12 器…中編
ロスは洞窟を出てミカドたちに向かって歩いて近づいて行く。
すると、直ぐにミカド達はこちらに気がついた。
ミカドの仲間の男の子が騒いでいるのが聞こえる。
「臭い!誰なんだ!?まじ臭い!信用できるのか!?こんな臭い奴らが!」
なるほど…。
これは…ザハグランロッテちゃんだと我慢できないわ…。
歩いて近付くロスに、男の子は警戒心を決して緩めない。
ミカドはそんな男の子を説得できず、頭を抱えているようだ。
「つまりお前はこう言いたいんだな?『こんな常軌を逸した魚の腐った匂いを放つ、素性の分からない糞臭い奴なんか信用できるか!』……と?」
自分の考えが相手の口から飛び出したことで、男の子は警戒心を更に上げた。
「そ、そうだよ!!実際あの女は俺を殺すくらいの目で睨んできたし!!」
それはそうだろうなとロスは思った。
それよりも…。
「お前…ザハグランロッテちゃんに何失礼な事言ってんの…?」
落ち着いて言い聞かせようと思ったのだが、静かなのは声量だけで、意図せずドスの効いた声色になってしまった。
失敗したなと思い、反省するが、意識していないのに怒りを纏った雰囲気が滲み出てしまう。
こんなつもりじゃ…。
怒りを抑え、落ち着いて言い聞かせるつもりが、ホセと呼ばれる男の子に、まるで詰め寄っている感じになっている。
出会ってからここまでに見たロスと、明らかに違う雰囲気に、ミカドも混乱して硬直していた。
完全に怒らせた…。
そう感じるミカドだが、ホセの失礼な態度は既に手遅れで、無かった事にはできない。
「俺はな…そこのミカドの望みでお前らを助けに来たし、実際助けた。それなのにピーチクパーチク喚きやがって…。仲間の女も助けてやった。でもな…そもそもザハグランロッテちゃんが側にいなかったら、俺は絶対にお前らを助けなかったし、お前らなんか無視してたんだよ…」
あーこれは結構怒ってるな…。
まるで他人事のように自分の感情を分析し、なんとか制御できないかとやはり他人事のように考えた。
怒りの源泉は臭いと馬鹿にされた事ではない。
怒っているのは、彼女に失礼な態度を取った事、恐らく彼女が傷付いた事実に腹が立っている…。
「おいガキ…お前、せっかく助けたんだ…まずは仲間の安否を心配しろよ。それすら忘れてる馬鹿が偉そうに囀ってんじゃねえよ」
反抗的に聞いていた男の子だが、最後の言葉には反応した。
「………くそっ!」
不満げに洞窟に向かおうとする男の子は、目の前のロスを無視して横切ろうとする。
「やれやれ…」
すり抜けようとした男の子を絡め取り、腕の関節をキメると躊躇無く肩を脱臼させ、放り投げた。
「ぎゃあッ!?あ…かがッ!痛ぇ!なに…すんだ!?」
「何って、教育だよ。向こうにザハグランロッテちゃんが居るのに。お前みたいな失礼な奴を一人で行かせるわけないだろうが…」
「はあ!?な…何もしねぇよ!く…くそ…お前…」
「ミカド…こいつ、ちょっと大人しくさせるから」
ロスが無防備に歩き始めると、男の子は危険を感じて後退った。
ロスが軽くフェイントを入れると、男の子は釣られて防御しようと動き…腕の激痛に全ての意識を持って行かれた。
「じゃ、おやすみ」
痛みに意識を持って行かれた男の子は、背後に回り込んだロスにチョークを決められながら気絶した。
男の子を横に倒してからロスはミカドに向き合った。
「なあミカド…」
「な、なに…?」
「別に俺は良いんだ。俺なら…な? でもザハグランロッテちゃんはダメだ。絶対に許さない。だから、この子はお前がちゃんと躾けろよ?」
「わ、わかった…」
ロスは絞め落とした男の子に回復魔法をかけながら、そのまま質問する。
「ところで、女の子の方は大丈夫なんだろうな?コイツみたいにザハグランロッテちゃんに失礼な事したりとか…」
ロスはこの男の子みたいに失礼な態度をザハグランロッテに対して取るんじゃないか想像し、怒りが湧いてきた。
「あ…う、ん…。エニアは、不思議で…俺達もよく分からなくて…」
質問に困った様子のミカドに、ロスは、女の子の方は聞いても無駄なタイプなのだと悟った。
「うーん。まあこんなもんでいいか…。元気そうだったしな」
男の子の傷を見ながらそう判断した。
そして、最後に外した腕の関節を戻して立ち上がる。
「さて、ザハグランロッテちゃんの所に行くか」
ふと蛇ちゃんが気になり、肌を撫でようと手を伸ばしながら呟いた。
「蛇ちゃんも苦労してそうだな…」
未熟そうなパーティだ。
蛇ちゃんの苦労が想像できてしまい、ロスは同情心が湧いた。
撫でようとした手は優しく伸ばされ、そして躱された。
なんだ…臭いからか…?
臭いからか逃げるのか…?
シュールな空気が流れるが、ロスもイビル種に喧嘩を売る度胸は無い。
やり場の無い手をどうすればいいか…恥ずかしくて分からなくなっていた。
ミカドの視線が痛い。
どうしようか悩んでいると、洞窟からザハグランロッテがエニアを連れて出てきた。
お…もう歩けるようになったのか…。
若いから回復力が高いんだろうな…。
ロスがやり場の無くなった手をザハグランロッテに上げると、彼女は無視して視線を別のところに向けた。
ロスは、またしても手のやり場が無くなってしまった。
あれ…?
「お前、回復してないじゃない」
地面に転がっている男の子を見て彼女はそう言った。
「俺が見たときには既にこんな感じで…これ、もしかしてザハグランロッテちゃんが?」
「お前…!馬鹿か!」
「いや、じょ、冗談だよ…」
ロスは自分の失敗を誤魔化そうとして、彼女の怒りを買ってしまった。
さっきから、どうも最後が格好良くしまらないなとロスは思った。
「あの…ホセの奴、エニアが無事なのを聞いて気が抜けたみたいで…怪我もしてたしそのまま気を失ったんです…」
状況を説明するミカドの口調はなぜか敬語になっていた。
「…そう」
興味無さそうな彼女に、ロスはホッとする。
「それより、早くここから移動しよう。猿どもが動く前に…」
猿が見当たらないのはロスとザハグランロッテが強烈に魚臭いからだ。
だから今は安全が確保されている。
でも…どうせ遠くから見てるんだろ…?




