6 世知辛い世界…後編
怖がられたかな…?
悪い所を見せてしまった…。
ロスは少し後悔していた。
自分との関係を楽しいと思ってくれていた感じが有っただけに、ロスは彼女の前で、良い人を演じられなかったのは大きな失敗だと思ったのだ。
「私が汚れた服を嫌がったせいだし…私の責任よ。お前のせいじゃ無い…」
ロスが失敗を反省していると、彼女の口から自分が悪いという言葉が飛び出した。
彼女の声色に変化は無かったが、ロスはこれに納得が出来なかった。
「いやいやそれは違う。ザハグランロッテちゃんは普通の服を着て歩いただけだ。悪いのは100%絡んできた男の方だから」
彼女が自分を責めるのが我慢できなかった。
何でこんなにイライラするんだ…?
ロスの言葉を聞いて彼女がどう思ったかは読み取れなかった。
けれど、目は逸らされた…。
あー失敗した…もしかして俺、睨んでたかな…?
目つきが悪くなってた…?
「せ、せっかく苦労して店に入ったんだしさ?ザハグランロッテちゃんに似合う防具を買おうよ!」
仕切り直しのつもりで笑顔を作る。
「お前が選んだ中から決める…」
完全に元気を無くしたザハグランロッテに、ロスはどうしていいか分からない。
とりあえず言われたまま彼女の防具を選ぶ事にする。
ザハグランロッテは自分が服を着替えなかったせいで絡まれたのに、責められなかった事が理解できずにいた。
ロスは私のせいでは無いと言い切った。
てっきり「そらみたことか」なんて言うかと思ったけど…。
いまも平然と話し掛けてくるのだから、この男が私を責める気が無い事だけは分かった。
考え込むザハグランロッテに対し、ロスはザハグランロッテに意見を聞きながら防具を選んでいる。
彼女も普通に答えるので、先程よりは気まずさも解消されたように見える。
「うーん…。着けないよりはだいぶ良いけど…思ったよりザハグランロッテちゃんの魅力を全然隠せないんだけど…」
ザハグランロッテが先程の事を悩んでいるにも関わらず、ロスは脳天気に悩んでいるように見せようとした。
済んだ事をいつまでも引きずるのは良くないと思ったからだ。
防具付けてても可愛いな…。
ロスがブツブツと呟いているのを、私は側で耳にしている。
魅力とか可愛いとか…歯の浮くような言葉を呟きながら悩んでいる…。
この男…。
この期に及んで先程の衝撃的な出来事を歯の浮くような言葉で薄め、フォローしようとしているのだ。
私は照れが顔に出ないよう、顔を硬くし、澄ましたフリを崩さないと決めた。
「………あの…」
防具屋の店主が、何か言おうとロスに話し掛け、そして諦めた顔をしながら下がっていった。
恐らくあの店主はこの男が言うほど、私は魅力的では無いと思ったが言えなかったのだろう。
「やっぱり顔を覆う兜が必要か…」
ロスは懐から出した財布の中を見てまた頭を抱えている。
「…あの…フード付きのマントなら少し安いのもあるけど…」
先程引っ込んだ防具屋の店主がそう言って店の端を指差した。
「なるほど!オヤジ良い案だ!これにスカーフで口元を隠せばもう絡まれないなだろう!」
こうしてザハグランロッテの格好はシンプルな服の上に革の軽装備をあて、フード付きのマントで体を、スカーフで顔を隠せるようにした。
肌の露出が無くなり、体のラインも隠せている。
これなら一見して女だと分からない。
「うんうん!良いよ!ザハグランロッテちゃん!見えてる人を刺すような目つきも最高だよ…!」
『人を刺すような目つき』が最高だとは思わないが、少なくともこの男は本心で言っているのだけは伝わってくる。
「お前の馬鹿を晒してないで、サッサと次に行きましょう」
私は店主の視線と空気に堪えられなくて、先を促した。
「オヤジ!店の裏から出して貰えないかな。さっき表で絡まれちゃったからさ」
「ああ、それなら構わないよ」
商品が売れて、店主は機嫌良く裏口を利用させてくれた。
「次は飯だな!久しぶりにちゃんとした飯が食べさせられる!!」
ロスはニコニコしながらザハグランロッテに話しかけた。
『食べさせられる』
自然と出たこの言葉は、明確に私のため…そういう気持ちが含まれている。
この男は無意識っぽいけど…。
「お前の選んだ格好はゴテゴテしているわね…」
普段なら身に付ける事が無い防具を、物珍しそうにつつきながら、ザハグランロッテは不満そうにしている。
「ごめんよ、でもここで絡まれない為にはザハグランロッテちゃんが丸ごと隠れるくらいにしないと」
ザハグランロッテを女として評価すると、口は悪くて愛想が有るとは言い辛く、愛嬌が有るとも言い辛い。
それでも、ここ…前線基地にいる女の酷さはザハグランロッテの比ではない。
やさぐれて性格は残忍、何らかの犯罪は日常茶飯事で罪悪感とも縁がないというのが普通なのだ。
この場所では、彼女程度の性格では、悪いうちに入らない。
それどころか狙い目と思う奴等ばかりだろう。
防具屋を出てから絡まれていないので、上手く誤魔化せているとは思うけれど、バレたらまた狙われてしまうだろう。
「まあいいわ。明日街に戻るまでの変装だもの…」
着心地に慣れないらしく、彼女は落ち着かない様子だった。
「ささっ!着いたよ!いい匂いがしてるよ」
着いたのは酒場、ロスは先にドアを開け、私を誘導しながら危険が無いか確認していた。
「あそこが空いてるから座ろうか」
自分が店内を広く見られる位置をロスが確保し、他の客からはザハグランロッテの後ろ姿しか見えないように陣取った。
これで他の客に彼女の顔を見られてトラブルが発生する不安は無くなって安心だ。
「今日のおすすめは?」
「お客さんツイてるね!今日は新鮮なビッグブルの肉が入ったんだよ!」
ロスは店員に勧められたビッグブルのステーキを二人前頼む事にした。
「ステーキは食べられる?」
「問題無い…」
ザハグランロッテに確認をすると、彼女もトラブルを警戒してくれているのか声を抑え、可愛げの無いぶっきらぼうな声で返事をかえしてきた。
「じゃあそれを2つ!それとワイン、グラスは2つで!」
自分のお勧めを注文された店員は満足そうに厨房に向かってオーダーを出した。
「お酒を飲むの?」
「そうだよ、折角だしね。でも今日のお酒は控えめで我慢しよう」
「私は飲むとは言ってない」
「まぁまぁ、今日の夜で俺とザハグランロッテちゃんとの旅も最後なんだし」
「…………」
『最後の夜』という言葉に、私は何も答えられなかった。
正直な気持ちを言えば、名残惜しい気持ちがあったのかもしれない…。
話をしながら料理を待っていると殻付きのピーナッツが入った皿が、コトンと音を立ててテーブルに置かれた。
「これはサービスだよ!」
さっき注文を受けた店員はそう言って白い歯を見せた。
「おぉ!そりゃありがとな!」
ロスは礼を言ってピーナッツの殻を割り、中身を取り出すとザハグランロッテの前に置いていく。
「これ、飯が来るまでのツマミに丁度いいな」
そう言いながらピーナッツを自分の口に運ぶロスと、自分の前に置かれた殻の剥かれたピーナッツを見る。
それが当然の様にピーナッツの殻を割り、私の前に置いていく。
ちょっと私への気の使い方が過剰ではないだろうか…。
「それで?明日は正門から行くの??」
「当然ね。私はお前と違って後ろめたい事が一つも無いのだから」
相変わらず愛想の無い態度を返し、ザハグランロッテはピーナッツを口に運んだ。
「そうかぁ…俺は正門からだと入れねぇな…。………ところでザハグランロッテちゃんは何の仕事してんの?どこに行けば会える??」
「は?お前…私に会いに来るつもり…?どうして?」
全く考えてなかった発言に、私は動揺して疑問を投げ返した。
「わ、私は今…ギルド職員として…というかお前は来られないでしょう?
そもそも会いたくない…でしょう…?」
初めは驚きからどもってしまい、次に顔がニヤけそうになり我慢して。
けれど、最後の方は気分が沈んでしまった。
こんな可愛げのない面倒な女に関わりたい奴は居ないだろう…。
「そりゃ頻繁に会いには来られないけど、この縁はザハグランロッテちゃんを街まで無事に送り届けるリターンでもあるわけで」
「…下心が気持ち悪いわね」
「いや、ボスにコネ作ってくるって言って出てきたからさ」
自分の利益の為と言うロスに、私はホッとする気持ちと残念な気持ちとで複雑な気持ちになっていた。
「はい!ビッグブルステーキっ!!」
ジュウジュウと音を立てながらいい匂いのする大きな肉がテーブルに置かれた。
「おぉ…美味そう!お腹空いてるよね?早速食べようぜ」
ロスは肉の塊を手際よく食べやすい大きさに切り分け、それを私の方に置いた。
そしてワインをグラスに注ぎ、ワタシたちは食事を食べ始める。
「やっぱ、飯だな!飯が食えれば生きていける!それだけだ!はははっ!」
ロスは満足そうにしているが、私の気持ちは落ち込んだままだ。
「ザハグランロッテちゃん、肉はどう?食べやすい??」
「問題ないわ」
「そうか良かった!肉とワインはやっぱり合うな……うん、美味い」
どうしたんだろう…?
彼女の様子が少しおかしい…?
元気が無い…?
最後の夜だぞ…?
折角だから、ロスは彼女にしっかりと楽しんで欲しかった。
「やっぱ、ただ食べて飲むだけじゃ味気無いな!おーい店主!この店、楽器は置いてないのか!?」
「お!?弾けるのか?あの隅に埃被ってるけどあるよ!」
店主の指差した場所に行き埃を被った布を捲ってみた。
キレイでは無いが、きちんと音は出る。ロスは楽器を手に取ると、手早く調律を済ませ、音を鳴らした。
店の客が何だ、何か始まるのかと興味津々の顔を向けている。
ロスはおもむろに楽器に手を添えると勢い良く弾き始めた。
店の中に陽気な音が響き渡る。
「おいお前ら!今日は宴会だ!騒げ騒げ!!」
ロスは客を煽り店内を盛り上げだした。
「俺にも楽器を!」
「俺も弾けるぞ!」
ロスの音楽に感化され、楽器を手にする客が、あれよあれよという間に増えていく。
陽気な音楽に店の雰囲気はどこまでも明るく、楽しげなものになっていく。
数分もすると、音に合わせて歌う人まで現れ始めた。
ロスはタイミングを見て楽器を他の人に渡すと彼女の側に戻った。
「呆れるわね。こんな所で何をしているのよ」
「いや、せっかくだからザハグランロッテちゃんには楽しんでほしくてさ」
言葉の裏にある優しさに、嬉しい気持ちと、今日で終わりという寂しい気持ちがない混ぜになってザハグランロッテの気持ちを複雑にしている。
「ところでギルドって入るといきなり捕まるとか無い?俺が入っても大丈夫??」
楽しげな音楽が鳴り、店の中が良い雰囲気になったと思う。
ロスから見て、彼女の様子もさっきよりも元気になったように見える。
「お前と同じ位の、ゴブリン顔の奴等も多いし、壁のシミのように馴染むんじゃないかしら」
酷く失礼な答えだが、ギルドを利用するのは粗暴な連中が多いのは知っている。
盗賊のロスなら雰囲気が似ているので目立たないと言う事だろう。
右の汚れか左の汚れかという違いしか無いという彼女なりのユーモアなのかもしれない。
「なら安心だな!」
彼女の口の悪さを再確認し、ロスは楽しくなって笑った。
ワインを口に流し込み、今度は彼女の手を取って楽器を弾きに行こうと誘う。
これだけ店内が盛り上がれば、場の空気を冷やす恐れのある奴も、悪い事を考えなくなるものだ。
できれば楽しい思い出にして欲しい…そうロスは思っていた。
『最後の夜』
店の中でその言葉を聞いてから、気分の沈んだ私の変化にロスは気がついているはずだ。
私の気分を上げようと、楽器を弾き、客を煽り、店の雰囲気を強制的に明るくしたのも全部私の為だろう。
そんなつもりも無いのに気分を音楽によって強制的に上向きに変えられる。
この男はズルい…ズルい男だ。
そう思った。
そしてまた、私は手を引かれて楽器を弾いている。
初めて大勢で合わせた音楽は、とても楽しく心地良いものだった。
私はこの男のせいで、今日もまた強制的に楽しい夜を過ごしてしまったのだ。




