5.5
『飯食おう』と電話かメッセージが来て、都合が悪くなければ『いいけど、どこで』と返す。
どこそこの店でとか俺の部屋だとかお前の部屋でとか壱己が希望を言って、私がそれにわかったとか今日はその気分じゃないとか返事をして、それならこっちだとかあそこだとか、折り合いをつけて行き先を決める。
それぞれ一人でする筈だった暇潰しを、そうして私達は二人ですることになる。それが終わればそれぞれの家に帰って眠る、それだけ。約束の方法も行く店も、世間一般の友人達と何ら変わらない。暇潰しの内容が、時々セックスになったりするくらいで。
普段は壱己から連絡がきて、私がそれに応じる形で会う約束をする。でもその日は珍しく、私の方から声を掛けた。
何食べたい、と聞くと、お前の部屋で食えるものなら何でも、と壱己が答える。寒いからあったかいものがいいね、と私が言うと、鍋でもするか、と壱己が言う。うん、いいかもね。スーパーに寄って材料を買って、カセットコンロと土鍋を出して、二人で鍋をつついた。
すっかりお腹が満たされた頃、壱己が尋ねる。
「どうだった、モニター」
「どうって…普通だよ。試験室行って検査してサンプル貰って毎日使ってって。で、また来週」
取り立てて話題にするような事は何もない。私は片手をひらひらと振ってみせた。例え私が天河さんの何気ない言葉にほんの少し心を騒がせようと、そんなことわざわざ誰かに話すようなことじゃない。
「普通だな」
「普通だよ。そう言ってるじゃない。何を期待してたの?」
私が呆れた顔をすると、壱己は口の片端に、どこか含みのある笑みを浮かべた。
「お前に責められるのを期待してた」
「何それ。どういう意味?責められるのが好きなの?そんな趣味あったっけ」
壱己は腕を伸ばして、テーブル越しに私の額の真ん中を親指の腹でごしごし擦った。眉間に寄せた皺を伸ばすみたいに、怒るなよ、と言いたげな仕草に、私はますます不機嫌になる。怒らせるようなことばかり、言う癖に。
「ないけどさ。お前、こないだは怒ってたじゃん。今日も、最悪だった、こんな面倒なこと引き受けなきゃ良かったって愚痴るかなって思ってた」
「…だって思ったより大したことなかったし」
だって、そう。考えてみれば、モニターに参加したことで生じる悪影響は、今のところこれといってない。多少時間は取られるが、週に一回三十分ちょっとのものだ。モニタリングは基本的に担当の天河さんと二人きりで行い、他に誰かと関わる必要はない。その天河さんは、多少独特な雰囲気はあるけれど基本的には穏やかな人だし、適切な距離を保つよう気を付けていれば問題ないだろう。ちょっと美容院に髪のケアをしに行くようなものだと思えばいい。
最初は乗り気でなかったけれど、初回のモニタリングを終えてからはそんなふうに考えを改めていた。
「そう。なら良かったよ」
良かったと言いながら、壱己はどことなくつまらなそうな顔をしている。
何となくこの話題は深追いしない方がいい気がして、私は立ち上がって食卓を片付けた。壱己も自分の食器を流しに運ぶ。壱己はすぐにダイニングに戻ったけれど、私はキッチンに残って食後のコーヒーを淹れる。その間に小皿とフォークをテーブルの上に置いて、コーヒーが出来上がる頃に、冷蔵庫から小さな箱を取り出した。待ち合わせの前に買っておいたものだ。私は箱を開けて、中身を見せる。
「ショートケーキとザッハトルテ、どっちがいい?」
「チョコのやつ」
「壱己は毎年それだね。蝋燭いる?」
「いいよ」
私達が会う時は、大体いつも壱己から連絡が来て私がそれに応じる流れで会う。でも年に一度、この日だけは私から誘う。もう何年も前からの恒例行事。
この日に壱己に恋人がいれば勿論そんなことしない。でも不思議とこの時期、壱己はいつも独りだった。
「お誕生日おめでとう、壱己」
「…ありがとう」
お皿に乗せたケーキを差し出すと、壱己は照れ臭さを誤魔化すような、むずがるような笑みを浮かべた。