8 選択…中編
地の街にザハグランロッテの居場所が無くなり、ロスは彼女の面倒を見ると決意した。
とはいえ彼女が前線基地で失敗せずに生計を立てるのは現実的に考えて難しい。
前線基地での失敗は、死や四肢の欠損、奴隷落ちに直結する。
ロスはそんな失敗を許さない。
ザハグランロッテを助けるには、他の街に行き、そこで生計を立てる以外に方法は無かった。
つまり、ロスがザハグランロッテと目指す事にした水の街は彼女を助けるために避けられない事なのだ。
水の街は大陸の東、地の街から見て北東に位置する。
目的の水の街には大きな街道を通って向かう事になる。
街道が目的地への目印でもあるからだ。
とはいえ水の街は、地の街の性根を心底嫌っており、両街の関係は、今では完全に絶たれている。
その影響で、地の街から水の街まで繋がる街道の途中にあった宿場町は全て潰れ、人が住んでいないと言われている。
つまり、移動中は恐らくサバイバル生活…という事になる。
そんな事は覚悟して旅立ったのだが、準備した食料は予定よりも早く無くなり、途中の現地調達などで進むスピードはかなり遅かった。
それ以外にも、魔物や魔獣に常に注意し、気を張るというのは、予想以上の負担が掛かり、ロスは自分の想定が甘過ぎたと引き攣っていた。
「ヘプ…ッ!」
「ザハグランロッテちゃん!」
ロスが手を引き、二人で走っていたのだが彼女は躓き、前のめりに転んでしまった。
『ブォン!』
その転んだザハグランロッテの頭のすぐ上を野太い棍棒が走り抜けた。
「こ!このっ!!」
ロスは焦りながら、棍棒を空振して無防備なオークの急所を切り裂いた。
数的不利が解消され、ようやく攻勢に回れるとロスは歓喜した。
「散々調子に乗りやがって!先ずはお前…!」
動きが悪いオークにダッシュで近づくと、ロスは直前で急停止、頭ごと上を向き、それから一気にしゃがみ込んだ。
オークは、ロスの見え見えの視線に釣られて上を見てしまった。
オークが次に前に向き直した時にロスはもう目の前に居ない、オークの視線から外れるようにしゃがんだだけのロスを、オークはキョロキョロと探し始めた。
次の瞬間、オークは悲鳴を上げながら地面に転がる羽目になる。
「よ、よし!今のうちに!ザハグランロッテちゃん!!」
転んだ痛みから回復したザハグランロッテの手をもう一度取り、ロスはその場から死にもの狂いで逃げ出した。
「はあはあはあ…はぁ…はぁ…はぁ…はあーはぁー……」
ロスは集中して上がった息が落ち着くのを待った。
それからザハグランロッテの様子を確認する。
「はぁ…はぁ…」
彼女も上がった息が落ち着きを取り戻すところだった。
「あぁ〜今のは危なかったぁっ!」
ロスは思い出しながら、興奮冷めやらぬ様子でそう言った。
「し、死ぬかと思ったわ」
ザハグランロッテもかなり危機を感じていたらしい。
「でも流石ザハグランロッテちゃん!!あそこであのコケは神業!!神回避だったよ!!」
「はぁ…結果オーライ…だった、だけよ!」
まだ荒い息をしながら彼女はそう答えた。
「ヘプって声も可愛かったし!最高かよ…いてっ!痛いってば!!」
コケた事を茶化されたザハグランロッテはロスを殴りつける。
「でも、ははっ…そんな所も良いねっ!あっ…大変!血が出てるじゃん!………そこに座って!」
ロスは手頃な岩に自分の上着を畳み、その上に彼女を座らせた。
「そんな事しなくても服ならもう汚れてるわよ」
彼女はロスの行為を流石に仰々し過ぎると感じたらしく、少し不愉快そうにそう言った。
「それに、お前の服の方が汚いじゃない」
そう言ってザハグランロッテは考え込む。
私が襲われた日を境に、ロスは私にやり過ぎなくらい尽くしてくるようになった。
それ自体は別に良い…。
だけど、やはり過保護なほど尽くしてくるロスの姿に私は不安を覚えるのだ。
「これは俺の誠意なんだ、汚れは考えて無かったけど、そのまま座ると硬いし痛いだろうなって…」
「………」
「さあ、足を見せて」
誠意と言われ、私は何も言えない。
私は、あの日からこの男に貰ってばかりだ。
そんな私を無視して、ロスは私の足についた傷を観察していた。
「さっき転んだ時だろうな…。でも傷がこれだけなら儲けものだった」
ロスは、傷口から汚れを丁寧に落とし、水を掛け、そして丁寧に拭く。
ロスのザハグランロッテへの対応は常に丁寧だ。
それはロスがそうありたいと心掛けているからだ。
まだ血は止まっていないが、そのまま傷口を布で縛った。
「止まってれば軽い圧迫でも血は止まるだろうから、このまま少し休憩しよう」
言いながらロスは懐をゴソゴソと探り、小さな袋を取り出して中を確認し始めた。
「おっ?結構良い物入ってるな」
中身を広げ、状態を確認し、口に含んでみる。
「うん、問題ない」
ロスは彼女に袋の中に入っていた物を一つ、手のひらに乗せて差し出した。
「木の実だよ。問題なく食べられる…あっ、ごめんちょっと待って」
一度差し出した木の実を引っ込めてから殻を剥いた。
「さぁ、これで大丈夫!」
「いつ木の実なんか…」
ザハグランロッテの中に、ロスが木の実を採っていた記憶は無かった。
そんな様子を見たことの無い彼女は不思議そうにしている。
さっきのオークが持ってたんだけど…それは黙っておこう…。
「美味しい…」
少し表情の緩んだザハグランロッテを見て、ロスは大きな満足感を感じた。
「あそこに塀みたいなのが見えてるから、も、もしかしたら集落か集落跡があるかもね!休憩が終わったら行ってみようよ!」
二人で木の実を食べながら、ロスはさっき彼女が転んだ時の事を思い出していた。
心臓はバクバク早鐘を鳴らしている。
さっきは茶化したが、彼女の生は冗談抜きで紙一重だったのだ。
彼女を失っていたかもしれない恐怖と、運に助けられた安堵で、ふわふわとロスの気持ちは落ち着かず、また、治まらなかった。
焦った…死んだと絶望を感じた…。
もっと気を付けろ…!
絶対に助けるんだ…俺が絶対に…。
それと…明るく…だ…。
不安を感じさせるな…。
「き、木の実って意外と栄養価が高いらしくてさ、少しの…量でも長く動けるんだよ。あ、ところで足の方はどう?痛みとか無い?」
くそ…声が上擦る…!
「痛みは…そうね…少しだけ、でも歩くのも走るのも大丈夫そうね」
足を曲げたり伸ばしたりしながら彼女は体に不調が無いか確認をしている。
「い、移動中は傷口に当たるとく、草でも痛いから、布、布は巻いたままに!しておこう。そ、そろそろ行こうか、ザハグランロッテちゃん!」
ロスはニコリと手を差し伸べる。
「さぁて、今夜は落ち着いて寝られるかなー?空き家でも有ればいいなー!」
ロスの態度が強がりなのを、私はきちんと把握している。
この男は、私の為に強がっているのだ。
だから私は気付かないフリをする。
私に出来るのはそのくらいだから。
それでも…この男は絶望的な状況でも何とかしてしまいそうな…そんな気もしていた。
「これは…」
かなり朽ちた塀に、荒れ放題の廃墟。
捨てられた集落を見ながら家の中も荒れて、使うのを躊躇いたくなる想像が頭をよぎる。
「流石に誰もいない…よね?」
人が住んでいる気配はまるで無い。
集落…廃墟を見ながらロスはチラリとザハグランロッテを見る。
少し落胆してる…か…?
彼女の様子から感情を予測するが、当然ながら全く分からない。
彼女は感情を隠すのが上手い。
隠し切れない時もあるが、基本的にどんな時でも『それが何か?問題でも?』という感じの澄まし顔で取り繕っている。
あの顔がたまらなく好きなんだよな…。
おっと、今はそうじゃなくて…。
「この中から選び放題か!状態の良い家が無いか探してみよう!少し綺麗にすれば今日は安心して寝られそう!」
落ち着きは取り戻したロスだが、空元気は悟られたくなかった。
無理でも…無理やり陽気なフリをする。
「あっ…ウサギがいるぞ…。ザハグランロッテちゃん、ここで少し待ってて」
考えるな…とにかく行動するんだ。
ロスは近くの家、玄関に続く階段に上着を敷いてザハグランロッテに座っておくよう促した。
ザハグランロッテは言われたように座り、いつものように澄まし顔でロスを見送った。
ここで待てという事か…もう待つのは嫌なんだけど…。
でも…困らせるのも嫌ね…。
私が無理をさせているのだから…。
そう考えてしまうと、ザハグランロッテの気持ちもどうしようもなく落ちていく…。
それでも、それをロスに悟られないよう…私はいつもの澄まし顔を作るのだ。
マズいな…。
彼女に疲れが見える…。
ここで少し休んだ方がいい…荒れていても家の中は壁に囲まれて安心感は外とは段違いに良いはずだし…。
さっきのウサギも狩りたい…。
ロスは彼女の喜ぶ顔が思い浮かび、疲れが吹き飛び力が出るのを感じた。
彼女のためなら頑張れる…!
ウサギを狩ると決意したロスは、ザハグランロッテの笑顔を想像しながら、ウサギを探すために気合を入れた。




