13 対ヘイナス作戦…前編
5月中旬
「薬殺…?」
ロスの案に、ホセがポカンとしたアホ面を晒し、場の空気を弛緩させる。
そのアホ面を笑ってやりたかったが、空気を読んで我慢した。
アホ面をしていても真剣なのだ。
「そうだ、薬殺だ。ヘイナスと生き死にを競う戦いをするつもりは無い。お前らはそれに納得できるか?」
問い掛けるロスに、ミカド、ホセ、エニアの3人は誰も答えられない。
納得できなければボス猿は殺せない…。
あれ…?これはピンときてない感じか…?
面倒くさいな…もう少し詳しく言わないとダメか…?
「まぁ…恐らく皆、ヘイナスと戦って八つ裂きにしたい気持ちでいるんだろうなと思ってるんだけど…合ってる…?」
薬殺と八つ裂きは違う。
どう違うか言うなら終わった後の達成感…満足感だろう。
その差はかなりのものになると想像に難くない。
さっきの説明と合わせれば、俺の言いたい事も分かるだろ…?
ん?ザハグランロッテちゃんのお椀が空になってるな…。
「あっこれスープのおかわりね」
ロスの問い掛けがミカドたち…主にホセの理解が追い付くのを待つあいだ、彼女のお椀にスープをよそって反応が貰えないか期待した。
反応…澄まし顔かぁ…。
自分のもてなしが、可もなく不可もないという結果だったとロスは判断した。
まだまだ精進が足りないな…。
「確かにアイツはボコボコに!八つ裂きにしたい!!」
うわっ…!?
突然の大声にロスはびっくりした。
ザハグランロッテに集中してすっかり忘れていたのだ。
単純なホセは、ロスの問い掛けに、深く考えずにそのまま答えたようだった。
八つ裂きにしたいかどうかの…。
思い出したロスは話の続きを始める。
「ヘイナスを八つ裂きにするのは難しい…。それは…お前らが一番分かってるだろ?……そもそも正面からイビル種に挑もうっていうのが無謀というか愚かだと思うぞ?」
「なんだよ…なんだよそれッ!」
現実を突き付ける。
そのロスの言葉に納得できないと…ホセは激昂し始めた。
ふぅ…。
「仲間が…仲間が何人もアイツに殺されたんだ…孤児院で一緒に育った仲間がだぞ…!!?」
だろうな…でも…。
「死んだ奴は生き返らない」
「そんなの分かってるよ!!」
「いや、お前らは分かってない」
「分かってるって言ってるだろうが!!」
ホセから見て、ロスの態度はどうでも良いと思っている奴にしか見えなかった。他人事だと思って適当なロスの言うことなど聞く価値は無い…ホセはどんどん意固地になっていく。
対するロスの視線はどんどん冷めていく。
堪らずミカドが割って入った。
「ホセ…待て…落ち着こう、俺はヘイナスを殺せるなら何でもいい。奴を殺せるなら薬殺でも何でもやる。たとえ納得できなくてもだ!」
「何でだよ!?こんなポッと出の奴の言う事を聞く気か!?」
「…ッ…………」
ホセに聞き返されてミカドは言葉に詰まる。
ホセの気持ちも痛いほど分かるのだ。
ミカドの反応は予想の範囲内…頼む…薬殺で納得してくれ…!
ホセとミカドの睨み合いを、ロスは内心ハラハラしながら見守っていた。
ロスはロスでミカド達を利用しようと必死なのだ。
その時、もう一人の仲間が口を開いた。
「…私も…アイツを殺せるなら…薬殺でいい」
よし…!
この娘も賛成してくれるか…!!
これなら…!
ホセの反応を待つのにドキドキしたロスは、ザハグランロッテの冷めたお茶を温かいお茶に入れ直して心を落ち着かせる。
………よし。
「あのさ…俺は別にお前らの気持ちを踏みにじりたい訳じゃないんだぜ?ただ、猿のイビル種を殺るなら正面からは無理ってだけだ。特にこの戦力じゃな…」
ミカド、ホセ、エニアの3人では無理だろう。
そこにロスとザハグランロッテ…は数に入らないけれど…まあ、加わったところでヘイナスを殺るのはやはり無理だろう。
死ぬ…。
「だから…お前らがどうしても薬殺が嫌なら………。俺達はこの話から下りる…それだけだ。無駄死には嫌だからな」
ロスの宣言に、ミカドたち…ホセも含めて動揺した。
「俺とザハグランロッテちゃんは、お前らと違ってヘイナスとの因縁の深さどころか、因縁すら無いのは理解してくれよ?俺とザハグランロッテちゃんにあるのは、せいぜい魚臭くなった恨みくらいだからな」
「殺すべきね」
不意のザハグランロッテの宣言に困ったロスは、彼女を見て何となく頷いた。
ロス自身、何の頷きだったのか意味が分からなかった。
ホセはまだ何も言い返せず、ミカドを睨んだままだ。
そして…。
「くそっ!分かったよ!!薬殺だな!?薬殺でいいよ!!」
よっしゃ…!
全く納得できていなさそうだが、言質は取ったぞ…!!!
ホセも、それ以外に方法が無いのだと、無理やり自分を納得させようとしているのだろう。
あからさまにイライラしたままだ。
「くそがッ!分かったからさっさと続きを話してくれよ!」
怒ったまま先を急かすホセとは対象的に、ロスはこのまま自分の望む流れになりそうだと喜んでいた。
一回落ち着かせておこう…。
「分かってる。でも続きは少し落ち着いてからだ。だから落ち着け」
元々ホセという男はせっかちなのだろう。
その上で納得し難い方法を、気に入らない奴に頼って使う。
俺でもムカムカするだろうな…。
でも…このまま言う事を聞いてもらうぞ…。
ロスはザハグランロッテをチラリと見て、それから覚悟を決めた。
ホセがどれだけ急がそうが、ロスが話さなければ、この先の作戦は立てられない。
ミカド達は既に、ロスの指示がなくては動けなくなっているのだ。
柄じゃないし、向いてないから本当は先頭に立ちたくないんだけど…ザハグランロッテちゃんのためだ…。
ふう…………。
一息つき、ロスは次の話を始めた。
「ここから先はちょっと刺激が強いから…先に腹を満たして少しでも気持ちを丸くしておいてくれ」
勿体ぶった言い方だが、ロスの本音でもあった。
話したらどうせまた怒るからなぁ…。
「食え食え。さっきから話ばっかりで食べてないだろう?腹が減ってるから余計にイライラするんだよ!」
そう言ってロスはミカド達三人にオカズをよそったり、お茶を出してやった。
夕食という気分にならないミカド達のせいで、全然空気が柔らかくならない。
ま、仕方無い…。
時間が解決するだろうと、ロスは長期戦も視野に入れていた。
あれだけ怒りに塗れていたホセですら、食べ始めれば大人しくなった。
はぁ…良かった…。
「それで?君らは何処から来たんだ?」
ロスの何てことの無い質問に、三人はそわそわして目配せをしている。
ミカド達は知らない事が多い。
外に出るなら知っておくべき常識にもミカド達は疎すぎる。
ロスは、この三人が街の住人では無いと考えていた。
「訳ありか?俺達もそうだから別に心配しなくていいぞ。俺はちゃんと罪の有る指名手配。ザハグランロッテちゃんは罪が無いのに指名手配だ」
そう言って高らかに笑ってみせたら彼女に小突かれたて割と痛い。
「…じゃあ二人はこの世界で逃げ回ってるの?」
ミカドの質問は明らかに探りを入れるものだったが…。
「そうだ、世界のお尋ね者だ!」
とりあえずそう言っておいた。
実際には『地の街』限定だが…。
「……俺たちは大樹を登って大穴から上の世界に来た」
ミカドの説明はロスの想像とだいぶ違い、驚いて目をパチクリさせてしまった。
「上の世界に来たって事は、闇の世界の住人か?」
ロスの言葉に三人共、ムッとした表情になった。
「別に闇の世界じゃない。見た目はこの世界と変わらない。ただ、闇の女神様の言葉を信じているだけだ」
三人の様子にロスは「これは早めに理解しないと揉めるな」と思った。
「すまん、気を悪くしたか?育った世界が違うんだ。考え方や常識だって…違うのが当たり前だろ?なら、しばらくは腹が立つ事も多いかも知れない。けどそれはお互い悪気は無いんだから了承しておこう」
言い訳にも牽制にも聞こえる言葉を、三人とも素直に聞き入れてくれた。
そこから三人の境遇を聞き、ロスは益々この作戦が難しくなる予感がした。
だからこそ…。
今日は失敗できないな…。
「なるほどね、つまりお前らはヘイナスに執着されてるから、仲間から追い出されたんだな」
「ちげぇよ!精霊石のある街を調べろって言われてんの!」
「俺はそれが体のいい厄介払いだって言ってるんだけど?俺に腹を立てるんじゃなくて、そいつらに腹を立てろよ」
ロスの言葉に不満を隠さないホセだが、話の本質が見えていないのが丸わかりだった。
「ほら、ザハグランロッテちゃん。この前焼いた木の実があるよ?食べる?」
殻を剥き終えたロスが差し出した木の実をザハグランロッテは摘んで口に放り込んだ。
「ほらエニアちゃん、もっと食べて!この集落、米が出来てたの本当にびっくりしたんだから!」
「あ〜ありがとうございますぅ〜…えへへ〜…」
食事が進むにつれて、みんなの雰囲気はかなり良くなってきた。
「お前…その子娘を、その腐った毒牙にかける気?」
「何言ってるんだよザハグランロッテちゃん!そんなわけないじゃん!?」
楽しい場の雰囲気を壊しかねないザハグランロッテの発言を、ロスは慌てて否定する。
もう効果は出てるんだ!
あと少し…あと少し時間を稼げば。
そのためにアイツを犠牲に…。
「ホセはエニアちゃんの事が好きなの?」
ロスは野次馬的なノリでぶっ込んでみた。
全ては時間稼ぎのためだ。
「あはは!いや、たぶん間違い無いんだけどさ!認めようとしないんだよ!?あははっ!ははっ!」
よし…きたな!!
「おいおーい!何言ってくれちゃぁーってんのぉー?ははっはははっ!そういうお前はリオニとどうだったんだよぉぉ!はははっ!!」
「ぷっ…ははっ!はははっ!何だお前…その顔………ぷはっ!おまっ…私を…わらっ…笑い…殺す気かっはっはははっ!!」
「ザハグランロッテ…ちゃん、こそっ!はっはは!ぷはっはははは!」
あ…これ、用量間違えたわ……。
「お、お前…はっぷはぁっ!ははは!な、何か…ぷはっ、おかしっ!お、お腹…お腹痛い…ははっ!盛った…だろ!?」
「そう…だすど…」
「ぷぅーくっくくく、は、腹が…だすど…?はーは、腹が…い、いた…息が…し、死ぬ…し…」
ザハグランロッテは見た。
全員笑い過ぎで過呼吸になっているのを…。
「み、みんな…死にそ…はっはははは!…ははははっ、はら………いき…が…はっは…はぁ…ぁ…ぁぁ…………」
これ…やば……!
危機感で頭の中はヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいと警鐘が鳴り響いている。
しかし、もう動くことさえできず視界が緑色に変化していく。
死の気配を感じながら、ザハグランロッテは意識を失った…。




