18 再出発…③/③
しばらくすると、ロスの料理が終わり、夕食を食べる準備もできたらしい。
「今日はシンプルに肉を焼いて、他は野菜の煮込みスープ。まだ他に野菜があるから、それを焼いても良い」
説明しながら、ロスは既に肉を焼き始めている。
そして肉の焼き加減を見ながら片手間にスープを器に注ぐ。
「はい、ザハグランロッテちゃん」
私の名前が呼ばれ、スープの入った器が目の前に置かれる。
「肉も、もう焼けるから少し待ってね」
私に渡すつもりの肉は、焼く前からナイフで一口大に切り分けられていた。
その肉が、食べ頃まで焼けて私の前に並べられる。
その切り分けられた肉には、塩と香辛料がまぶされ、スープの隣に置かれた。
いたれりつくせりである。
「お前らは好きな焼き加減で食えよ、塩と香辛料は置いとくから、好きに使っていいぞ」
ロスはザハグランロッテが食べるのに困らないか確認しながら、ミカド達の方を見ずに適当に説明だけした。
すると不満そうにホセが返してきた。
「オッサン、俺の肉も焼いてくれよ!」
ホセが納得いかないといった感じで、突然自分の肉も焼けと言い出した。
カチン…!
「そのくらい自分で焼きなさい、それともお前を焼いた方が早いかしら」
勝手にロスを使おうとしたホセに腹が立ち、ザハグランロッテは強い口調で文句を言った。
許さない…この男は私を…。
私だけを見ていればいい…。
「お前らの肉も焼きやすい様に、串を通してあるだろうが」
世話好きのロスが、あいつらの世話焼きを渋った。
それは少し予想外で…私の苛立ちは少しだけ収まった。
「いや!そうじゃねぇよ!そうじゃなくて!」
尚も食い下がり、わがままを言うホセに、私はまた苛立ちが大きくなる。
「…私も…焼いてほしい…」
「えぇ?エニアちゃんも…!?」
ちゃん付け…ね…。
小娘まで調子に乗り、今度は満更でもなさそうなロス態度…私は、自分の我慢が限界近くなのを感じた。
こいつら…この男は私のものなのに…勝手に使おうとしてる…。
何とか我慢しようと思ったが、考えれば考えるほど苛立ってくる。
自分の感情を知られるのが恥ずかしくて気にいらないザハグランロッテは、バレずに文句を言う方法を考えていた。
思いのまま文句を言ったほうがいい…?
それとも単に怒る…?
などと悠長に考えていたのが悪かったのだろう。
先にロスが妥協案を出してしまった。
「よし分かった!ミカド、お前はいま焼いてる肉をホセにやれ。ホセ!お前はミカドに焼いてやれ。エニアちゃんのは俺が焼いてやる。これでいいだろう」
何とも適当な…誰かが焼いてくれた肉何だからこれで良いだろ…?
という安易な案である。
これでは小娘以外、何の不満も解決しないだろう。
小憎たらしいが、小娘はロスが肉を焼くと言ってから目をキラキラさせている。
気にいらない…。
「スープは全員注いでやるからそれで我慢しろ、な?」
妥協案を示しながら、ロスはこの場の収束を目論んだようだ。
小娘の肉を…。
始めは怒りが爆発するかと思う勢いで大きくなった。
けれど、小娘にロスを取られたような錯覚を覚え、急速に萎んでいった。
もう…どうでもいい…。
「…じゃあ…ロスさんの肉は私が焼くね?」
私の目に、小娘の言葉で頬が緩んだロスの顔が映る。
それが凄く不愉快だった…。
ロスはエニアの反応を見て思った。
なかなか可愛いじゃないか…。
ザハグランロッテちゃんとは違う良さがあるな…。
なんて事を思っていたのがまずかった。
ホセの不満に対処するつもりは無かったのに、面倒だからと相手をしてやったのだ。
そんなに長い時間ではなかったと思う。
でも、ロスが次にザハグランロッテの顔を見たとき。
ロスは自分の胸が締め付けられるような後悔をした。
彼女はいつもの澄まし顔だが、元気を失っていた。
恐らく自分は何かを失敗したのだ。
彼女を悲しませたくない。
それはロスの中の禁忌事項だ。
焦る気持ちを抑えてロスはミカド達のスープをさっさと注いでいく。
「ほら、これ飲んで待っててくれる?」
早く済ませてザハグランロッテに集中しようとロスは急いだ。
悟られないよう、素知らぬフリをしながらエニアの肉を焼く。
背中にザハグランロッテのトゲトゲしい視線が刺さるのを感じた。
これか…?
これが原因なのか…?
エニアの肉を焼くのが…?
ロスは誰よりもザハグランロッテを大事にし、優先しているはずだ。
けれど、この程度の配慮すら不安になるのかもしれない。
そうか…。
ザハグランロッテが不機嫌な理由が薄っすら見えてきた。
水浴びをしたばかりなのに、ロスの額に脂汗が滲む。
居心地が悪い、早く彼女の世話に集中したいと思った。
不意にミカドの表情が気になった。
なんだ…?
気になったロスは確認しようと思い、きちんとミカドの顔を見た。
するとミカドは何かを見ながら顔が引きつらせている。
ミカドの視線は一点に集中している。
どこを見ているんだ…?
気になってミカドの視線を追うと、そこには笑顔のエニアがいた。
可愛らしい笑顔に見える。
だが、その視線の先はいただけない。
エニアはザハグランロッテを見ながら笑顔を見せていたのだ。
つまりエニアの笑顔は純粋な笑顔ではなく『ニヤニヤ』していたと表現するのが正しそうだ。
えっと…つまり…?
ザハグランロッテちゃんは、エニアの肉を焼く俺の事が気に入らない…。
エニアは苛つく彼女を見てニヤニヤしている…?
俺はザハグランロッテちゃんからイライラをぶつけられている…。
なんだこれ…?
ちょっと怖い…!
ホセを見ると、何故かホッとしている様に見える。
何だ…?
ホっとする理由…ホっとする理由…ホっとする理由…ホっとする理由………。
ハッ!?
こいつもしかしてエニアちゃんの興味が俺に向いたと思って安心してるんじゃ無いだろうな…!
今の情況から考えられる予想として、かなり確度が高いと思われた。
くそ…!
こんな事ならホセにエニアの肉を焼かせるんだった…!
予想が正しければ、ロスの後悔は少なくとも肉が焼けるまでは解消されることは無い。
一体どうして…?
夕食もザハグランロッテちゃんの大事さをアピールするつもりだったのに…!
ザハグランロッテの立場の高さをアピールしつつ、彼女に楽しくなってもらうつもりだったロスは、誤算で余裕が無くなっていく。
マウントを取りながら楽しくする時間のはずが、気が付けばビクビク過ごす時間に変わってしまった。
挽回の手を打とうと、ロスはコソコソと、ミカドにエニアの性格を尋ねる。
「な、なぁミカド。エニアちゃんってどんな子なんだ?」
「いや、それは…前にも言ったけど、俺達もよく理解できてなくて…仲間といる時はあまり喋らない子だったし…」
喋らない…?
「いや、もともと俺達って15人いたんだけどさ…その頃のエニアって、あまり喋らなくて。その…色々と、いやヘイナスにやられて仲間がバラバラになって…俺達はそこから3人パーティになって…」
話を要約すると、
人数が減ってから、エニアは前より明るくなったらしい。
恐らく仲間が多い間は個性が出せず、埋没していたのだろう。
少人数になって、それが表に出しやすくなったのかも知れない。
そこに自分とザハグランロッテが加わり、またあまり喋れなくなっていた…。
というところかな…でも…。
「だからって何でザハグランロッテちゃんにあんなに挑発的なの…!?」
元々、本来の性格がああなのか…?
エニアは、ザハグランロッテから目を逸らさず、挑発的にロスの焼いた肉をニヤニヤしながら豪快に齧っている。
その視線の先にいるザハグランロッテはロスに切り分けて貰った肉を、いつもの冷たい澄まし顔で口に運んでいる…が、刺すような視線をエニアに返している。
ザハグランロッテの目は、だいぶ据わっている。
「ロスさんの焼いた肉はやっぱり美味しいですね、ふふふ」
それは誰が焼いても同じだよね…!?
というロスの声は心の中にしか響かない。
「小娘…誰が焼いても同じよ。頭だけじゃなく味覚も残念なのね。まぁ、私の方は、言わなくても食べやすい大きさに切り分けらてるから味に集中しやすいけどね」
おぉ…ザハグランロッテちゃんが食べやすいって言ってくれてる…。
…と、そうじゃなくて…。
「で?なんであんなに挑発的なの??」
ザハグランロッテの反応に頬が緩んだロスは、気分良くミカドに聞き直した。
「ロスさんがザハさんに尽くしまくるから…見てて欲しくなったんじゃないかな、羨ましいって言ってたし…たぶんだけど」
「そんなバカな!?だってエニアちゃんはホセを気に入ってるんだろ!?」
ロスは堪らずホセを見た。
ホセはこちらに気が付いて「これ美味い!流石ロス兄だな!」とかわけのわからない事を口走っている。
「それにあれ…ホセの奴はなんでいきなり友好的になってるんだ!あんなに食ってかかって来てたくせに」
気が付けばホセは、ロスの事を「ロス兄」と呼び、態度も親愛を込めた感じに変化していた。
「そりゃあ、エニアを引き取ってくれて感謝してるんじゃないの?」
「いやいや、引き取ってないから!お前らの大事な仲間だろ!?」
確かに下心は働いたけど…!
それは男なら普通だし…それに本気でどうこうしようなんて…!
「大事な仲間だよ?でも…興味を引き取ってくれたって事で、俺がホセでも感謝すると思う…」
そんなバカな…。
ロスとは違い過ぎる所感だ。
もっと仲間を大事にしろよ…!
大事な仲間を、こんな得体の知れないオッサンに預けようとするな…!
「そりゃ俺だって男だし、少しは好かれたいなぁなんて色気を出したかも知れないけどさ…」
「なら良かったですね…」
こいつ…!?
このままだと俺が小物なのがバレる…?
「俺はロス兄の勇気に侠気を感じたね!」
いつの間にか近くにいたホセは、何故か嬉しそうに涙ぐんでいる。
こいつは只の馬鹿だな…。
どうすんだよ…。
これ…。
この後も続くのか…?
えっ…?
続くのか…?
ロスがそんな事を考えていたら、ザハグランロッテに喧嘩を売っているエニアと目が合った。
猛烈な悪寒が背筋を走る。
もういいかな…。
ロスは、なんとなく焼いていた白い茸に塩と香辛料をまぶして齧りだした。
「それ…笑い茸じゃ?」
「え!うそ?直で!?」
ミカドとホセは驚きの声を上げた。
ヘイナスの一件で、ふたりも笑い茸の強過ぎる効果を嫌というほど理解しているだけに、ロスの行為が常軌を逸していると分かるのだ。
エニアが笑顔でこちらに歩いて近づくのが見えた。
その笑顔はとても可愛く見える。
ロスはそれを見ながら茸をもう一齧り。
よく咀嚼して飲みこむ。
茸は美味かった。
ああ…茸、美味いな…。
ロスがそんな感想を抱きながら現実から逃げていると、側に来たエニアがロスに腕を絡めてくるではないか。
「お前…!!」
「ふふっ、ロスさん食べてるぅ?」
ザハグランロッテちゃんの声をエニアが上書きする。
裏の顔はともかく、エニアの顔は可愛い。
可愛いのだが…。
「ははっ」
「ははははっ!」
「だ、大丈夫、!?」
慌てたミカドが声をかける。
「ははははははは!」
「ロス兄!?」
「ふはっ!ふははっ!はははっ!ははははははっ!はっ!はっ!はひっ…は…はひっ…ふっ…ふっ…」
「……ろ……!!?!??!」
周りの騒がしさを感じながら、ロスは過呼吸になり、そのまま逃げるように意識を手放した…。




