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追放聖女は獣の皇帝に愛される  作者: 宮野
第二章:芽生える想いと聖女の目覚め
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第15話:胸を締めつける想い

日差しが緩やかに差し込む城の一室で、エリスは膝の上で指を絡めて座っていた。けれど、編みかけの布も、窓の外の景色も、心に留まることはなかった。


レオンに大切な存在がいるという、その事実を知ってから胸の奥がざわめくような痛みに満たされていた。


「……どうして、こんな気持ちになるのかしら」


ぽつりと呟いた自分の声が、やけに耳に残る。

レオンにとって大切な誰かがいることは、幸せなことのはず。喜ぶべきことで、祝福すべきことで――それなのに、どうしてこんなにも苦しくなるのだろう。


祝福できない自分が嫌で、情けなくて、そんな風に思ってしまう自分を責める。


レオンは誰のものでもないはずなのに。自分と話すとき、優しく微笑んでくれたことだってあったのに。――でも、それは、自分だけに向けられたものではなかったのかもしれない。


「私……おかしいわ……」


胸の奥を刺すような痛みは、時間と共に薄れるどころか、ますます鋭くなる一方だった。


レオンは今、魔物討伐のために城を離れている。数日経ってもまだ帰る気配はない。その不在の静寂が、彼の存在をより一層遠く、手の届かないものに思わせてくる。


会いたい――ただ、その一言が言えない。

知りたい――けれど、聞くのが怖い。


何もかもが、もどかしくて、苦しくて。

その答えが何かも分からないまま、時間だけが過ぎていく。


そんなある日の午後、静かな部屋に微かな騒がしさが届いた。扉の向こうから、慌ただしい足音や人々の声がかすかに聞こえる。


「(……何かあったのかしら……)」


城の中が慌ただしいのは初めてではなかったが、今日は何かが違う気がした。ただの用事にしては足音が重く、誰かが慌てて駆けているような気配がある。


胸騒ぎを覚えたそのとき、扉が大きく開かれた。


「エリス様……!」


グレイが息を切らしながら駆け込んできた。普段は物静かで、決して感情を露わにしない彼が、今は顔を紅潮させ、目元を濡らしながら、エリスの前で膝をついた。


「エリス様……!無礼を承知でお願いします!どうか、どうか、ラシェル様をお救いください!」


震える声で紡がれた名前に、エリスはヒュッと息を呑んだ。

両手を握りしめ、唇を噛みしめて懇願する姿は、普段の彼からは想像もつかないほど痛ましいものだった。


「えっと……グ、グレイさん、落ち着いてください……!」


困惑するエリスの声に、グレイは深く頭を下げたまま涙を堪えている。

その背後から、重たい足音と共にグラハルドが現れた。


「グレイ、やめなさい。そのような真似をしても、彼女を混乱させるだけですよ」


「だが、このままでは……!」


「いい加減にしなさい。――エリス様、申し訳ありません」


静かながらも威厳ある声に、グレイは無言で従った。震える肩を落とし、静かに身を引く。その姿を見送りながら、エリスは戸惑いを隠せず、グラハルドを見上げた。


「……あの、説明をお願いできますか?」


その問いに、グラハルドは一度目を伏せ、覚悟を決めたように口を開く。


「本来であれば、レオン陛下の帰還を待ってからお伝えすべき話でした。しかし、今の状況ではもはや隠し通すのは不可能と判断いたしました」


エリスは静かに頷いた。心の奥がざわつく。ラシェルの名を聞くだけで胸が締めつけられるのはなぜなのか、答えを知るのが怖い気もしたが、目を背けるわけにはいかなかった。


グラハルドは深く息をついて語りはじめた。



数年前、ラシェルとその両親であるガレンとリサーナは城下町へと足を運んでいた。


ラシェルはリサーナと腕を組み、楽しげに通りを歩いていた。ガレンと護衛数名はその後ろから微笑ましく二人を見守っていた。


だがその平穏は、唐突に崩れる。


突如として現れた巨大な魔物。獣のような唸り声が響いた次の瞬間、牙を剥いた爪がラシェルに向かって振り下ろされた。


「その時……母親であるリサーナ様が、ラシェル様を庇ったのです」


グラハルドの声には悔しさと悲しみが滲んでいた。


リサーナは致命傷を負い、その場で息絶えた。ガレンと護衛たちは必死に魔物に立ち向かったが、敵はあまりにも強大で護衛は次々と倒れ、最後にガレンの一撃と魔物の爪が同時に交差し、両者はその場で絶命した。


そして――ラシェルにも爪は届いていた。

直接の致命傷ではなかったがその爪には毒があり、その日を境に目覚めることなくラシェルは昏睡状態となった。


「治療によって一命は取り留めておりますが……毒は完全には消えず、体力を奪い続けています。そして今現在、その毒により命の危機に瀕しています」


毒の影響は、今も彼女の身体を蝕み続けている。治療によりなんとか命を繋ぎとめているものの、容態は日に日に悪化しているという。


あまりの残酷な話にエリスは手で口元を覆った。

胸が、締めつけられる。目の前が少し霞んで見えたのは、差し込む光のせいか、それとも自分の目に浮かんだ涙のせいか。


「(ラシェル様は、陛下の大切なお方……)」


そう思うと、胸の奥にまたもあの棘が疼く。こんなにも苦しいのは、なぜ。

エリスは目を閉じ軽く息を吐いた後、決心した表情で顔を上げた。


「……ラシェル様に、会わせていただけますか?」


震える声で、けれどはっきりとエリスは言った。

その胸の痛みが、何に由来するものなのか――彼女自身もまだ、気づけずにいた。


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