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番外編・彼と彼等の長い午睡(3)

 翌日は土曜日で、私も壱己も仕事は休みだ。朝一番に仔猫を連れて動物病院に行った。家から少し遠いけれど、獣医師や検査技師を複数抱えた大きな病院で、完全予約制だから待ち時間も少ない。設備が充実している為、血液検査の結果もその日の内に出してもらえるそうだ。昨日の今日で診察予約が出来るとは思わなかったけれど、運良くキャンセルが出て空いた枠に滑り込む事が出来た。

 触診から始まって採血やレントゲン等まで一通り行うと、結果を聞くまで一時間近くかかった。

「健康上の問題はこれと言ってなさそうです。いくらか怪我はしているから念のため抗生物質を打っておきましょう」

 私達と同じくらいの年頃に見える若い獣医師は、そう言って注射器を用意した。

「この子を見つけた時、周囲に家族…母猫や兄弟猫がいる様子はなかったですか?」

 治療を施しながら尋ねる獣医師に、私は慎重にその時の事を思い出しながら「はい」と答える。獣医師は予想通りの返答だと言いたげに頷いた。

「もしかしたらこの子、元々は野良猫じゃなかったのかもしれませんね」

「…え?」

 思ってもみなかった見解に、私と壱己は思わず顔を見合わせた。

「この子、生後二ヶ月くらいです。生まれてから二ヶ月間野良として過ごしていたにしては、体の状態が良すぎる。栄養状態もそこまで悪くないし、怪我も新しいものばかりですしね。外で暮らしていたのはここ数日かせいぜい一週間程度じゃないかと」

「え…っと、あの、それって、どういう状況で、この子は外で一人に…?」

 しどろもどろに質問してから、そんな事は医師に訊いてもわかる筈ないだろうと気付いた。けれど医師はそんな浅はかな私の疑問に、丁寧に答えてくれる。

「それは私にもわかりかねますが…考えられる状況はいくらでもあります。どこかの飼い猫が予想外に妊娠出産した子で、この月齢までは母猫と共に育てられたけど結局捨てられたとか。野良として生まれてすぐに誰かに拾われて、でもやっぱり飼えないと再度捨てられたとか…そもそも捨てられたのではなく、何かの拍子に脱走して帰れなくなった猫だという可能性もあります」

 捨て猫ではなく、迷い猫。

 新たな可能性は、私を混乱させた。呆然とする私に代わって、壱己が尋ねる。

「本来の飼主が…この猫を探してる人が、いるかもしれないという事ですか?」

「その可能性もなくはないです」

 獣医師は使い終わった注射器の処理をしながら、仔猫の体を慎重に撫でた。触診は初めに済ませていたけれど、もう一度念入りに、異常がないかどうか確かめるような、医者らしい手つきだった。

「先程マイクロチップの有無を確認しましたが、無かったです。この子を探している飼主がいるかどうかを調べる方法としては、まずは警察に迷い猫の届出がないか確認して…無ければ後はもう、地味に探すしかないですね。拾った近辺の店を回って迷い猫探しのポスターが貼ってないか探したり、逆に『保護しています』のポスターを貼り出すとか、SNSで情報を集めるとか。ただまぁ…あくまで僕個人の考えですけど、警察に届出がなかった場合、その時点で芦屋さんのご家庭で引き取る事を決めても、構わないんじゃないかと思います」

「え…でも…」

 私達に引き取る意思があることを前提にしたような医師の口振りに、私はますます戸惑った。私はまだこの子を一生涯面倒みる覚悟なんて、出来てはいないのに。

 私の逡巡を見透かしたように、医師は苦笑いをする。

「僕は獣医師ですからね。ペット達の安全と健康を第一に考えます。厳しい事を言うようですが、この月齢の仔猫が容易に逃げ出せるような環境で飼育した上に届出も出さない飼主の事は、正直あまり信用出来ない。それよりは、偶々拾った猫を躊躇ためらいなく保護し、すぐに病院に連れて来て数万もかかる検査費用を惜しまずに出して、良好な結果に心から安心して見せるあなた方の方が、飼主の適性があるんじゃないかと感じただけです」

 医師の一人称はいつのまにか私から僕に変わっていて、今の言葉が本当に個人的な考えを伝えているだけ、ということが実感できた。

 躊躇いなく保護した訳じゃない。この子があまりに幼くかわいかったから、衝動に任せて連れ帰ってしまっただけだ。診察の前に数パターンある検査内容と金額を提示され、確かにその時私達は悩みもせずに一番高値で一番詳細な検査を選んだけれど、でもそれには、とりあえず経済的に困っていないだけという理由もある。それだけで適性があるかどうかなんて──…


 助けを求めるような気持ちで壱己を見上げたが、壱己はふっと静かに微笑んだだけだった。


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