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 天河さんの声はいつも通り、しんと凪いだ水面のように穏やかで、平坦だった。久しぶりと言いながらも、特別な感慨はなさそうに聞こえる。


 その人が振り向く。

 淡い茶色の髪色は、天河さんのそれとよく似ていた。振り向いてこちらを見たその瞳の、どこかこことは別の世界を映すような、不思議な色合いも。

 

 一目見てすぐにわかる。この人は間違いなく、天河さんの父親──ミフネ君だ。


 「──朔夜さくや


 二人の目が合った。

 そう思った瞬間、その人は遠目から見てもわかるほど、さっと顔色を失った。

 直後、きびすを返してだっと部屋の中に駆け込む。

 「えっ?」

 まるで警察に見つかった逃亡犯のようだった。少なくとも、息子と再会した父親の反応ではない。困惑して顔を見合わせる私と壱己に、天河さんは庭の方を向いたまま言った。

 「大丈夫。出口はここと玄関しかない。芦屋君は玄関の方、頼むね」

 どういう意味だ、と問い返している余裕はなかった。外にいてもわかるくらい騒々しい足音が、玄関の方へ近付いて来る。

 壱己が舌打ちをしながら玄関の前に駆け寄った瞬間、ガラッと引戸が開いてその人が飛び出して来る。そこで誰かが待ち受けていることを知っていて、肩で突き飛ばし突破するような勢いで。

 壱己はミフネ君の特攻をさっとかわし、同時に腕を伸ばしてぐんと前に振った。肘から先がバットみたいに腹の辺りに命中して、その人は勢いよく後ろに弾き飛ばされる。

 どすん、と、人が転がる重たい音が響いて、私は思わず身をすくめてぎゅっと目を閉じた。げほっと苦しげに咳き込む音が聞こえる。

 壱己は玄関の土間に転がったミフネ君の前で、棒立ちになっている。自分でやったものの、何が起きたのかよくわからない。そういう顔をしていた。

 「さすが」

 天河さんが壱己に向けて、笑顔でパチパチと乾いた拍手を送る。

 「ちょっとそのまま、逃がさないようにね」

 地面から何センチか浮いてるんじゃないかと思うような独特の浮遊感のある歩き方で、天河さんはゆっくりとそちらに向かって行く。

 「父さん、久しぶり」

 未だせ返っているミフネ君の前にしゃがみ込んで、天河さんはそう繰り返した。 

 「会えて嬉しいよ。てっきり死んだものだと思ってたから。ここに帰って来てるとわかっていたら、もっと早く会いに来たんだけど。今までどうしてたの?」

 「……朔夜…すまない…僕は…」

 苦しそうな呼吸の合間に、ミフネ君は途切れ途切れに声を絞り出した。理由は何にせよ父親が苦しんでいるというのに、天河さんはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべたままだ。


 「あぁ、無理して話さなくてもいいよ──()()()()()()

 

 土間に尻餅をついた状態のミフネ君の頭に、天河さんは掌を広げてぽんと乗せた。

 「──朔夜。やめてくれ、それは──」

 「大丈夫。怖くないよ。芦屋君、白崎さん、後をよろしくね。ちょっと《《見て》》くるから」

 言うなり、天河さんは瞼を閉じた。


 次の瞬間、ミフネ君は突然意識を失ったようにがくんとこうべを垂れた。

 

 「何を──…」


 何を、したの。


 戸惑う私たちの前で、しゃがみ込んでいた天河さんの体がぐらりとかしいだ。


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