15 持たざるもの ロスの生い立ち
キャラクター描写です。
読まなくても構いません。
ロス・グレイブは何も持っていなかった。
生きる意味もプライドも。
何の目的もなく、ただ死なない様に生きていた。
生まれた家はやや貧しく、常にギリギリの生活を強いられていた。
両親は常に追い詰められながら何とか日々を凌ぐ、それが全ての生活だった。
そんな両親を見ながら育ったロスは、早々に夢を語らない可愛げのない子供になった。
そして、この一家はそう長く持たないと幼くも確信していた。
予想通り経済的に困窮した一家は、離散の結末を迎え、ロスはスラムに堕ちた。
スラムといえば子供には過酷な環境のはずだったが、ロスの擦れた思考はスラムの生活と相性がとても良かった。
目立たないように立ち振る舞い、単独行動を基本とする。
時にはわざと利用され、その隙に相手から気付かれないように利益を掠め盗る。
長く他人と行動すれば妬みが発生し、無用なトラブルになると、人を見て学んだ。
最終的に選んだ手段は盗み、それのみで生計を立てた。
隙をみて少しだけくすねるのが肝要で、盗む物は食べ物がメインだった。
ターゲットは必ず腹が満たされている人間を選んだ。
これはロスが自分に課した決まり事だ。
人は腹が膨れると警戒心が薄くなり、寛容になる。
腹を満たした人間は余裕がある。
だから多少の損なら見逃される事が多いのだ。
そうして大きな失敗もなく、ロスはすくすくと成長していった。
そして、日々の生活に飽きた…。
変化を感じたくなって街で身を立ててみようと考えた。
今思えばあれは思春期特有の衝動だったのだと思う。
地の街に入り、調子よく人に取り入って真っ当な仕事をしてみたが、人間関係を築いてみたが、地の街の住人は性格が悪く、ロスとは合わなかった。
その時、醜悪な地の街の住人を見て感じたのは「他人から搾取するのが真っ当な生き方なのか?」という事だった。
ロスの盗みは余裕の有る部分から少し拝借する。
街の人間は、取れる所から取れるだけ…相手が本当に困るレベルでも容赦無く刈り取っていく。
刈り取る手段に道徳や正義などはない。
腹の中で笑いながら他人を不幸のどん底に落とす社会に、ロスは辟易して街を逃げ出した。
どうやら街は自分には向いていないらしいと思い、気がついたら野盗に身をやつしていた。
一緒に過ごす山賊達はどうしようもない奴が多かったけれど、それでも街の住人よりはマシだった。
賊より性格が悪いと評価される…街の住人の酷さも伝わると思う。
小悪党なロスは、少し困るかもという量で留めた利益の掠めとり方を好んだ。
一緒に生活する山賊は、ロスよりも欲深かったが、街の連中と比べれば、我慢できない程では無かった。
やり過ぎると討伐隊を組まれて徹底的にやられる事を自覚しており、相手が許容できる範囲の搾取で止めてくれるので最悪の気分にならずに済んでいる。
それでも、大きな恩…死ぬような状況を助ける時などは、見返りに奴隷として売るのを山賊は躊躇しない。
ロスと決定的に反りが合わない部分があるとすればここだろう。
奴隷になるなら助けるよというのは、相手の不利益が大き過ぎるとロスは思うのである。
奴隷になる事で死んだ方がまし、そんな事も当然あるのだから。
だから街道で壊れた荷馬車を見つけた時、近くにいたザハグランロッテを、ロスは当然のように匿った。
とはいえ自分の力で助けられるほど、ロスには権力も腕力も無い。
そしてロスの考えは冷めていた。
だから最初は『無理なく』助けられる所まで助けようと考えた。
夜に荷馬車に戻ったとき、ザハグランロッテがいなくても別に良かった。
いや、いない方が気持ちは楽になったと思う。
けれど彼女は言われた通りにその場から動かず待機していた。
それはロスの言葉を信じたという事だ。
出会った状況で、ザハグランロッテは圧倒的に弱者だった。
一人では生きて戻れないと容易に想像できるほどに…。
弱者から信じられるというのは初めての経験だった。
守りたいという感情がムクムクと成長するのを感じた。
この娘は自分が助けないと今後、死ぬか奴隷になるしかない。
二つとも、ロスが許容できないものだ。
だから助ける事にした…自分の助けが必要無くなる時まで。
女の生活基盤が地の街と聞き、思わず顔をしかめた。
はっきり言って碌な思い出がない。
女を地の街に送れば自分の助けは必要無くなるだろう。
見返りに少し恩を返してもらえば助けた事と釣り合いも取れる。
そう考えて女を地の街まで送る事にした。
見返りを求めると言ったが、口実だ。
本当は誰かの為に動くのが気持ち良かっただけ…偽善…。
地の街までの数日間はとても楽しかった。
女の性格が地の街に住んでいたとは思えないほどマトモだったせいだろう。
こんな性格では、地の街だとさぞ生き辛かったに違いない。
………全く想像していなかったわけでは無いが、女の居場所は悪意によって無くなっていた。
それに気がついたのは、不甲斐ない事に彼女が居場所を追われて丸3日以上経ってからだった。
既に情が湧いていたロスは、彼女の今を思い、激しい焦燥感にかられた。
必死に探し回った。
彼女も自分を頼りにして探していると分かった時、感情が爆発した。
見つからない事に苛立ち、焦り、そして絶望した。
あと数分遅ければ、彼女に取り返しのつかない汚れがつく。
そんな崖っぷちで、ロスは何とか助ける事ができた。
間に合ったのだ。
ロスはこの時に強く自覚した。
何も持たなかった自分に、初めて守りたいものができたと。




