9.山の精
それから数日は村で過ごした。ダリクは俺達のことを恩人だと村人に説明しもてなすようにと指示を出した。その間にミュイからは野草の種類を、ノシャからは農耕の知識を、ラコウからは釣りや水生動物の知識を教えてもらった。余談だが、イメージ通り、ノシャは土の精、ラコウは水の精の加護を得ていた。
村で過ごすうちに、毎日顔を合わせるのに名乗らず、誰からも紹介されない少女がいることに気づいた。珍しく文様はシンプルな線が全体に巡っているだけで、いつもこちらを眺め微笑んでいる。村人の誰とも話さず過ごしているのため、俺は絶対に見てはいけないものだと直感して無視を決め込んでいた。ある日レオがいつも来ている女の子は誰なんだろうなあ、とダリクに話しているのを聞いてしまった。聞き耳を立てているとダリクは心当たりはない、何かの勘違いでないか、とレオに答え、当のレオもそうか~と軽く流していた。
なるほど、俺達には見えているが村人には見えていない。これはよくないな。あまりよくないものの類だ。と改めて考えているとコトシロが現れて俺をまっすぐ見据え、
「あの少女は妖魔の類であろうか。」
ととんでもない核心を突いた発言をする。俺はごまかそうとしたが、コトシロの視線は動かない。嫌な予感がして恐る恐る振り返ると、そこには驚愕の表情で立つ例の少女がいた。
俺が動けずにしばらく見つめあっていると、少女が
「わ゛ っ じ゛の゛ご ど ば い゛づ が ら゛…ごぶっ」
何を言っているかわからない少女は一瞬下がり、また戻ってきた。
「…ごほん、わっしのことはいつから見えておったのだ。」
偉そうな少女だ。このパターンは…
「お前はどこぞの神か?」
コトシロも身構える。神なら呪われている可能性がある。俺は念話でコマ、レオを呼んだ。
「そんな胡乱なものと一緒にするな。わっしは山の精霊ぞ。この地があるころから在ったものだ。…なぜか信仰されればされるほど見えるものが減ってしまい、ここ数百年は見守ることで満足していたのだ。お主らはわっしの山で暴れていたやつらじゃな。」
山の精霊はコトシロと、話の途中で合流したレオを睨んだ。その間に緊張が走る…!
「ふん。肩の力を抜け。わっしがなんとかできるならとっくにしておるわ。特にお前、強すぎじゃろ。わっしにできたのはわが子らの命を助けることぐらいじゃ。」
なるほど、それでコトシロに相対しても死者が一人も出ていないのか。俺はあの距離で一瞬だったのに死にかけたもんな。そういう意味ではすごい力の加護だな。…ん?
「俺が聞いた限りでは山の精に帰依…でいいのかな?している民はいなかったぞ?」
はぁ~っと山の精霊は大きなため息をついた。やはり態度がでかい。
「1000年とかの前じゃろうか?もっとかもしれんが、ずっと山への信仰だったのに、生活に根差すようと言って四つに分けて、それぞれの家に名乗らせるようにしたのじゃ。分業のためだろうな。だが根本が変わるわけでもなく、森も火も水も土もぜーんぶわっしへの信仰じゃ。だからわが子らは「山の民」と自称しとるじゃろ。」
そういえば、と腑に落ちた。しかし信仰の先にはあるのに、姿は見えなくなってしまうのだな。
「当たり前にあるものは見えんくなるじゃろ。おぬしらが普段日光を意識しないようなものじゃ。」
いちいち説得力があるな。…これが年の功か。
「誰が年の功か。年上を敬うのだ。」
「あの…」
珍しくコマが割り込んだ。
「主よ、会話になっていない。」
そういえば…!途中から声を出していない。念話にもしていないはずだ。
「わっしを信仰してこそいないが、おぬしは数日をここで過ごした。わが子とまでは言わないが考えていることはなんとなくわかる。」
精霊の強い力を目の当たりにして驚くとともに、協力関係を築きたいと強く思った。
「そうか…わっしの力を借りたいなら…海へ行け!」




