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 天河さんは夢読みの能力を、遺伝的なものだと言っていた。そして同じ家系でも、力を持つ者と持たない者がいる、と。私が知る限り、母にその力はなかった筈だ。

 幼少期、私が誰かの夢を読んでは周囲にペラペラと話していた頃も、母は「灯里は想像力が豊かなのね」と無頓着に笑い飛ばすばかりだった。

 他人の夢が見えるだなんて、そんなことはあり得ない。絵空事だと初めから決め付けていて、全く相手にもしていないという印象だった。

 そんな母の口から、何故夢読みの話が出てきたのだろう。何がきっかけで、その能力が実在するものだと知ったのだろう。でも夢読みについて知っているということは、ミフネ君はやっぱり天河さんの血縁者なんだ。 

 次々と生まれる疑問や確信で頭の中が混乱して、まとまらない。何から口にすればいいのかわからない。混乱が過ぎて黙り込む私の横で、壱己はひどく落ち着いた様子で母に視線を向けている。

 「すみません、お母さん。『夢を見ることが出来る』いうのは、どういう意味でしょうか。眠っている時に見る夢の事ですか?それとも将来の夢とかそういう…?」

 壱己は母に不快感を与えないよう、軽く首を傾げて慎重に問いただす。

 あぁ、そうか。

 普通の人は、今の母の台詞を聞いただけでは、何を言っているのかわからないだろう。

 夢は眠る時に見るもの。もしくは将来への希望、展望。そのどちらに置き換えても、今の母の話からだと文脈を読み取れない。壱己が夢読みについて何も知らない人だったら、今みたいな反応が正しいんだ。

 「あ、あぁ、そうよね。こんな話しても意味がわからないわよね。私も最初、この人は何を言ってるんだろうって思ってた。えぇと、私も上手く説明出来ないんだけど…」

 「複雑な事情を抱えていらしたんですね。差し支えなければ初めからお話して頂けませんか?その方との馴れ初めから…」

 「えっ?あ、あの、でも、灯里の前でそんな…」

 「聞きたい」

 母が戸惑うのも当たり前だ。誰が実の娘の前で浮気相手との恋愛について事細かに話そうとするものか。その程度の良識が残っていることにほんの少し安心しつつも、私は母の困惑を切り捨てた。

 「私、聞きたい。長い間ずっと、私だけ色んなことを、知らされないままだった。のけ者にされるのはもう嫌。話して。ちゃんと全部話して」

 ミフネ君の行方を知る手がかりが欲しいという気持ちも勿論あったけれど、それは私の本心でもあった。 


 私は知らないことが多過ぎる。家族のこと、自分の能力についても、私は当事者であるのに、何も知らないまま目を背けてやり過ごしてきた。だから歪んでるんだ。

 ちゃんと知って、見て、そうすれば解決する問題も、たくさんあったかもしれないのに。

 自分とちゃんと向き合えと私に訴えた壱己も、こんな気持ちだったのだろうか。

 

 母は思い詰めた顔で考え込んで、しばらくして、躊躇ためらいがちに語り始めた。

 

 「…その人と初めて会ったのは、高校の同窓会の時だった。いえ、正確に言えば高校生の時同じクラスだったんだから、面識があるどころか当時毎日会っていた筈なんだけど…でも私はその時初めて会ったような気がしたの。高校生だったのはもう何十年も前のことで、一部の親しくしていた人達のことしか覚えていなかったから」

 まぁ何十年も経っていればそんなものだろう。私など親しい友人すらいなかったから、今当時のクラスメイトを思い出せと言われても無理だし、せいぜい担任だった教師が一人二人思い浮かぶくらいだ。

 「それにその人はすごく変わったって、彼の事を覚えてた他の友達も言ってた。昔は教室にいるのかいないのかわからないくらい地味な人だったらしいの。それがその頃には、びっくりするくらい…その、素敵な男の人に、なっていて」

 母が俯いて頬を赤く染めたのは、娘の私に対する気まずさだけが理由ではないと思う。その時に感じた胸の高鳴りを、話している内に思い出したのだろう。

 「…そんな人が、どうしてか、私に話しかけてきたの。昔は会話をした記憶なんて全然なかったのに、懐かしいって。私の事をよく思い出してたって。会いたいと思ってたって…」

 変わらないね。でもすごく綺麗になっていて驚いた。

 ありきたりの口説き文句だけれど、それでも母は舞い上がった。だって王子様みたいに凛々しくて洗練されていて、その場の注目を一人で集めるくらい素敵な人だったから。

 同窓会はほんの二、三時間程度の集まりだったけれど、その間に連絡先を交換した。近い内に二人で会おうと約束をして、実際すぐに彼からの連絡は来た。


 「彼は大学の助教授で、脳…なんとか学を専攻してるって言ってた。難しい話はさっぱりわからなかったけれど、夢について研究してるって言ってたわ。世の中にはごく稀に、他人の夢を見ることが出来る人がいるっていうのが彼の持論で…そういう人材を探してるって、そう言ってたの。それで私、そういえば灯里が小さい頃、みんなの夢がわかるんだよって言ってたのを思い出して…」

 母はバツの悪そうな顔で言い淀み、私の方を窺うようにちらりと見た。その仕草で、私はハッとする。

 「もしかして話したの?私のこと…」 

 思わず強い語調で詰め寄った私に、母は慌てて首を振る。

 「そ、そんな事するわけないでしょう。娘をダシにして興味を惹こうなんて、そんな馬鹿な真似…」

 頑として否定しかけた母の語尾が尻すぼみに弱々しくなっていく。

 「…ううん。ダシにしようとした、ようなものだわ…私、あっという間に彼に夢中になった。どうにかしてもっと、私を見て欲しくて…()()()()()をしたの。小さい頃の灯里の話を一生懸命思い出しながら、私自身の体験みたいに、昔は私も見えたんだよって」


 それを聞いて、彼はすごく喜んだという。


 「でも最初はね、夢の話ばかりじゃなかったの。私のことをすごく魅力的だってたくさん褒めてくれたし、何をしていても君の事ばかり考えてしまうって…嬉しくなるような言葉をいっぱいくれた。はっきり言葉にした訳じゃないけど、私達は、どこから見ても、想い合う恋人同士だった。彼には事情があって離れて暮らしてる子供がいたらしいんだけど、その子にもいつか会わせたいって。家を出て一緒に暮らそうって言い出したのも、彼の方だったの」

 離れて暮らしている子供。

 頭の中で、淡く微笑む天河さんの姿が思い出される。

 それにしてもこうして聞くとミフネ君の発言は随分ステレオタイプだ。耳触りのいい台詞を選んでいるだけという気がして、私だったらむしろ冷めてしまいそうな気がする。でも当時の盲目状態になっている母からしたら、天にも昇る気分だったのかもしれない。

 「その頃の私は、あの人…お父さんと気持ちがすれ違ってたの。あの人にとっての私は、生活を円滑に回すために必要な歯車みたいものなんだろうなって思ってた。愛情を感じるどころか、夫婦として最低限の会話や交流すらないまま、事務的な報告や連絡だけを繰り返して…私、ずっと寂しかった。そんな時に彼と出会って、周りが見えなくなってしまって…」

 

 家族を捨てて、彼を選んだ。

 ミフネ君が夢読みの話ばかりするようになったのは、それからだ。

 

 「一緒に暮らし始めた途端、毎日、夢を見ていた頃の話ばかり聞きたがるの。夢を見る時はどんな感じだったか、映像で見えるのか音声は現実と同じように聞こえるのか、見る夢は選べるのか、とか…。見えてたっていうのが嘘だってバレないように、適当に作り話をしたり、昔の事だから忘れちゃったって必死でごまかして。その話が出る度に、何て答えようってビクビクして…」

 母は「大変だった」と嘆息するけれど、言うまでもなく自業自得だ。相手が専門家だというなら尚更、そのくらいの追求は嘘を吐く前に予想出来たことだろう。つい、そう口を滑らせそうになる。それを壱己が瞬時に察して、視線で『黙ってろよ』と止める。そして母の方へ軽く身を乗り出した。

 「…そもそもお母さんは、その方の主張を信じてたんですか?彼は専門家だったのかもしれませんが、他人の夢が見える人間が存在するだなんて、現実離れした話だと思いませんか?」

 あくまでやんわりと、壱己は母に問う。自分だって私の話をあっさり信じた癖に、とは思うけれど、実際、非現実的な話だ。母は私と同じで、想像力欠如型の人間だ。いくら恋した相手とはいえ、そう易々と信じるものだろうか。案の定、母はうーんと唸った。

 「信じる信じないっていうよりはこう…学者さんが未知のロマンを追ってる、みたいな感じなのかなって思ってた。ほら、考古学者が新種の化石を探したり、宇宙を研究してる人が宇宙人を探したり…?…灯里がそういう話をしてたのもごく小さな頃だけだったしね。夢のある話だなぁとは思ったけど。夢だけに」

 なるほど。つまり母ははなから信じていなかった。そんなことはあり得ない、夢物語だと思っていた訳だ。

 私はどこかほっとしていた。信じていないならその方がいい。母に私や天河さんの特異な能力を今更打ち明けるのは面倒だから。 

 「でも結局、私の嘘はすぐに見破られちゃったの。当たり前よね。私、元々嘘も作り話も苦手なの。そしたら彼、手の平を返したみたいに冷たくなった。一瞬で私への興味を失ったのがわかった。それから一ヶ月も経たない内に『もうお別れだ』って一方的に告げて、いなくなっちゃった」 

 当時のことを思い出したからか、母は目尻を赤くして今にも泣き出しそうな顔になった。 

 「寂しくて悲しくて、この世の終わりみたいな気持ちになった。でも、私も同じことを自分の家族にしたんだわ。何て事をしたんだろうって心から反省した。あなた達に償いたいと思って、家に戻ろうとしたの。信じてもらえないかもしれないけど、本当にそう思ったのよ」

 小さな声でそう言って、母はぽろりと一粒、涙を零した。

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