9.遠征② -遭遇-
この山の森は深いものの日光がよく届き、虫の声も鳥の声も絶えず聞こえている。通過した人々の話し声はその中にかき消えていった。
速度を落として歩いていくコマ、レオの表情はともに硬く、なにかが迫っていることを想像させた。すぐに結界を張れるようにと、俺はレオの背から降り、コマ、俺、レオの順に一列で歩いた。
「何が起こっているかは教えてもらえないだろうか。」
なぜなら怖いからだ、とは言わずに俺は二人に問いかけた。状況をより正確に把握しているであろうコマが答える。
「わからんのだ。言葉のような、言葉でないようなものを感じるのだが、何を言っているのかわからない。先ほどの人間達の言葉がわからないのとはわけが違う感じだ。あれは知らない言語を話している声という感じだったが、いま聞こえているのは根本的に別物で、まるで人が話しているように聞こえるのに人に伝えるように作られていないというような、わけのわからないものだ。」
その説明は恐怖を呼び起こすには十分だった。得体のしれないものと対峙することを思い、全身に鳥肌が立つのを感じながらそろそろと進む。日も傾いてきて徐々に肌寒くなってきた森の中で、草を分ける足音だけが響く。
「気配は感じるのか?」
おれは静寂に耐えきれず話しかけた。
「」
二人は何か言ったようだが聞こえなかった。
「……ぁ……っ…………ゎ…………………」ペチッ
「…………じ…………じ…………ま………」
虫の声がだんだんうるさくなってきた。
「……ぃ…なん………れ……………………」ペチッ
「…………ぬ…………し…………ま………」
コマが言っていた音だろうか。あたりはもう夜だ。涼しい冬は夏よりも暖かい。
「あの………かいと………すいは……」ペチッ
「…………じ……るじ………さま………」
日の光の名のもとに音はすべてを照らし遍く彩雲の導くさきはむじんのうみえとひろかる
「とちはにみちにみそにいみけみちりれきしみまこなんすくらりろちりもりまなこらくきりもちねみこひにすまらりちもとそにしみれらますてろきてりもそみになこすくにまりむ」ペチッペチッ
「主!!!」「主様!!!」
はっと我に返ると明るい森の中で膝をついていた。周囲からは何も聞こえない。全身から汗が吹き出し、目がかすれている。息の仕方がわからず声が出ない。
「主様大丈夫か!水を!」
レオの声に従い水筒から水を飲んだ。視野が広がり、動揺していた心が落ち着く。頭が沸騰しているようで強い頭痛と吐き気があることを思い出したところで、状況を確認した。
「何が起こった!!?」
「まず、突然周りの生き物が声を出さなくなり、周囲の温度が一気に下がった。そしてよくわからない声が近づいてきた。オレ達はとっさに耳をふさいだんだが、主様が突然走り出して狛犬を追い越していったんだ。念話で叫んでも全く反応しないもんだから、これはやべえと思って狛犬と一番強い結界を張ったんだ。その途端に主様は止まって今の状況になったんだ。わかるか?」
「…何とか大丈夫なようだ。助かった。ありがとう。」
「主、あれが原因のようだ。」
森の中に突然草原が開けている。結界を張り動けないコマの視線の先には、黒い人影がその中心に立ってこちらを向いていた。