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 記憶を読む。

 それは夢を読むのとは、似て非なるものだ。

 『夢ってのはつまり、脳が記憶を処理する作業だ。覚醒時に得た情報の断片が無作為に繋がってるだけで、現実とは別物だしそこに自分の意思はない』

 壱己はそう言っていた。

 なら、記憶は?

 無作為でもなく、出鱈目な情報が混沌とすることも因果から外れることもなくて、整合性があり辻褄が合い、現実に起こったこと、現実に存在するものだけがそこに在ることをゆるされる。それが記憶。夢の源になるものだ。 

 「基本的には夢を見る行為の延長なんだ。夢に現れるものは、実体験だったり見聞きした情報だったりそれらを想像で補填したものだったり…必ず記憶の中に、()()()()()姿()がある。記憶を読む事が出来るっていうのは、要は情報の取捨選択と再構築なんだ。錯綜した記憶を最小の部品に解体して、あるべき形に戻す。編集作業みたいなものだね。それほど難しいことじゃない」

 訳がわからない。

 いや、理屈はわからないでもない。数日前に壱己が私にやってみせたことと似ている。釣りは諸山部長の趣味、鳥が出て来たのは柳原さんから聞いた情報、舞台は過去に訪れたあの場所──と、自分の夢ならそうやって詳しく解説することも、出来るだろう。

 でもそれは、あくまで自分の夢を、記憶を遡っているから可能な話であって。正しい記憶を持たない他人がそんな真似、出来る筈ない。

 「ふぅん。それで、あんたは何をしたいんだ」 

 言葉も出ないほど混乱している私と対照的に、壱己は落ち着いていた。

 「自分の思い通りになるその場所に灯里を呼んで、何をしたかったんだ。単にお近付きになりたかったって訳じゃないだろ?」

 壱己の声は冷たく弾劾するような響きがあった。それでも天河さんは穏やかに微笑んだまま、動じる様子はない。

 「うん、そうだね。何年も前に祖母が亡くなって、この特異体質を持つ仲間は、僕の知る限りではもう白崎さんだけだ。仲良くしたい気持ちは勿論あったよ。白崎さんを初めて夢に呼んだ時は、そういう軽い気持ちだった。お互いの家系を遡ればどこかで繋がるのかなとか、白崎さんのネットワークの中にも仲間がいるのかなとか、単純な好奇心があった。だから夢に呼んで、記憶を少し覗かせてもらった」

 記憶を少し覗かせてもらった。

 さらりと彼の口から出た言葉に、背骨を枯れ枝で撫でられたような空恐ろしさを感じた。

 このひとにとって、他人の夢や記憶──頭の中を覗き見ることは、善も悪もない、本当に日常的な行為なんだ。飛行機雲を見つけたら、それが途切れるまでじっと見届けるのと同じように。罪悪感など感じることなく、人の記憶をろうとする、その感覚には覚えがある。見えるものは見えると何の疑問もなく当たり前に他人の夢を見ていた、幼少期の私と同じだ。悪意のない、無垢な非倫理性。 

 「そうしている内に見付けたんだ。君の記憶の中に、僕が知っている人の顔を」

 「…知っている人…?」

 「共通の知人がいるって事か?」

 「知り合いなのか偶々どこかで見かけただけなのかはわからない。どうも古い記憶の中に埋もれてるみたいで凄く薄いし、それでなくとも二十数年生きた人間の記憶は膨大だ。まだ僕にも探りきれてない。それで毎晩夢に呼んでたんだ。それに夢で白崎さんと過ごすのは楽しかったしね。このまま交流を深めて仲良くなって、直接聞いてみてもいいかなって思ってた。でもその矢先に、白崎さんが夢に来なくなっちゃった。夢に来てもらえるようにせっかく色々小細工したのに、芦屋君が邪魔するから台無し」

 「小細工って、あんた灯里に何を…」

 「──あの、その知っている人って、誰ですか。どんな人ですか」

 肩を竦める天河さんに喰ってかかろうとした壱己を、私は遮った。仕掛けられた小細工も気になるけれど、何故か先にそれを知りたいと思った。

 「写真があるから見てもらえる?古いものなんだけど…」

 天河さんはポケットからスマートフォンを取り出して画像のデータをスクロールする。目当てのものに辿り着くまでに少し時間がかかった。 

 「あぁ、これだ」

 天河さんが見せてくれた画像は、古い一枚の写真をさらにスマートフォンのカメラで撮ったものだった。画像が粗い上に集合写真だったから、天河さんはその人の映った部分を拡大してみせる。

 「この男の人。白崎さん、わかるかな」

 天河さんが指差すその人を見て、私は首を傾げた。まだ二十代前半くらいの若い男の人。私の記憶の中にこの人がいる?…わからない。でもどことなく引っ掛かる。誰かに似ているような、言われてみればずっと昔に、見たことがあるような──…

 私は記憶を探る。深く潜るように、熱心に探る。

 「───あっ…」

 思い出した。

 私の記憶にはもっと若い頃か、もう少し年を重ねてからの姿しかない。けれど、この面差しは多分。

 「………ミフネ君?」

 母の夢で何度も見た、その人じゃないかと思った。


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