2.荒野を行く
見渡してみたところ広い荒野にはゴロゴロと石がある以外何もない。持ち物はウインドブレーカーのポケットにあった小銭、レシート、タバコ、手帳だけ。部屋が寒かったからウインドブレーカーを着ていたのが幸いだった…が、一方で足元はスリッパ、これはよくない。冬用なので温かく裸足よりはかなりいいが、走ることは難しいし山を登ったりすると脱げてしまいそうだ。
などと言っても仕方がないのでひとまずは雰囲気のある山に向かうことにした。荒野の周囲は山に囲まれているが、特に青々としている場所を選んだ。食料もそうだが、飲み水がないと命が危ない。緑のあるところに行けばせめて水分はあるはずだ、との考えだ。
山って近くに見えるけど遠いよなぁと思いながらひたすら歩いていると、ようやく山裾の森に差し掛かった。その頃には陽も傾いてきており、肌寒く嫌な雰囲気になってきた。時間がわからないとスケジュールを立てにくい。
なんの自慢にもならないが、俺はかなりの怖がりだ。子供の頃に連れていかれたお化け屋敷では2分で入口まで走り、ホラーのアトラクションでは最初から最後まで進んでいくトロッコの中で一度も頭を上げられなかった。だから俺はホラーを読み漁った。なぜなら、恐怖は正体不明だから起こるものであって、「知っていれば怖くない」と思ったからだ。その結果、怖いものの解像度が上がってより多くのものにビビるようになってしまい、大人になってもいまだに暗闇には苦手意識がある。
そういう性格もあってか、何が起こっているかわからないという不安よりも、木々のざわめきや突然の冷たい風に恐怖を煽られる。時々物音に動けなくなりながら、食べられそうな木の実と果物を見つけてはポケットに入れ、夜をどう過ごすか考えながら歩いていた。何かの気配を感じて反射的に走ってしまったが数歩でスリッパが脱げ転倒したため、急ぐことはあきらめた。
水場を求めて湿った風が吹いてくる方へ進んでいくと待望の小川を見つけた。見つかるかどうかすら自信がなかったのでこの幸運は嬉しい。澄んだ水でからからに乾いたのどを潤した。こんなに美味い水は登山した時以来、いやもっと感動的かもしれない。魚が見当たらず毒性があるかもと警戒したが、幸い問題なさそうだ。
川を遡ると徐々に狭く深くなっていき、その根元は岩肌の裂け目に繋がっていた。洞窟だろうか、入口は縦に長く、奥には広い空間がありそうだ。中に入るのは少し勇気が必要で、何より光源がない。つまり火が必要ということだ。
火を起こすのが意外と大変なことは知っていた。流行に乗ってソロキャンプをしていた頃、持ち物が少ないのがカッコイイと考えて徐々に装備を削ぎ落として山奥へ挑み、その結果火も起こせず凍えながら過ごしたことがあったのだ。それ以降キャンプから足は遠のいてしまったが、木の枝にはたっぷり水分が含まれておりなかなか燃えないため、鉈で集めた枝では焚火ができないことを学んだ。
その経験を活かし、乾いた葉と朽木を集めてまずは焚き火から始めた。もちろん種火はタバコの箱に入っていた使い捨てライターだ。山火事にならないよう気をつけて川のそばで火を広げ、徐々に太い枯れ木に火がつくようになったが、その頃にはもう空には星が瞬いていた。