9 目的…後編
朝になると、彼女の体調は完全に元通りになっていた。
「治って本当に良かった…それじゃ、次の集落に向けて出発しよう!!」
ここじゃゆっくりできないからな…。
わざとらしさのある元気だが、彼女に笑顔を向けて気分の向上を狙った。
彼女は今日も、いつもの澄まし顔を決め、視線でロスに進めと促している。
この澄まし顔は、多くの人から可愛げが無いと評されるだろう。
でも…。
慣れてしまったロスにとって、ザハグランロッテの澄まし顔は七色に変化する可愛げのある表現となっていた。
街道に出て先に歩を進める。
「最初の頃よりザハグランロッテちゃん、体力が付いたよね?」
「そうかしら?でもこれだけ歩けば多少は筋肉も付くかもね」
「俺は筋肉が付いて硬いザハグランロッテちゃんより、ぷよぷよのザハグランロッテちゃんの方が好きだけどなぁ…」
「…お前の好みに合わせる意味が無いわよね」
見た目はいつもの澄まし顔だが。
呆れてるな…。
彼女の感情の機微が分かる。
ロスは自分の顔が緩むのを感じた。
この何でもないやり取りが楽しい。
彼女も楽しければ…そう感じていてくれてたらいいなと…。
「あそこ…ゴブリンだ」
「………」
単体なら魔物の中では最弱クラスと言われているゴブリンだが、彼女がここまで墜ちる元凶となった魔物でもある。
そう考えれば彼女の顔が強ばっているのも無理はなかった。
弱い魔物だが完全に苦手意識が刷り込まれてしまっているのだ。
「見つからないように通り過ぎようか…」
「………」
無言のザハグランロッテの表情を、ロスは注意深く見つめながら、提案と行動を決めていく。
ゴブリン1体ならロスの敵にはならないが、そんな事より彼女の気持ちを優先したかった。
彼女は何も答えを返してくれないが、それに対して返事くらいして欲しいなどとは露ほども思わない。
それよりも彼女には、我慢せず嫌な時には嫌と…ハッキリ嫌と言ってほしい。
ロスが思うのはそれだけだった。
戦わず、ゴブリンを彼女の視界から消す方がいいかと思ったが、今後を思いロスは考えを改めた。
視界から消してもゴブリンは近くにいる…それだと、ザハグランロッテちゃんはずっとビクビクするかも…。
そんなのは許せないな…やっぱり、始末しておこう。
「ザハグランロッテちゃん…」
小声で呼びかけた。
「ここで待ってて…音を立てないように気を付けてね」
これが、彼女にしてやれる最上の答えだと、ロスは行動に移した。
「………」
まただ……この男は何かあると直ぐに私を置いて行ってしまう。
気に入らない…どうせ私には何もできない…。
邪魔なのは分かっている。
でも彼女はどうしても気に入らないのだ。
不安そうに見える、いや…不満そうに見える彼女に愛想笑いを残し、ロスは静かにゴブリンに近づいていく。
そして…後ろから組み付き、喉を掻き切った。
動きを止め、周囲に仲間のゴブリンがいないか注意深く観察する。
このゴブリンは単独…そう判断した上で、ゴブリンの荷物から使えそうな物を拝借する。
「これは…紐に使えそうだな…」
少し長く、引っ張っても頑丈な蔓は使えそうだと思った。
他にめぼしい物をゴブリンは持っていなかった。
ロスはザハグランロッテに見えるように手を振ってから元の場所に戻った。
「ごめん、不安の種を残すよりいいかと思って」
気に入らなさそう…。
一応謝っておくが、正直彼女の為になったと思っているので、悪いとは思っていなかった。
そんな心中を見抜かれたのか、明らかに不機嫌な態度を彼女は見せていた。
といってもロスでなければ変化に気付かないだろう…。
この流れは良くないと感じたロスは、慌てて話題を逸そうとする。
ええっと…。
「ほら!そんな事よりあそこ!たぶん塀じゃないかな?」
指差す方向に、薄っすらと人工物っぽい何かが見えている。
「集落?」
ザハグランロッテは目を細めてロスが指差した方を見ている。
その横顔は土が付き、汚れていたがそんなものは、彼女の魅力を損なうなんて1ミリもできていない。
ゴブリン…。
どうでもいい魔物だったけど…。
嫌いになっちゃったな…。
彼女を不安にさせるゴブリンはロスの中でかなり嫌いな魔物に昇格された。
そんな事を考えながら、彼女の横顔に見惚れ続けていた。
あ、いかん…。
バレて怒られない様、気付かれないうちに彼女から視線をそらした。
「ところで、お腹空いてない?ウサギの干し肉あるけど食べる?喉が渇くから水も一緒に飲んで…あそこに近づく前に、腹ごしらえは済ましておこう」
ロスは最近、不安を感じると彼女の世話をしたくなるようになっていた。
彼女の世話をすると、幸せな気持ちになり心が落ち着くのだ。
ロスとザハグランロッテは、ここで小腹を満たし、見えている集落に備えた。
「大丈夫だと思うけど…人とか、魔物がいるかも知れないから…」
人差し指を口に当て、彼女に静かに進むから注意してと伝えた。
彼女は頷き、ゆっくりと…そして静かにロスの後ろを付いてくる。
あぁ…ダメダメ…!
今は集中しないと…!
それに…また怒らせる………。
ロスも後ろのザハグランロッテも、前に水浴びしてから数日経っている。
つまり…少々臭うのである。
彼女から漂う多少の臭いは匂いとして、またロスの男を刺激していた。
旅の最中なので、仕方のない事だが、男女の旅で気を使う問題である。
煩悩をなんとか振り払いながら、塀の中の集落を観察する。
中は荒れ果てており、人がいる気配も、魔物が住み着いているようにも見えなかった。
「ついてるな…」
ロスが声を出したので彼女も同じ声量で声を出した。
「ついてる…?」
「あぁ…いや、運がいいと思って。中に魔物とか魔獣がいたら、休めないし」
私はロスの『ついてる』という言葉に首を傾げる。
私と関わった時点で、この男は私の不運に巻き込まれているのだ。
だから…ついてはいないと思う…。
「敵がいないなら、ここでしばらく休めるね…でも、念の為もう少し安全か……確認したいかな……」
外から集落の全てを確認することは出来ない。
建物の中や周囲、それこそ死角になる場所は無数にあるのだから。
ロスは周囲を警戒し、少しずつ安全を確認していく。
とりあえず、目的地はこの集落で最も大きなあの建物だ。
あの建物を拠点に集落全ての安全を確認するつもりだった。
そんな事を考えながら進んでいると、ロスはザハグランロッテの匂いに獣臭が混ざるのを捉えた。
誰だよザハグランロッテちゃんの匂いを邪魔する奴は…!
身を潜め、ロスはアチコチに視線を走らせる。
いた…魔獣…?
あれは…ヤバイな……。
ロスの頭の中に『危険、危機』といった単語が流れている。
対処方法を考えるより速く、直感が逃げろと訴えてくる。
早く…あの大きな家に…。
避難場所を目的の一番大きな家に決め、ロスの歩調は速くなった。
ザハグランロッテは疑問を感じていたが、大人しく…そして、静かに黙って付いていく。
彼女は、雰囲気から異常事態だと気が付いていた。
落ち着け…焦るなよ…!
ロスは、真っ直ぐ玄関口に向かいたい衝動を抑えて魔獣の死角に回り込みながら慎重に動いた。
時間をかけて扉に向かい、音を立てないように扉が開くか確認した。
よし…やっぱりついてる…!
扉に鍵は掛かっていなかった。
ロスは素早く中に入ると、安全確認しながら彼女の手を引いた。
彼女の柔らかな手の感触に、ロスは守りたいと思う庇護欲が刺激され、覚悟がより一層固まっていく。
扉を閉め、鍵を閉め、しばらく黙り、耳を澄ます。
家の中に誰も…何もいないか音を拾う。
声を出さないまま、一部屋一部屋確認して回る。
そうして最後の一部屋まで確認し、何も無いと分かってから…ようやく気を抜くことができた。
緊張が解け、長い息を吐く。
「ふぅ…俺たちやっぱりツイてるわ」
そう呟くロスだが、その表情は硬い。
「何か問題が?」
「ああ〜うん…そうね、魔獣がいた…かな?その…イノシシの大きい奴…たぶん食べたら美味しそう?かな…」
歯切れの悪いロスにザハグランロッテは更に質問を重ねた。
「お前でも手に負えない魔獣ってこと?」
彼女の『お前でも』という表現に、ロスは過大な評価をされているなと感じた。
「そうですねー、まぁちょっと無理目な感じの魔獣さんですねー。隙を突けば倒せない事もないかも知れない…けどやっぱ難しいかなー」
不安にさせず、まずい状況だと伝えたいロスは、変な喋り方になっていた。
それでも…彼女の受け取り方がマイルドになるなら変に思われてもいい…。
「………ここに入ったのは?」
「うん。この家は他の家より造りが丈夫そうだし…たぶんあの魔獣も普通には入れないと思う。頭が割れる覚悟でぶつかってくるなら壁も壊れると思うけど…」
「そう。なら正面から戦わなければひとまず危険は無いということね?」
「流石ザハグランロッテちゃん!的確な状況判断ですね!」
不安な素振りを見せないザハグランロッテを見て、ロスは自分の目的は果たされたと思った。
少し汗は出るし、自分の挙動もおかしい、彼女からは胡散臭い目で見られるし…でも、結果を果たせて満足だった。
「まあいいわ。でも、この家の中が安全っていうのはどうかしらね?」
「おいおい、ザハグランロッテちゃんがそんな事言うなんて怖いんだけど?」
「わざとらしいわね。お前もこの部屋だけが傷だらけなの…気になっているのでしょう?」
彼女の指摘するように、何故かこの部屋だけ、アチコチに抉られた傷が付いているのだ。
「1番大きな家…いや、屋敷だし?たぶんここは集落の長の部屋だったんだろう…もしかしたら、野盗対策の仕掛けでもあるのかも?」
ロスが可能性を口にすると、彼女も自分の考えを口にした。
「しばらく動けないのなら、ここをもっと調べる必要はあるでしょう…危険だったら困るし」
「とは言っても…気になるのはあの机の文字くらい…」
ロスの言う机には、
『我の名はリヴァイアスここに顕現す』
と、文字が彫られている。
意味は分からないが『…ここに顕現す』という文字が不穏で気になった。
「ザハグランロッテちゃん、この文字、念の為口に出さな…」
「この『我の名はリヴァイアスここに顕現す』って何の事かしらね?」
「あっ…」
口に出さない方がいい。
注意を促す前に、彼女は文字を読んでしまった。
直感的にマズイと思ったが既に遅い。
『ヒュッ』
風切り音が室内に響いたと思えば、直ぐに別の音が耳に聞こえる。
「がっ…!」
良くない声…ロスの視線は咄嗟、いや…反射的に彼女に向いた。
『ヒュッ』『ヒュッ』『ヒュッ』3度の風切り音と3度の悲鳴が、ロスの思考を置き去りにする速さで耳を駆け抜ける。
現実味の薄い映像が目から脳へ流れ、そのまま流れて過ぎて行く…。
「く…あっあああぁぁっ!!」
「…………ザハッ!」
急激な変化と展開、彼女の悲鳴に頭の回転がまるで追いつかない。
ロスは焦りに焦りまくった。
『ヒュッ』
「クソがっ!」
彼女を庇うように腕を伸ばし、直感のまま腕を少し下げた。
腕に変な感覚が走り、一瞬遅れて我慢できない熱い感覚に襲われた。
あ!熱ッ…!?い?痛い!?く、痛い痛い!!
「くふふっ、5本目ですか…」
声の聞こえる方へ視線を向けると、そこに佇む人…男らしき何かがいた。
「お前…」
「くふふ。何でしょうかぁ?」
明らかに普通ではない男が、ニコニコと質問に答えようとしている。
何だこいつ…!
絶対ヤバい奴だろ…!?
「何が…目的だ…」
奴が言った5本目、あれは間に合わなければ彼女の腹部に当たっていた。
腹立たしい…!!
自分への不甲斐なさと得体のしれない男への怒りと恐怖でロスは混乱と困惑に包まれていた。
「目的ですか…くふふっ、いつもなら暇潰し…と、答えるところですが…今は暇が潰せていたので、腹いせ…が1番当てはまるのでしょうか…?」
腹いせ…?
くそ…異常者が…!
ロスが事態を把握する前に、目の前の異常者は言葉を続け出した。
「腹いせ…そうですねぇ、腹いせなら少し足りないかも知れませんねぇ…足りないならもっと盛大にやりましょうか…くふふ…」
不気味な男は一人で話しながら、不穏な事を口にした。
戸惑うロスの目の前で、部屋が暗くなり、そこに赤い魔法陣が浮かび上がる。
息が詰まる程の濃い魔力だった。
ロスはザハグランロッテの前に立ち、何が起きても自分が盾になると覚悟した。
初動には失敗し、彼女を傷付けてしまった。
後悔して挽回するどころか、考える暇も余裕も無い。
「さぁ…盛大に楽しんで下さいねぇ…くふふ…」
魔法陣の赤い光が中心に集まっていき、中心の色が赤から白い色へと変化していく。
見るからにヤバそうなソレが、自分達に放たれたら…終わり…。
最悪の予想が頭に浮かんだロスは、拒絶反応で声を上げていた。
「まっ…待て待て!!もう十分だ!遊びならもう十分驚いたからッ!」
必死の嘆願を試みようとするが、適当な言葉が出てこない。
「…………」
「彼女をまず治してくれ!話には付き合う!必要なら俺の腕を落としてもいい!」
ロスの全身は冷や汗やら脂汗やらでベトベトになっている。
矢継ぎ早に自分に都合の良い言葉を捲し立てて強引に流れを作ろうと試みるのが精一杯だ。
遊び…。
この言葉は直感で言ったにすぎない。
「興ざめですねぇ…見抜かれているなんて…とはいえ、気付かなければ女性の方は死んでいたかも知れませんがね…くふふ…」
彼女の死…相手の不穏な言葉に抗議したい気持ちに襲われたが、それはできない。
こんな奴、人が相手できる存在じゃない…。
上が見えないくらいの格上なのだ。
「頼む!彼女をまず開放して治してほしい!!」
会話が出来る事と通じ合える事はイコールではない。
それでも、ロスは助かる為に訴えてみるべきだと思ったし、それしか思い付かなかった。
正直ビビっているし、逃げたい気持ちは小さくない…。
震える心を叱咤して、ロスはもう一歩…もう一歩前に、気持ちを押し上げる。
「あんたの要求を飲む!」
「……ふむ…まぁいいでしょう…とは言っても、貴方方に望むものは特に無いのですけどね…くふふ…」
不気味な男はそう言うとゆっくりと腕を動かし、そして急に止めた。
「そうそう、確か話しをするなら腕を落とすんでしたっけ?くふふ…」
そう言った次の瞬間…『ドンッ』という床に何か落ちた音がした。
何か…というかロスの腕、それも両腕が床に転がったのだ。
突然の欠損に、痛みというものはやはり遅れて来るものらしい。
『痛くなるぞ!』
ロスの意識は警鐘を鳴らすが、訪れた痛みは想像の遥か上をいった。
彼女に心配させたくない一心で、声を堪えるつもりだった…。
そのロスの決意は声にならない程の激痛という形で叶えられる。
「ふっ!うっ!ううぅっ!!」
口から漏れるのは声ではなく嗚咽だ。
そんなロスを気にすることもなく、事態は勝手に進んでいく。
そしてその勝手に進んでいく事態を誰より歯痒く睨み付けているのがザハグランロッテだった。
「それから?彼女を治すのでしたっけ?くふふ…、容易い事です。その目…いいですねぇ…くふふ…」
ザハグランロッテが向ける怒りの視線を、男は恍惚とした表情で喜んでいる。
「面白い人を危うく殺してしまう所でした。知らないというのは罪なことですね…くふふ…」
この場の絶対的強者である不気味な男は自分勝手に行動し、喋り、そして楽しんでいる。
そんな不気味な男が何か聞き取れない言葉を発した。
次の瞬間、ザハグランロッテの四肢を穿き、壁に打ち付けていた赤い結晶が、ドロリと溶けるように液体となる。
赤い結晶が赤い液体になり、彼女の傷口から流れ落ちたその跡は、元々傷など何もなかったかの様に綺麗に塞がれていた。
「そ、それ…大丈夫なのか?」
両腕を落とされ、激痛でロスの目は血走っている。
全身から溢れ出る脂汗は後から後から滲み、止まる気配もない。
それでもロスは自分よりも、彼女の方が心配だった。
「お前の方がよほど無様かしら」
傷が治り、痛みも引いたザハグランロッテは、怒りながらもロスの状態を大丈夫と判断していた。
落とされた両腕の傷口から血は大量に流れていない。
つまり、この不気味な男は反応を見て楽しんでいるだけのサイコ野郎なのだ。
「それで?お前の要求は?」
あくまで強気の彼女に、ロスの方が戦々恐々とした気持ちになる。
「くふふ…要求、ですか…要求ねぇ…そんなもの何も無いんですよね…」
「ふん!ならもう十分楽しんだのでしょう?そこの無様な腕無しをさっさと治しなさい」
冷ややかな澄まし顔の彼女だが、その度胸は、ロスの死を絶対に認めないという気持ちからのものだった。
「確かに確かに!腹いせとしては十分に楽しませてもらいました!くふふ…、それに…そろそろあちらの方がまた気になりますし…くふふ…」
不気味な男は手を前に出すと、先ほどと同じ様に、また聞き取れない言葉を発した。
部屋に赤い光が現れ、両腕が持ち上がるとロスの肩に引っ付いた。
不思議な光景だが、ジュクジュクと音が鳴り、両腕は元通りに治っていった。
痛みが無くなり、少し余裕が出たロスは気になっていた事を男に尋ねる。
「あんた…リヴァイアス…水の大精霊なのか…?」
「くふふ…足元すら統治できない地の民でも、私の名くらい知っているのですね…くふふ…」
直接の回答ではないが、水の大精霊で間違いなさそうだ。
こんなのが大精霊とか…。
ロスは水の街を目指しているが、それが本当に正解なのか不安になってきた。
「それでは…私は飽きたので…精々汚く足掻いて生きもがいて下さいねぇ…くふふ…」
やっと居なくなってくれるのかと、ロスはホッとした。
早く…!
早く何処かに行ってくれ…!!
「お前、勝手に迷惑かけておいて勝手に帰るつもりなのかしら?」
「…!?…ちょっ!?ザハグランロッテちゃん!?」
ロスの願いに反して、彼女はリヴァイアスを引き止めてしまった。
これには流石のロスも文句を言いたくなった。
「散々迷惑かけたのだから。帰る前に外のアイツくらい片付けていきなさい」
堂々と、冷たく言い放つ彼女の指差すのは、外の大きなイノシシの魔獣だった。
「くふふ…私を小間使いに?いいですねぇ、いいです!楽しいですねぇ…!」
少し興奮し始めたリヴァイアスに、生きた心地のしないロス。
ひぃ…もうよそう…。
やめようよ…!ザハグランロッテちゃん…!
この大精霊とは関わらないのが正解だ。
今後も一生会いたくない。
ロスがそんな事を考えていると、リヴァイアスが『パチンッ!』と、突然指を鳴らした。
『トスンッ』
外で何か落ちる音がした。
音の感じから、そこそこ大きい物だとロスは思った。
というか、それはイノシシの魔獣の頭が落ちた音だった。
ロスにはリヴァイアスの指の音に合わせて魔獣の首が切れた様に見え、ザハグランロッテの目にはリヴァイアスの指の動きに合わせて魔獣の首がねじ切れた様に見えた。
「くふふ…そこのお嬢さんの反応には楽しませて貰いました。これはささやかな…お礼です」
お礼とか要らない…!
要らないから…早く帰ってくれ…!
当然ロスの思いは何も反映されないまま、リヴァイアスは聞き取れない言葉を口にし始めた。
「がっ!な、なんだ!いてっ!痛い!!」
リヴァイアスの言葉に合わせ、腕に焼印の様な…文字の様な…不思議な模様が激痛とともに刻まれていく。
見ればザハグランロッテも同じ様に苦痛を感じているのだろう。
腕を抑えてプルプル震えていた。
「回復魔法が発動する簡易術式です…くふふ…。これで私のいる街まで生きて辿り着ける…といいですねぇ…くふふ…」
回復魔法…!?
「これ…!あ…?いない??」
質問しようと思った時にはリヴァイアスは既に跡形もなくいなくなっていた。
嵐のような出来事が去り、呆然としていたら、不意にコーヒーを飲みたくなってきた。
無言で準備を始めると、彼女から不審な目で見られてしまった。
「ふっ…ははっ!ははははっ!」
コーヒーを淹れながら、ロスは突然笑いだした。
「何を笑っているのよ」
「だって!ふっ…はは!デタラメだ!デタラメ過ぎたでしょ?死にかけたし!痛過ぎたし!こんな所で水の大精霊だし!ザハグランロッテちゃんは水の大精霊相手に色々吹っ掛けてるし!ぷはっ!ははははっ!」
緊張感から解き放たれた反動だろうか。
いつもと違うロスの様子に、私は少しバツの悪い気持ちになった。
恐らく自分の発言が原因で、ハラハラさせ過ぎたのだろう。
でも…。
「色々と…腹が立ったのだから仕方ないでしょう」
彼女の不貞腐れた言い方が可愛くて、ロスはまた笑いが込み上げた。
ああ…生きてる…良かった…。
「はぁ…。はい、これコーヒー。……正直…どこかで静かに暮らせたらと思ってたけど…」
術式と言われた腕の焼印を眺めながらロスは自分の思いを口にしていた。
呪いにしか見えない…。
「水の街か…どんな所なのかな…」
「私はアイツに何か仕返しがしたいのだけど」
「ぷはっ!ザハグランロッテちゃん!それは無理じゃない?あんなの超常の存在だよ!」
「それでも…よ」
彼女の目は真剣だった。
どうやら本気で大精霊に喧嘩を売りたいらしい。
負けん気が強いとは思っていたけれど、想像以上だったようだ。
「どっちにしても水の街を目指そうか」
何となく目指していた水の街が、本当に目的地になったのはこの時だった。




