法をあてて耐える。
なんで生きた心地がしない…?
これはあれだ…!
水の街に着いたら別行動だ…!
そうだ…。
そうしよう…!
手段は手に入れた。
なら、目的を達成したら問題を取り除けば解決する。
ロスはそう考えて問題を先送りにした。
「なあ…俺、エニアちゃん引き取ってないからな?」
ミカドとホセにだけ聞こえるように、細心の注意を払いながら伝えておく。
問題『エニア』の排除はミカド達に押し付ける事だ。
すると、ロスの思惑を察した感じの二人から生暖かい視線が返された。
「だから…違うからな!?」
ロスが悲痛な表情で、もう一度否定するとミカドは申し訳なさそうに口を開いた。
「それを決めるのはエニアなんで…俺達には何の力も無いとしか…」
あぁそうか…。
それは…そうだろうな…。
妙に説得力のある言葉だった。
ロスはそのミカドに反論できず、悔しいが、諦めてしまいそうな心境になった。
「………よし…出発しよう。有耶無耶にするんだ…そうだ…それがいい…」
予想外に問題が発生した…。
これはもう認めるしかない…。
でも…。
気持ちが諦めかけていても、せめて言葉にする事で負けない、解決を諦めない気持ちを奮い立たせようと思って出た言葉が『有耶無耶』だった。
ロスは自分の口から出た言葉の情けなさが信じられなくて愕然とした…。
「いやいやロス兄…俺、俺はロス兄の気持ちが良く分かるよ…?」
アレ呼ばわりされたミカドとホセは、怒りもせず心からの同情をロスに向けてきた。
こいつら大丈夫か…?
牙を全部抜かれて無いか…?
なんて…思ってる場合じゃない…!
現実を放置して、2人がキャットファイトでも始めれば、苦労して築いた関係が破綻するかも知れない。
それだけは避けなければ…。
黙ってお茶を淹れるロス。
その淹れたお茶をエニアの前にそっと差し出した。
「さっ、エニアちゃん。お茶…淹れたから…飲んで?」
「お前…ッ!」
自分の言いつけを破ったロスに、ザハグランロッテは烈火の如く怒りを顔に出した。
うわ…ザハグランロッテちゃん怒ってるなぁ…。
こんなに怒りを顔に出す彼女は珍しい。
そのくらい気に入らないのだろう。
叱責を受ける覚悟でロスは次の言葉を待った。
……………。
あれ…?
ザハグランロッテは感情の赴くままロスに向かって文句を言いかけ…止めた。
ロスが自分に何かしようとしているのが分かったからだ。
あ…ああ、そうか…。
「さあ、ザハグランロッテちゃんはお茶飲み終わってるし…。だから俺と出発までゆっくりしよう」
ロスはザハグランロッテの前に湯気を立てているタオルと、木の実の油…オイルの入った器を置いた。
昨日の今日だ。
それが何の用途に使われるのか察した彼女は、静かに…そして大人しくなったのだ。
言葉は無機質なものだ。
その無機質な言葉に感情を乗せる事で、気持ちを伝える事ができる。
そこに行動を加えると尚良い。
ロスは、ザハグランロッテとエニアに伝わるよう言葉に感情を乗せる。
直接言わなくても伝わるように…理解できるように…。
彼女に自分の気持ちを傾け、そのまま少し時間を置いた。
君に触れられる自分はとても幸せを感じている…それが伝わるように気持ちを込める。
昨日の工程を終え、仕上げにもう一度温かいタオルで顔を覆い、オイルを浸透させ、彼女の心を更にリラックスさせる。
「ザハグランロッテちゃんは今日も綺麗だし、可愛いし、素敵だ」
エニア以上に真心が込められたロスの世話を受けて、ザハグランロッテは渋々だが怒りを収めてくれた。
しかしロスの方は、お世話の量に物足りなさを感じていた。
何か…まだ彼女をかまえる方法はないかと考える。
「今日も髪も梳かしておこう」
目に付いた彼女の綺麗な髪を梳かしながら、ロスは幸せな気持ちがぐんぐん上がるのを感じていた。
ザハグランロッテの髪は強く真っ直ぐで美しい。
それは、まるで彼女の性格のようだと思った。
「ロスさん、私も…」
「ごめんねエニアちゃん、木の実のオイルはもう無いんだ。それにザハグランロッテちゃんは俺の特別だから」
エニアを傷付けるのは本意ではない。
できれば傷ついて欲しくないと思う。
だからなるべく柔らかい口調で諭したけれど…。
果たして効果はあるだろうか…。
「どうしてザハさんが、そんなに大切なんですか…?」
静かだが、明らかに納得していない感情がエニアの声色からひしひしと伝わってくる。
こういう事は最初が肝心だ。
勘違いさせないように、きちんと伝える必要がある。
面倒だとか、恥ずかしいとか思って避けてしまうと、後々もっと酷い事になると相場は決まっているのだ。
そんな失敗をしたくない…。
「ザハグランロッテちゃんはさ…少し前にだいぶ追い込まれていてね…」
ロスはザハグランロッテを特別扱いする理由をコンコンと語った。
「チョロい奴だと自分でも思うけど、必要としてくれた彼女は…空っぽだった俺に、初めて意味をくれた。だから特別な人なんだ…」
シラフでこんなに真面目な話を人前でするのはとても恥ずかしかった。
けれど、早いうちに諦めてもらうには仕方ない事だと思った。
そう覚悟を決めて話したが…。
傷つけちゃったかな…。
酷い事をしちゃったか…?
小悪党、小心者の心が罪悪感に襲われるロスは、恐る恐るエニアの様子を窺う。
少し俯いて表情がよく見えない。
もしかして泣いて…?
そう思ったときエニアの声が聞こえた。
「………良かった…」
え…?
良かった…?
何が…?
「それなら問題ないですね!」
エニアは満面の笑みで喜んでいる。
「ち、ちょっと待って…?どういう…?、!??!?」
ロスは混乱した。
な、何が問題ないのかな…?
話聞いてた…?
もしかして、聞いてなかった…?
エニアの反応は、脈絡がある様に思えない。
え…?つまりどういう事…??
「つまり、ロスさんは必要とされたからザハさんが特別なんですよね?だったら私もロスさんを必要としてるので特別ですね…!」
喜ぶエニアをロスは困惑しながら眺めている。
どうしてそうなる…!?!?
この子は………。
地雷臭をエニアに感じたロスは別の怖さに背筋が寒くなった。
ざ、ザハグランロッテちゃん…!
困ったロスはザハグランロッテに助けを求めようと彼女の方を向いた。
すると、そこにはいつもの冷たい澄まし顔が…いつもと同じなのだが、どこかゴミを見るような感じに見える…。
割と誠実に対応したロスの労力は、こうして無駄に終わった…。




