38 出立、仲間とは…①
…オークか、1体なら問題無いと思うけど。
「ザハグランロッテちゃん…一応、俺の後ろにいてくれる?」
ザハグランロッテは何も言わずに指示に従い、ロスの背後に回った。
普段はともかく、敵がいるのにロスもザハグランロッテもふざけたりはしない。
出会った頃と違い、ザハグランロッテも体力は比べ物にならないほど付いている。
けれど、戦闘においては経験もなく戦力外のままだ。
戦闘になれば誰かが彼女を守らなくてはいけない。
ロスはミカド達を仲間として認めている。
それでもロスは、彼女の安全を最優先するし、それ以外の事は仲間だろうが、いつだって切り捨てるつもりで考えている。
…でも、感謝してるのは本当だし…ザハグランロッテちゃんの危険が避けられる間は全力で力になるし、ピンチなら助ける……。
…前みたいに見捨てようとは思わない。
旅にミカド達が同行してくれなければ、今回もロスは攻めと守りを同時に行わなければならない所だった。
…もう、2人旅は不可能だって嫌というほど分かったからな。
地の街を出る時には有った、慢心や安易な考えは、今は入る余地が無くなっている。
…前よりザハグランロッテちゃんを危険から遠ざける事が出来るはずだ。
守られる対象のザハグランロッテは正直居心地が悪いだろう。
それでもリヴァイアスに刻まれた回路のおかげでザハグランロッテは回復魔法が使える。
…俺が回復魔法を使わない様にすれば、ザハグランロッテちゃんの負い目も少なくなる。…ミカドもホセもエニアも回復魔法が使えないってのは良かった……。
安全を考えれば、回復魔法は全員使えた方が絶対に良い。
にも、関わらず回復魔法が使えなくて良かった等と思うのは、ロスがザハグランロッテを中心に物事を考えている証拠だろう。
…回復魔法が使えなかったら、ザハグランロッテちゃんは戦おうと無茶をしてたかもしれない。…無茶をされると俺の心臓に悪い。…こればっかりはリヴァイアスに感謝しても良い…かもな。
「オークは1体…か?他に仲間がいないかちょっと俺が周りも見てくるわ!」
「別の魔物とか魔獣がいないかも確認しておいて」
「分かってるって、ミカドは心配性だな!」
ホセとミカドのやり取りを見て、ロスは問題が無いか確認している。
こちらに不備があれば殺られてしまう。
多少とはいえ知恵が有る魔物は厄介だ。
複数いた場合、油断していると不意をつかれる危険もあるのだ。
…ミカドもホセも慣れてるな。…見てて安心出来る。…俺は俺の仕事をしないとな……。
「ミカド、一緒にオークの注意を引こう。エニアちゃんはザハグランロッテちゃんを守って欲しい。トドメはホセが…」
…やってくれるだろ。
「了解…」
空気を読めない、読まないホセだが、戦闘においてホセが頼りになるという確認を、ロスは水の街で終わらせている。
…あれで案外やる奴なんだよな。
ミカドとホセの合図を待つ。
ここでオークが複数いたり、別の魔物や魔獣が近くにいるなら作戦を変えなければならない。
ホセから心配無いという合図が届いた。
水の街を出て初めての戦闘だ。
不安だった複数体では無く、オーク単体と分かってロスの不安は幾分か和らいだ。
「よし、やろう!」
ミカドとロスは、2人でオークの前に囮として姿を現した。
少し驚いた反応を見せたオークだが、一度視線をロスの後ろに向けたあと、嬉しそうに鼻息を鳴らした。
このオーク…調子に乗ってるな…。
「うちの女性陣に汚い目を向けんなよ!」
オークの邪な視線が何の欲かは分からないが、ロス達にとって不快なものである事は間違いない。
「オオッ!」
オークは木の棒を持った腕を振り上げて突っ込んで来た。
…このオーク、なんて雑なんだ!?
「ミカド!」
この程度なら声を掛ける必要は無いが、こうやって小さな声を掛け合うと、連携がどんどん取りやすくなっていく。
ミカドからの返事は無かったが、危なげなくオークの攻撃を受け止めてみせた。
攻撃を止められたオークは動きも止まる。
「ミカド、ナイス!!」
…よーし!今だ!!
隙を見逃さず、ロスはオークに攻撃を放つ。
「しっ…!!」
皮一枚…ロスの攻撃はそのくらい薄い一撃だ。
当然オークにはあまり効いていない。
怒りを増幅させただけの攻撃。
…でも…それでいい!
「オオッ!グオオオッ……ホ…?」
ロスの軽い攻撃に激昂し、こちらを威嚇していたオークだが、不意に混乱した声を出した。
オークの混乱は胸元から飛び出た銀色の刃物だ。
ロスとミカドに注意が向いていたオークの背後から、ホセが攻撃を一突き。
突然の痛みに襲われ、オークはロスとミカドから意識を外してしまう。
「はあッ!」
タイミングを逃さず、ミカドは混乱しているオークの首を短剣で撫でた。
流れるような連携が決まり、オークに致命の攻撃がヒットした。
「カヒュ…」
喉から空気の漏れる音が鳴り、オークは空いた手で自分の喉を押さえるが、なんの意味もなさない。
「おら!死んどけ!!」
もはやなす術のないオークの背後から、ホセが心臓を突く。
これがトドメとなり、オークはそのまま息を止めた。
…ふう…こんなもんか。
「やっぱり1体なら余裕が有るな」
口では簡単を装ったが、戦闘自体が久しぶりだった事もあり、ロスは思った以上に自分の心臓が速く脈打っていて動揺していた。
…まじでミカド達に感謝だな。
ザハグランロッテと2人旅だったらと思うとゾッとした。
ロスはこれまでミカド達と連携した戦闘をした事が無かった。
そもそもイビル種という仲間が強過ぎて必要無かったのだ。
ミカドに巻き付いた蛇ちゃんを見ながらロスは考えている。
イビル種としての強味は無くなったが、このメンバーなら自分とザハグランロッテ…2人で旅するよりも、確実に…安全に進めそうだと…。
「…このオークはどうする?」
エニアから聞かれ、ロスは道の先を見た。
「直ぐそこが集落だし、土産にした方が良いだろうね。中に入れてくれなかったら晩飯として使おう」
「…分かった。ホセ、解体するから手伝って。ミカドは水持ってきて」
ロスの決定を聞き、エニアが率先してオークの解体を始めた。
ミカドもホセも慣れたものだ。
ロスはその様子を見ながら解体の補助をし、周囲を警戒する。
この中で一番の年長者はロスだ。
その前から判断や決定事項はなんとなくロスが決める流れになっていたが、それはこの旅でも継続されていた。
そしてザハグランロッテは澄ました顔で何を考えているのか分からない。
…この顔が良いんだよな。
そんな感想を思い浮かべながら、解体に目処が立ったタイミングで、ロスはお茶を用意した。
「はい、ザハグランロッテちゃん」
「エニアちゃんもどうぞ」
「ホセとミカドのコップはここに置いとくよ」
ザハグランロッテは当然のように受け取り、エニアは少し嬉しそうに受け取った。
ホセは嘆き、ミカドは諦めたのか表情に変化は無かった。
ロスは自分で淹れたお茶を飲みながら、この先、何も問題が起こらなければ良いなと思った。
「あれ?俺のお茶が…」
最後にお茶を注ごうとしたホセがコップ半分までしか入らなかったお茶を見ながら、凄く悲しそうな表情をしていた。
取るに足らない小さな事だったが、早くも問題が発生したようだ。
「悪いなホセ、今度はもう少し多く作るから」
「いや、ロス兄が悪いわけじゃ…」
ホセは単純だし少し粗暴だけど、仲間に対して不機嫌になったりはしない。
第一印象は最悪だったけど、正直とても良い子だとロスは思っている。
…まあ、それだけだけど。
「ザハグランロッテちゃん、お茶はもう大丈夫?まだ飲みたかったら用意するよ?」
ホセに対して『今度は』と言っておきながら、ザハグランロッテには『今すぐ』対応しようとするロス。
「いや、もう少し公平にさぁ……」
ホセへの興味を一瞬で失ったロスに、ミカドは苦言を言いかけて止めた。
イビル種の蛇ちゃんという圧倒的な戦力と移動力が無いにも関わらず、旅は意外にも順調に進んだ。
当初の不安は影を潜め、代わりに自信と信頼関係が強化されて行く。
…初めの頃はいつでも切り捨てられると思ってたのにな。
どうでもいい事で笑い合うたびに、切り捨てられなくなっていく。
ミカド達は良い奴らだった。
それでもザハグランロッテがピンチになれば迷わず切り捨てるだろう。
例えそれが仲間だとしてもだ。
でも…その後にはきっと、消せない後悔と自己嫌悪が待っているのだと思う。
これは以前は絶対に考えなかった事だ。
とある集落では、
「…ザハ姉。これ食べて」
「は?何で私がお前の嫌いな物を食べないといけないのよ…」
エニアの持つスプーンには煮込まれた里芋が乗っている。
文句を言うザハグランロッテだが、しばらく里芋を見たあと、仕方ないといった様子でパクリと食べた。
「…ザハ姉は残飯処理が上手。………痛い」
苦手な里芋を食べてもらったエニアだが、少し小馬鹿にしたお礼を言ったせいで頬を強くつねられた。
つねっているザハグランロッテは怒っている風だが、楽しそうにしている。
ピリピリしていた二人も、旅をしている間に打ち解けていった。
その光景を見ながら、ロスは心が温まる気がした。
「お前が小娘を甘やかすからよ」
「それをザハ姉が言うんだ…」
唐突に向けられた矛先に、ホセが小さな声でツッコミを入れている。
「俺はザハグランロッテちゃんを一番甘やかしたいし、一番甘やかしてるつもりだよ?」
「いや、自信満々に言われても、そういう問題じゃないと思う」
ザハグランロッテの苦言を自分への甘やかしが足りないと受け取ったロスに、今度はミカドがツッコんだ。
「…ロスさん、あそこに楽器が有るよ」
マイペースなエニアが食事処の隅に置いてある楽器を指差している。
パッと見た感じ、ぼちぼち使われているようだ。
外だと魔物とか魔獣に襲われる危険があるので、どうしても音楽や歌などは遠ざかってしまう。
楽しむ事、心を休める為に、音楽ほど効果的なものは少ないだろう。
「そうだな。せっかくだし貸してもらおうか」
…もっと楽しくなって欲しい。
楽しそうにしている彼女と仲間達を見て、ロスは心からそう思った。
店主に断りを入れ、楽器を使わせて貰う。
始めは単調な曲を演奏し、お酒を入れ、次第に軽快な曲を選ぶ。
一時間も経てば店内は音楽に溢れ、陽気な雰囲気になる。
「こんなに人が入るのは久しぶりだよ!ええ!…俺もか!?」
そう言って楽しそうに顔を綻ばせた店主に楽器を渡して参加させる。
人が入れ代わり立ち代わり楽器を手にして音楽を演奏し、気づけば集落のほとんどの人を巻き込んで宴会になっていく。
生きるには、こういう幸せに浸る時間が必要なのだ。
みんなが楽しそうにしている。
仲間も楽しそうだ。
これでまた心も健康なまま、次の旅先に向かう事ができる。
そんな事を繰り返しながら、なんだかんだと旅は続いて行くのだ。
「だいぶ寒くなったな。ロス兄は大丈夫そう?」
「熱は高いけど、食事は摂るし気力も高く保ってるよ」
水の街からだいぶ先の集落で、ロスは体調を崩した。
体調不良者を抱えて旅はできない。
一行はロスの体調が治るまでしばらく、集落に留まる事にした。
ミカドとホセは食料や村の手伝いをすることで寝床を確保し、エニアは身の回りの世話をザハグランロッテと交代で行った。
「俺さ…ロス兄が動けなくなって気が付いたんだけどさ」
おもむろに語り出したホセに、ミカドは怪訝な顔を向けた。
「ロス兄って、俺達にも凄え世話焼いてくれてたんだな」
「そうか?」
「いや、ミカドの反応も分かるよ?ザハ姉やエニアと比べたら鼻糞みたいな対応だし。でも、優しくないのは最後の部分だけなんだよ。それも多分わざとだぜ?」
「…そうか?」
惚けてみたが、ミカドはとっくの昔にホセの気付いた事には気が付いていた。
ロスはほとんど差を付けていない…。
…いや、ザハさんは別格か。
「まぁ、敢えて俺達への世話の質を落としてはいるよな。差を付ける為だろうけど」
ホセの考えは恐らく正しい…というかミカドも同じ考えだった。
だからこうして嫌な気持ちにならずに看病しようと思えている…。
…あの人、そういうのが上手いんだよな。
ザハグランロッテやエニアへの世話と、自分たちへの世話の違いをツッコむのはお約束みたいなもので、寧ろお手軽なコミュニケーションツールとなっている。
「後は私が看るからお前はもう自分の部屋に戻りなさい」
ザハグランロッテが当然であるかのようにエニアに言い放っていた。
寝込んでから2日目の夜をこれから迎えようとしている。
…揉め事は勘弁だぞ。
弱った身体でロスは平和に話が終わってほしいと願っているが、その胸中は不安しか無かった。
「…え、でも昨日もザハさんだったじゃない。今日は私の番でしょ」
納得がいかない様子のエニアだが、ロスはどちらが残っても落ち着かないと思っていた。
「黙りなさい。私はお前の意見を聞く気は無いわ」
「うわぁ…」
この2人、旅の間にだいぶ打ち解けたとはいえ、雰囲気的に今回は全く譲る気が見えない。
ロスは何だか息苦しくなって、思いが口から声が漏れてしまった。
2人からの視線を感じ、熱で汗ばんだ体から更に汗が滲み出る。
不快で仕方ない感覚に襲われる。
「小娘、お前が倒れても私は看病する気は無いわよ。…だから、倒れる前に早く寝て休みなさい」
「…はいはい」
ザハグランロッテの嫌味を、エニアは軽く流した。
『看病はしない』の後にあった、一瞬の間。
それが何を意味しているのか理解しているからだ。
…エニアを想って強く出られなかった…ってところかなぁ。
「…今日は仕方ないから譲る。でも、これは貸しだからね!」
それだけ言ってエニアは部屋を後にした。
怒ってたり、後に引かないと良いんだけど…。
エニアが部屋を去り、ザハグランロッテは椅子に座った。
それから特に何も動かない。
後は寝るだけだし、特にやる事がないのだろう。
「ザハグランロッテちゃんも…部屋から出てた…方がいい…よ」
昨夜の事を思い出し、ロスはザハグランロッテを自室に戻そうと試みた。
「黙りなさい。自己管理に失敗したお前が偉そうにする資格があるとでも?お前は恥という言葉を知らないのかしら」
あぁ…これは失敗してるらしい…。
これはもう絶対に意見を変えないだろうなぁ。
ザハグランロッテちゃんは思いやりだってちゃんと持ってる…ただ…ちょっと雑なだけ。
ロスの額には先程ザハグランロッテが乗せてくれた、ベチャベチャのタオルが乗っている。
実は、そのタオルから垂れた水が顔を伝って耳を濡らし、更に垂れて枕を濡らし、ロスに大きな不快感を与えていた。
恐らく絞り過ぎると頻繁にタオルを湿らせないといけないからだろう。
…こんなにびちゃびちゃだと、正直気持ち悪い…けど、それを言っちゃうのはちょっと無理だなぁ…。
不快さよりも嬉しさが勝るロスは、この雑さすら心地良く感じてしまう。
「お前も早く寝ることね。さっさと治して私の役に立ちなさい」
「あ…え…あぁ……」
昨日もそうだったから、今日もそうなのかと思ってはいたが、ザハグランロッテがロスの布団に入って来た。
はっきり言って困惑しかない…彼女の意図がまるで分からなかった。
…こんな事は許されない。
そう思いはするものの、ザハグランロッテを布団から追い出すことは不可能だった。
というのも、昨夜は驚いて既に試したからだ。
看病するのに『一晩中起きていろと?』等と言われ、朦朧とした意識の中で反論が思いつかなかった。
『確かに一晩中起きていろというのは酷い話だよな…』そう思ってしまい、なし崩し的に言い負かされた形になったのだ。
…あぁ糞、せめて鼻が効けばな!
ロスにとってザハグランロッテは妹的、娘的なポジション…という事にしている。
ザハグランロッテとの出会いは、彼女の圧倒的立場の弱さから始まっている。
出会いからここに至るまで、ロスは自分が優位で彼女が不利だった事を理解している。
それを考えると、弱味につけ込んだみたいで、どうも恋愛対象としては引いてしまうし、一夜の相手にするには情が移りすぎているのだ。
とはいえ重度の匂いフェチなので、機会があれば匂いくらいは楽しみたいと思う業は持っている。
…ていうかむしろ……。
「俺、臭くない?」
汗をかき、数日流せていない。
彼女は気にならないのだろうか?
嫌な気持ちになっていないかと恥ずかしさと怖さで不安になった。
「お前…私がこの程度の臭いで動じるとでも思ってるの?お前に塗りたくられた腐った魚汁の怨み…まだ忘れてないからな」
…藪蛇だったわ。
ザハグランロッテを布団から追い出すささやかな試みは、大きな地雷を踏んで終わった。
こうなると逆に鼻が効かなくて良かったとロスは思った。
体は重く、鼻は詰まっている。
気を抜けば直ぐに眠りに堕ちるだろう………………。




