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 言いたいことを言い尽くすと、壱己はベッドから起き上がって服を着た。

 「すぐに返事しろとは言わないよ。そこそこ重大な話だしな。でもちゃんと考えて。その内必ず返事貰うから」

 私はベッドの上にぺたりと座り込んだまま、じっとシーツの皺を目で追っていた。そこそこどころじゃない。ものすごく重大な話だ。出来ることなら、聞かなかったことにしてしまいたいくらい。

 でももう逃げきれない。ちゃんと壱己とのことを考えなくちゃいけない。それだけはわかった。

 「…わかった。ちゃんと考えて返事する。気持ちが纏ったら連絡するからそれまで待ってて…」

 「いや、待ちはしねぇけど」

 意を決してそう答えたのに、壱己は何言ってんだと言いたげな、小馬鹿にしたような顔をした。

 「え、だってすぐ返事しろとは言わないって今」

 「返事は待つよ。でもお前にきっぱり振られない限り、距離置いたりはしない。今まで通り普通に連絡する。普通に会うし普通に抱くよ」

 「だ…」

 絶句する私を一暼して、壱己はフンと鼻を鳴らす。

 「お前は押しに弱い」

 壱己はベルトを締めながら、淡々とそう告げる。

 「試食販売すら断れなくて食いたくないもん食わされた挙句、美味くねぇと思っても無料タダ食いは申し訳ないって買っちまう」

 …そうだけど。その通りだけど。でも何の話だ。今は関係ないじゃないか。

 「気持ちいいことにも弱くて、嫌がっててもちょっと弄りゃあすぐ濡れるし流されやすくて正直チョロい。気を許した相手への情の移し方も半端ない。中二ん時お前が拾って俺が里親見つけてやった仔猫の写真、未だにデータ持っててたまに見て泣いてるの知ってんだからな。お前は外側の殻は硬いけど、いっぺんでも中に入っちまえばグダグダなんだよ」

 「ちょろ…?あ…あんまりじゃない?グダグダとかそんな、人を貝類みたいに…」

 「距離なんか置いたらどんどん不利になるだけだ。そんな馬鹿な真似するかよ。何なら昔みたいにべったり張り付いて外堀から埋めてやろうか。嫌ってほどいい思いさせて、離れられなくしてやるよ。昔は出来なかったことも今なら出来るしな」

 つ、と胸の真ん中を指先でなぞられて、私は慌ててはだけていた胸を毛布で隠した。

 「ば…馬鹿じゃないの⁈」

 「馬鹿なんだよ、言ってるだろ。理由はなんだっていいんだ。お前が俺を選ぶなら」 

 壱己は急に真顔になって、私の髪を一束掬い上げてからぱらぱらと零す。

 「…なぁ灯里。お前ずっと、俺に隠してることあるよな。俺だけじゃなくて誰にも言えない、悩みかなんか…あるだろ」

 思わずさっと目を逸らした。だって壱己が真っ直ぐに私を見るから。核心をつくようなことを、突然言うから。

 「お前が俺に線引いてるのも、やたらに周りとの壁作ってるのもそのせいだよな。結婚とか付き合うとかの返事の前に、俺はそれを聞きたい」  

 私は驚いていた。

 「……何で……」

 何でわかるの。何で気付くの。何で聞きたいの。『何で』で頭が一杯になった。それしか言葉にならなかった。

 「灯里、俺はお前が好きだよ。お前が誰にも言えないような秘密を抱えてようが、それが何だろうが関係ない。だからお前が話したくないなら、知らないままでもいいと思ってた。でもお前は何度か俺に話そうとしたよな。…話したいと思っただろ」

 私は黙った。黙るしかなかった。全部、壱己の言う通りだった。

 『目を合わせることは出来ないの。そうするとあなたの夢を覗いてしまうから。秘密にしたいことも無意識の願望も、全部暴いてしまうから。そんなことしたくないのに、そうなってしまうの。自分でもどうしたらいいかわからない』

 そんな現実離れした話を、誰かに出来る筈がない。話したところで誰が信じるだろう。でも私にとってはそれが現実で、そのことが私には苦しくて。

 言えない。けど聞いて欲しい。助けて欲しい。もしかしたら壱己なら、お前のせいじゃない、お前は悪くないと言ってくれるかもしれない。昔、そんな儚い期待を抱いて、何度か話してしまおうかと考えた。でもいつも言いかけてやめた。言えない。だって話したら敬遠される。気味が悪いと思われる。私のことを嫌になる。みんな私を置いていった。きっと壱己も、それを知ったら離れていってしまう──。

 だから言えなかった。

 

 胸のあたりから涙がせり上がってきて、ポロポロと落ちた。壱己は指先で私の涙を拭う。

 「泣けよ灯里。俺、お前の泣き顔、割と好き」

 「…意地悪」

 「違うよ。多分俺しか見た事ないだろうから」

 ぽんぽんと子供をあやすみたいに頭を叩き、そのまま胸の中に収める。これじゃあ壱己の服も濡れてしまう。涙を止めたかったけど、止まらなかった。

 「天気いいからどっか行こうぜ。どうせ暇だろ」

 「暇じゃない。洗濯溜まってる」

 「手伝ってやるからさっさと起きて片付けな。デートしよ。お前シェラトンのランチビュッフェ行きたいって言ってたじゃん。奢ってやるから行こ」

 「豪華ランチで懐柔しようとしてる…」

 「何言ってんだ。そんなもんで落ちるタマか。俺仕事着のままだから一旦帰って着替えるかな。いや、どっかで買うか。灯里、お前も何か買い物ある?かさばる買い物あるなら車出すよ」

 「出掛けるのは決定なの?」

 なんて勝手で強引なんだろうと、私は呆れた。

 でも、思えば壱己は最初からこうだった。

 勝手にバッグを放り投げて置いていって、強引に傘に入れと言って。その強引さがあったからこそ、私たちは、仲良くなれたんだった。

 私は昔、奔放に振る舞う壱己を見ているのが好きだった。私の部屋で好き勝手にしながら笑っている壱己を見ると、安心した。そんな気持ちを懐かしく思い出す。

 私はまだベッドの上で、やたらとすっきりした顔をしている壱己を眺めていた。こんなふうに何の屈託も感じられない壱己を見るのは、本当に久しぶりだった。


 私はどうするんだろう。

 壱己に話すのか、話さないのか。

 壱己の申し出を受けるのか、受けないのか。

 壱己と末永く寄り添うことを選ぶのか、完全な別離を選ぶのか。

 私たちは、今度はどんなふうに変わっていくんだろう。

 

 壱己が勝手にカーテンを全開にする。まばゆい陽の光が一息に部屋を明るく染め上げ、目が痛くなって瞼を伏せた。

 先行きはこんなにも不透明で、私の気持ちは雲ががって重い。なのに、窓から見える空はどこまでも青く曇りなく、澄み渡っていた。


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