10.遠征③ -反撃-
異様な状況だった。黒い人影は一見レオとの初対面の時と同じだが、周辺の空気は明らかに相手の領域内であり、塗りつぶされた顔はなぜか笑っているとわかる。その口元と思われる箇所からはおそらく先ほどの呪いの言葉が吐かれているのだろう。…なんとなく呪いと表現したが、呪いというよりももっと即時的で強力な何かで、根本的に違うような気もする。どちらかというと問題はあのぺちぺちという音だ。あれが鳴ると自身の存在がざわめく感じと、一段階混乱が増強する感じがあった。
「主様、結界を張る直前に阿砲を放ってみたんだが、変な動きと共にかき消えちまった。あれはただ事ではないぜ。」
変な言葉…変な音…変な動き…何かもう一押しがあれば何か思いつきそうなもんだが。
「コマはなにか気にかかることはないか?」
「…以前我が守護していた存在だと思う。懐かしいような感覚がある。…が、すまないがこれ以上はわからない。」
今は全てを遮断する結界のため相対できているが、逆に言うと結界を解くと俺は正常ではいられなくなるのだろう。しかしずっとこうしているわけにもいかない。時間とともに近づいてきているのだが、一向に解像度が上がらない。むしろ人影とその周囲だけどんどんとピントが合わなくなっている感じだ。
「あいつがもっと近づいてから、本当に一瞬だけ結界を解くことはできないか。」
「多分…近くなると無理そう…だってあいつの周り生き物がいないでしょ?そういうことだよ。」
レオが珍しく、というか初めて核心をついたことを言っている。阿呆じゃないって言ってたのは本当にそうなのかもしれないな。
「では…音だけ通さないようにできるか?」
「音だけの結界を張って、それ以外の結界を一瞬だけ解除してみることはできる。」
「何枚も同時に展開できるのか?」
「全力の結界であれば今なら同時に2枚が限界だ。2枚張ると我々は主と念話でもできないかもしれない。音だけや光だけの結界なら何枚か張ることは可能だ。」
「わかった。では今の結界の内側に音だけの結界を張り、一瞬だけ強い結界を外してくれ。頼む。」
俺はコマとレオと目くばせをした。黒い影が揺らめいて笑みを浮かべながら徐々に近づいてくる。身にまとう黒い靄が結界に触れそうになり、それを嫌がるように少し揺らめいた瞬間、
「今だっ!!!」
結界が俺の眼前すれすれにもう一枚展開される。その直後に貼ってあった結界が消えて、すぐに再生される、その一瞬で風が吹き込んできて…これは…この感覚は…?
「あの影の正体がわかったかもしれない。」
「「本当か!!!!」」
二人は声を合わせた。しかし、コマとレオの時は名前を言うと呼応したが、あの状態の相手に届くのだろうか。一抹の不安がよぎる。
「ちなみに…こちらからだけ声を通す結界とかは…?」
「…すまねぇがそこまで器用なことは…」
「…言ってみただけだ…そしたらガチンコで行くしかないな。さすがに結界の中にまでは入ってこれないようだし。」
とはいえ、影の周囲からは草が嫌がって避けており、そこだけ強い風が吹いているかのようだ。強い魔力的なものが渦巻いているのだろうか。
「主、同時にいこう。今や我々は主の眷属。全員で声をぶつけてやろう。」
「オレも一緒に吠えるぞ!…阿砲の方じゃなくてな!」
なるほど。もしかしたら誰かの声が届けばいいかもしれない。可能性は3倍ということか。…多分敵を目前にして足が震えまくっている俺を元気づけてくれているのだろう。いい仲間を持ったものだ。
「二人とも頼むぞ!俺の心の声で真名は届いているな!3,2,1で結界を解く瞬間に叫ぶんだ。…行くぞ、3、、2、、1!!」
「「「コトシロヌシノカミ!!!」」」




