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「───さん。白崎さん」


 遠くから私を呼ぶ声が聴こえて、意識がふっと現実に引き戻された。

 目の前には、いつもより神妙な天河さんの顔。さっきと同じ跪いた態勢のままだけれど、片手が私の肩に乗せられ、さらに距離が近付いている。

 「気が付いた?よかった」

 天河さんは短く息を吐いた。 

 誰かの夢を読んでいる時、はたから見た私は意識を飛ばしている状態らしい。話しかけても揺さぶっても反応しないそうだ。ただ、夢読みの世界にいるあいだ、その時間感覚の長短に関係なく、現実の私がそうしているのはほんの二、三分程度のことだ。だから大抵、こう言えば誤魔化せる。

 「…すみません。ちょっとぼうっとしてて」

 でも天河さんは、自分のせいで私の体調が悪くなったんじゃないかと思ったみたいだった。

 「本当に大丈夫?やっぱり病院に行った方がいいかな」

 「いえ、大丈夫です」

 「でも」

 これ以上の気遣いを拒絶するように、私は首を振った。

 「私、集中すると周りが見えなくなっちゃうんです。経理の仕事のことで、今日中にやらなきゃいけなかった事を思い出して。ご心配おかけしてすみません」

 「…そう。まぁ僕もそういうところあるから、わからないでもないけど…」

 私が笑顔を作ると、天河さんはそれで納得してくれたみたいだった。

 「何か異常があったら言ってね。経理部に戻った後でも、家に帰った後でも」

 「はい。ありがとうございます」


 そうして今日の分のモニタリングを終えた。部署に戻るまでの足取りが、ひどく重たかった。さっき見たものを、信じられない気持ちで思い出していた。


 天河さんの夢は読めなかった。


 私は彼の夢に落ちた。

 夢の入口には、いつも通り書架があった。私はその中の一冊を手に取り、開く。

 けれどその本には、何も記されていない。どんな景色も現れなかった。ただまっさらな白い紙が、はらはらとめくれていくだけだ。

 こんなことは初めてだった。主が忘れているような些細な夢でさえ、私は鮮明に見ることが出来る、筈なのに。


 心臓が荒く脈打っていた。目の前に伸びる薄灰色の廊下が、どこまでも長く歪んで見える。


 あんなにも、見たくないと願っていた他人の夢。見なくて済むならそれでいい。なのにそれが読めなかったことに、私は酷く混乱していた。



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