閑話:銀狼の沈黙
ヴァルザール城の一室、戦務会議の間。天井の高い広間には重厚な机と椅子が並び、レオン・ヴォルグ・ヴァルザールは無言で椅子に腰掛けていた。
その前に並ぶのは、信頼の厚い側近たち。狼族の筆頭騎士グレイ、寡黙な虎族の副将ランベル、機敏な猫族の諜報頭マリスが揃っていた。
「陛下。先ほどお戻りの際──見知らぬ人間の娘を伴っておられましたね?」
最初に声を上げたのはグレイだった。静かだが、どこか探るような声音だった。
レオンは淡々と目を閉じ、腕を組む。
「……ああ」
「彼女は誰なのですか?」
マリスが柔らかく問うたが、レオンは短く息を吐くだけだった。
「フォルセリア家の娘だと名乗った。ルミナシア王国、あの腐敗貴族の血筋だ」
ざわめきが一瞬広間に広がった。ルミナシア──獣人を蔑む国の貴族の娘。それをなぜ皇帝自らが保護して連れ帰ったのか、側近たちの目は自然と疑問に染まる。
「……理由は?」
ランベルが低く問いかけた。強面の虎族らしいストレートな質問。
レオンは眉をわずかにひそめた。
「わからん」
「は?」
グレイが目を見開く。滅多に感情を見せないレオンが言葉を濁すなど、そうあることではない。
「魔物の群れに囲まれていた。その場で殺される運命だったはずだが、気づけば助けていた」
「……気づけば?」
「ああ……理由が説明できない」
レオンは椅子の背にもたれ、窓の外の暗い空を見やった。心の奥でざらりとした違和感が燻っていた。助けたのは本能か、直感か、それとも何か別の何かか──答えはわからなかった。
マリスが首を傾げた。
「……番の可能性は?」
獣人にとって“番”の存在は絶対だ。一生に一度だけ出会う運命の相手。もしそれなら、理由は明確だ。
しかし、レオンは即座に首を振った。
「違う。匂いが違う。……少なくとも今の彼女は番ではない」
「“今の彼女は”?」
マリスがすかさず拾うが、レオンは一瞬視線を落とし、低く続けた。
「……気になる存在であることは否定しない」
それだけ告げると、レオンは立ち上がった。マントの裾が翻り、広間に重たい沈黙が落ちた。
「保護は俺の命令だ。不服は許さない。彼女の素性は追って調べる。……それまでは城内で静かに過ごさせろ」
「はっ!」
側近たちは一斉に頭を垂れた。
レオンは背を向けながら、拳を握りしめた。理由はわからない。しかし少女の泣き腫らした黒い瞳が、なぜか離れない。
──あの黒髪黒目の娘は、俺にとって何なのか。
それが分かる日は、もう少し先になるのかもしれない。




