9 目的…中編
「あー肉、肉が欲しい!」
ロスはついさっきの失敗を思い出し、その場で頭を抱えた。
「あー失敗した!でもザハグランロッテちゃん、めっちゃ良い匂いするんだもん…仕方ないよ!でも俺が悪い!!」
沢山汗をかいた彼女は、とても色っぽく、ロスの視覚と嗅覚をリビドーをド直球で刺激した。
アレでもロスは辛抱したのだ。
それでも、彼女から見れば絶対に受け入れ難かったのだろう。
だから、失敗を挽回する為の肉が絶対に欲しかった。
「風邪の後だし、良い物食べた方が元気になるのは本当だし…」
肉、肉と思いながらロスは森の中に視線を投げる。
しかし、そう都合良く肉が手に入るわけもない。
ロスは血走った目で必死に肉を探す。
くそ…!
どこにも居やしねぇ…!!
すると近くから水の音が聞こえた。
「………………魚!…魚か!」
肉より確実に確保出来ると、意気揚々と川に向かった。
川を見れば結構な数の魚が泳いでいるのが見えた。
よし…!
いいぞ…これでザハグランロッテちゃんを喜ばせれば…!
気が逸っているロスは、水に手を入れるとすぐに呪文を唱えた。
「スパーク!」
パッと見何も変化無いように見えたが、魚が何匹かぷかりと浮かんできた。
狙い通りの結果で少し嬉しくなった。
「よーし!魚GETッ!!」
ロスはその場で鱗や魚の肝を削ぎ落としキレイにしてから枝に刺した。
これで機嫌直るといいんだけど…。
「お待たせー!」
洞窟に戻ると彼女はちゃんといた。
入り口に居なかったので、もしかしたらと不安に駆られたが、杞憂だったようだ。
戻って来たロスに、ザハグランロッテは怒った手前、どんな顔で会えばいいか分からず、いつもの澄まし顔で取り繕っていた。
まだ怒ってるかなぁ…。
「魚がいたから取ってきたよ!俺の極限魔法で…!!」
ドヤ顔のロスは、手を胸の前に持っていき、手のひらを上に向けるとパリッと白い何かが音を立てて煌いた。
機嫌を取るために、無理をして陽気に振る舞うが、許してくれるか不安でちょっと顔が歪んでしまう。
私は…。
私の命綱はこの男だ。
不必要に機嫌を損ねる必要は無い。
そう言い訳しながら、ザハグランロッテはロスを許す事にした。
「器用な手品よね」
「いや!魔法だから!器用なのは自覚してるけどさ!」
いつもの調子で抗議しているが、ロスの様子は恐る恐るといった感じだ。
それでも明るく振る舞おうと、ロスはニコニコしながら、枝に刺した魚を火で炙り始めた。
焚火からパチパチという火が弾ける音と、魚が含む水分がジュワジュワと沸騰している。
まぶされた塩と混ざり焼け、視覚と嗅覚で2人の食欲を刺激している。
煙に混じる匂いは香ばしく、ザハグランロッテはこんがりと焼けていく魚を見ながら無意識に「美味しそう」と呟いた。
「本当!?食べられそう??食欲があるなら俺も一安心なんだけど」
突然ロスが大きなリアクションを取り、ザハグランロッテはビクリとした。
びっくりしたわ…。
大袈裟に喜ばれ、しかもそれが心から喜んでいると分かってしまい、こそばゆかった。
悪い雰囲気を引きずらずに済み、水に流して良かったとザハグランロッテは思った。
「そろそろ食べられるかなぁ?」
ロスは焼け具合を確認し、問題なさそうだと彼女に魚を手渡した。
「熱いから気を付けてね」
コクリと頷く彼女を見てから自分の魚を手にした。
塩をまぶした魚はシンプルに美味しいと思った。
「食べられそう?」
「大丈夫よ」
よし…!
彼女も問題なく食べられるみたいだ…!
「しばらく食べられなかったし、なんか凄く美味しく感じるわね」
彼女は熱で寝込んでいたから食事をしていないのは当然だが、ロスも心配の方が先にきてしまい、食事をあまりする気にならなかった。
そんなロスも彼女が起き上がった事で、忘れていた食欲を思い出した。
空腹を埋めるように、一気に魚を食べ終えた。
焚火の中を木の枝でゴソゴソと探ってコロコロとした木の実を取り出した。
「この木の実、焼いた方が美味しそうだったから焼いてみたけど…」
火傷に気を付けながら、ロスは木の実の殻を剥いて口に入れた。
「おぉ!美味いなこれ!残りも焼いてしまおう!」
ロスは同じ種類の木の実を全てを火の中に入れた。
そして焼けた木の実の殻を剥き、ザハグランロッテにも手渡した。
「ザハグランロッテちゃんも食べて食べて、これマジで美味しいよ!!」
やや興奮気味のロスを大袈裟だと思いながら、彼女は言われるまま木の実を口に入れた。
「…本当ね、これ…美味しい…」
口の中で木の実を噛むと、カリッとした音と食感、そして香ばしい旨味が広がった。
「木の実に入ってる油って、体に凄く良いらしいよ」
「そうなの?」
「そうらしい。本当かどうか分からないけどね。まぁ俺はザハグランロッテちゃんが喜んでくれたら、それだけで十分満足だけど…」
照れているのか、若干頬が緩んでいるように見える彼女に、ロスは満たされた気持ちになった。
「魚も美味かったし、デザートの木の実も想像以上に美味しかったし、ザハグランロッテちゃんの体調も良くなってる!良い事ばっかりだ!」
彼女は何も答えず、いつもの澄まし顔でこちらを見たまま、否定もしなかった。
「後で水浴びに行きたい…」
「もちろん良いよ!さっきはごめんね。ちょっと失礼だったと思う」
「……………」
無言の反応がロスの胸に刺さる。
さっきの失敗はまだ許されていないようだった…。
夜になり、洞窟の外は虫の鳴き声が大きくなった。
意識して高いテンションを作っていたロスも、ずっと高いテンションを保てる訳ではない。
特に今日は、朝の失敗を挽回しようと無理に陽気に振る舞ったせいで、夜にはすっかり疲れ果てていた。
静かな夜、静かな時、二人の間も静かな時間が流れている。
ロスは正直その間がとても苦手だった。
「お前…どうして一人で何処かに行かないの?」
静寂の中、彼女はロスに問いかけた。
それは、これまで彼女がずっと疑問に思っていた事だろう。
それは…俺が一緒にいたいから…。
「放っておきたくなかった…なんか嫌っていうか…俺はザハグランロッテちゃんが別に嫌いじゃないし…。
何ていうか…いや、違うな…ザハグランロッテちゃんの為…?自分の為っていうか……俺が…ザハグランロッテちゃんの側に居たいと思ったんだ…。
だから…今の状況は自発的なものだから!ザハグランロッテちゃんが気にすること無いからね!」
彼女に突き放されるのを恐れ、ロスは早口で捲し立てた。
そうだ…俺はザハグランロッテちゃんと一緒にいたいんだ…。
「こんな愛想の無い奴に、お前は愛想が尽きないの?」
そんなの…。
「確かに?ザハグランロッテちゃんは愛想が無いし、冷たいし、時々俺をゴミを見る目で見てくるけど…。
………悪くないよね?
何ていうかザハグランロッテちゃんって悪くないんだよ!悪じゃない!」
地の街で楽しく過ごせるなんて奴は、基本的に悪人でないと無理なのだ。
これまで見てきたザハグランロッテから、ロスは確信を持っていた。
彼女の根は悪くない…。
だから…苦労してきたんだろう…?
嫌な思いをたくさんしたんだろう…?
それは…嫌なんだ…。
俺は君に…もっと笑ってほしい…。
笑わせたい…。
幸せになって欲しい…。
感情が高ぶる夜という事もあるだろう。
疲れでいつもより更に揺さぶられ、心が高ぶっている影響もあるだろう…。
「助けたいと思った。…それに君といれば楽しそうだと思ったんだ」
「そう…」
「これは理由というか、俺の我侭なんだと思う…たぶん。君を助けて、これまで何も無かった自分に何かこう、意味みたいなのができるんじゃないかと思って…」
「ナルシストという事かしら」
不本意な受け取られ方だが、いつもの澄まし顔が柔らかく見え…。
「そう思う…?」
ロスの言葉で更に、柔らかい顔が悪戯っ子がするような悪い顔に変化した。
これに気付けるのは俺だけなんじゃないか…?
彼女の微妙な変化が分かった自分に、ロスの顔も破顔した。
澄まし顔を気取る彼女だが、たぶん気付いていないだろう。
口にするのは無粋なので甘んじて彼女の意地悪を受け入れることにした。




