11 宿敵と涙…
5月中旬
「どうだ?少しは落ち着いたか??」
ロスは男を心配して声をかける。
男…と言うにはまだ幼さが残る顔立ちで、男の子と言う方がしっくりくる。
「ああ…」
男の子は返事をしたが、目が朧げで全体的に覇気が感じられない。
どことなく全てを諦めた様な…そんな顔に見える。
「何があったんだ?」
これは野次馬的な興味による問い掛け。それとは別にもう一つ。
一度は助けたんだ…。
簡単に諦めてもらっては、ザハグランロッテに嫌われてまで助けた自分の損が大き過ぎるとロスは考えた。
「…別に…もう、いいんだ…どうせもう…」
投げやりな感じに腹が立った。
男の子が何を思っているのかロスには知りようもない…が、かなり思い詰めていることは伝わってくる。
「何があったか知らないけど!勝手に…簡単に諦めるのは違うだろ!?」
ザハグランロッテちゃんだってきっとそう思ってる…。
ロスは同意を求めて彼女を見た。
「…臭っ、こっち見ないで」
「え?嘘でしょ……?」
この会話の流れで、加勢してくれないザハグランロッテを、ロスは信じられない気持ちで眺め、固まった。
いや…君も同じ発酵臭をさせてるんだけどね…?
絶対に言えないけど…。
まだ…まだだ…。
まだちょっとシリアスな雰囲気をキープしないと…この子が可愛そうだろ…。
空気を読まない彼女の発言に、ロスは男の子が気を悪くしないか心配になる。
そんな他人事だと思っているロスの内心を知れば、男の子は憤慨するに違いなかった。
とは言っても実際他人事だし、あんまり首を突っ込みたくないんだよな…。
「仲間が…仲間がいるんだ…。でも最後見た時はもう囲まれてて!籠城したって…!籠城してたって助けに…助けに行けない……!」
ロスの的外れな心配を他所に、男の子は事情を説明してくれた。
よし…ザハグランロッテちゃんに悪い感情は向いてないな…?
なるほど…仲間が殺されたと思ってるから元気が無いんだな…。
男の子が最後に見た状況では、仲間の生存は絶望的らしい。
それらの情報を冷めた心でロスは整理する。
でも…。
「…助けに行きたいんだろ?」
「当たり前だ!!でも…あの数の魔猿が相手じゃ…無理だ…ナナまで死なせてしまう……」
ナナ…。
ロスはすぐ側で大人しくしている大蛇に視線を向ける。
話の流れから、ナナと言うのはこの蛇ちゃんの事だろう。
この男の子と蛇ちゃんは意思疎通ができるのか…?
どうりで大人しい訳だ…。
「敵は猿だけ?」
「…そうだ…けど数が多い…それにボス猿のヘイナスもいるはずだ…」
ボス猿のヘイナス…イビル種か…?
でも…それなら…。
「相手が猿なら何とかなるかもな…。お前を助けたついでだ、ダメ元でお前の仲間も助けに行ってみるか!なぁ!ザハグランロッテちゃん!」
「臭い、死ね」
「…………ザハグランロッテちゃんも、ああ言ってくれている。死んだつもりで行ってみないか?」
「…………」
男の子から、怒りと疑いの視線を感じる…。
「いや!ザハグランロッテちゃんは少し口が悪いだけだから!」
「だけど…」
「あのな…俺たち、いや…俺が魚臭いのは猿への対策なんだ。猿は魚臭いのが大嫌いだからな。この臭いを体につけておけば勝手に逃げ出すんだ」
尚も躊躇う男の子の言葉を、ぶった斬り、更に根拠を明示した。
「え…?」
この様子だと、やっぱり知らないんだな…。
驚いた様子の男の子を見ながら、ロスは観察し、値踏みする。
「一応言っておくけど、こんな臭いなのは不可抗力だからな?いつもはもっとキレイにしてるんだからな?」
「手伝って…くれるのか……?」
余裕の無い男の子は、ロスの冗談に応えることも反応する事も無い。
ただ、重要な事だけを口にする。
自信なさげに聞いてくる男の子に、ロスは首を傾げる。
うん…?
まだ疑われているのか…?
まぁでも初対面だしな…。
助ける根拠が分からないし、疑う方が当然か…。
そういやコイツ…名前なんて言うんだ…?
いや…そもそも俺じゃあんまり役に立たないかもな…。
あんま強くないんだよなぁ…俺…。
「戦闘は苦手だけど…手伝う気持ちはあるよ。まぁ、あまり当てにしないでくれた方が助かる」
弱いからとガッカリされても困るしなとロスは思った。
猿なら死にはしないだろ…。
今なら超臭いし…。
「ヘイナスは……奴は狡猾だし強さも圧倒的だし…その…臭いで興味を無くすとも思えない…」
よほどイビル種の猿に嫌な思いをさせられたらしい。
男の子の、ないまぜになった感情がその表情から見て取れる。
「その前に、君の名前…まだ聞いてなかった。教えてくれる?俺はロス。ロス・グレイブだ。そして後ろでガチギレしてるのがザハグランロッテちゃん」
ロスの軽い自己紹介を、男の子は真面目な顔で聞いている。
「…俺は…ミカド…この子はナナ。本名は別にあるんだと思うけど…」
「ミカドにナナちゃんか…。よろしくな!」
「…ふん………」
鼻を鳴らしただけだったが、彼女なりの挨拶だ………と、思う。
必要以上の自己紹介を避け、ロスは話を先に進める。
「それで…だ。猿のイビル種は確かに強いし厄介だ。だけどそれは正面からまともにやり合った場合な?」
ロスの含みを持たせる言い方に、ミカドは期待…そして憎悪に歪んだ表情を見せる。
「対策はある。でもお前の仲間がそれまでもつか分からない。だから先に助けに行こう!イビル種は後回しだ!」
テキパキと方針を決めるロスに、手詰まりだったミカドは言われるがまま、黙って流される。
後は最優先である彼女に…。
「ザハグランロッテちゃん、猿のイビル種は頭が良い分、警戒心が強い。普通の猿が逃げればいったん様子を見るはずだから心配しなくていい」
「お前がそう思うのなら勝手にそうすればいい」
『勝手に』の辺りに、彼女の怒りが見えているが、それでも判断は任せてくれるらしい。
「仲間の場所は?」
「俺は分からないけど、ナナが案内してくれる。移動も乗せてくれる…と、思う…」
愛おしそうに蛇ちゃんを撫でるミカドを見れば、この大蛇がどの程度信用できるのか、大凡の想像ができる。
イビル種が仲間とか心強い…。
「じゃあ俺たちも乗せてもらおうかな…名前で呼ぶのはミカドの特別を取っちゃいそうだから俺は呼びやすいし蛇ちゃんって呼ぶけど、いいかな?」
蛇ちゃんに喋ってみたが無反応で何も分からない。
「特に嫌とか思ってないみたい」
へぇ…やっぱり分かるんだ…?
どういう仕組みか分からないし、信用できるかも分からないけれど、敵対する感じが無いだけで満足だった。
ミカドからの許可も出たので、呼び方は蛇ちゃんで確定させた。
ミカドが蛇ちゃんを見ながら動きを止めたかと思うと、しばらくして蛇ちゃんはゆっくりと動き出した。
そして徐々にスピードが上がっていく。
「おぉ!凄いな蛇ちゃん!」
味わったことの無い乗り心地とスピードに、ロスは少しビビりながらはしゃいで見せた。
「あの…着くまでにヘイナスに対抗する方法を聞いておきたいんだけど…」
ミカドが真剣な顔で尋ねてきた。
ロスもミカドに向き合うと真面目な顔に切り替えて話し始める。
「猿のイビル種、ヘイナスだっけか?そのヘイナスは恐らく俺達で倒せる。出来ればミカドの仲間もいた方が成功率は上がるけどな…でも、お前らにはかなり嫌な方法だし…受け入れ難いと思う…」
ロスはこの作戦に、ミカドの納得は得られないかも知れない…そう思っていた。
「…そんなに厳しい方法なんですか?」
「いや、方法自体は簡単だ。ただ、お前とお前の仲間は、例えばそうだな…油断させる為と言われて、そのヘイナスと笑い合えるか?」
「そんな…の!あり得ない!!殺したくて殺したくてたまらない!!今だってすぐにでもくびり殺したいんだっ!」
ひと目で分かる強い殺意。
そうだろうなと予想していた反応に、ロスはため息をついた。
「はぁ…。お前が、そのヘイナスとどんな決着をつけたいのか想像はできる。どうせ自分の手で殺したいんだろう?」
ロスの言葉にミカドは強い決意を持って頷いた。
「だろうな…でも、ここまでその願いは叶っていない…だろ?」
その言葉に悔しそうに頷くミカド。
「今後、お前達の手でヘイナスを殺せる見通しは?」
「……いつかは…とは思ってる」
「つまり現状、手は無いって事だろ?」
「………そう…」
「慎重に答えてほしい」
ロスは話しをいったん区切ってミカドの目を見つめた。
「希望ではなくお前達がヘイナスを殺せる見通しはあるか? 感情は排除しろよ? 冷静に判断して…いつか殺せる時が来るか? この返答次第で作戦が変わると思ってくれ…。冷静に判断して答えて欲しい………。いつかお前達の手でヘイナスは殺せるか?」
ミカドを見つめていたロスはギョッとする。
ミカドの目からポロポロと涙が大量にこぼれだしたからだ。
「お前…最低…」
後ろで見ていたザハグランロッテの言葉がロスの後頭部に刺さる。
「いや、ザハグランロッテちゃん。これは必要な質問なんだよ…。ほ、ほら!お前も泣くなよ…オレが怒られるだろ…」
「お前…最低ね」
「…いいよ!いいよ!分かったから!!もう泣くなよ!ザハグランロッテちゃんに責められちゃうだろ!?」
ミカドの反応よりも、ロスにとってはザハグランロッテの反応の方が大事だ。
「ヘイナスは殺す。これは約束だ。約束は守る。ただ…ヘイナスを殺してもお前たちは苦しむかも知れない。それでもいいか?それでもヘイナスに死んでほしいか?」
これは卑怯な言い回しだ。
ロスは言葉遊びでミカドを騙している。
ロスにはその自覚があった。
「それでもいい!!あいつが生きているのが…俺は…耐えられない…」
振り絞るように言うミカドの姿を、ロスは冷めた目で見下ろした。
「分かった…でもお前の精神状態は問題だ。だから今は作戦の内容まで話せない。お前の仲間を救出するのにも支障が出そうだしな」
「…それでいい。アイツを殺せるなら…俺は何だって我慢できる…!」
言質は取った…。
後で文句言われるだろうけど…俺はお前の仲間じゃ無いんでね…。
申し訳なさそうなロスの表情を、ザハグランロッテは静かに見ていた。そして…その視線にロスは気がつかなかった。
「…っ!?」
急にビクリと反応したミカドが、静かに…そして抑えきれない気持ちを滲ませながら口にする。
「……着いた」
そう言ったミカドの視線は洞窟の入り口に向かい、その表情は不安でピクピクと痙攣を起こしていた…。




