第7話 その名は『もふもふ王国』!
その後、開拓の準備に必要な人員の調達には一月ほどかかるとのこと。その間に私たちの方でもやるべきことはたくさんある。
まずは、猫カフェの店名だ。もともと私の方で自信のある腹案があったので、それを披露するだけで、みんな拍手喝采で賛成してくれるはず――。
「店の名前は『にゃんこ王国』にしますわ!」
「なんか猫っぽいニャー。俺は反対だニャー」
「少し幼稚っぽい感じがしますね」
残念なことに、キャトラにもサラにも素晴らしさを理解してもらえなかったようだ。二人には、あらかじめ率直で辛口な意見をして欲しいと伝えているのだが、辛辣すぎじゃないだろうか。だが少し反対されたくらいで、あきらめる私ではないのである。
「この店は、あくまで猫カフェですよ。中身が猫でなかったとしても猫カフェであることに違いはないです。それに、にゃんこ、って可愛い感じじゃないですか!」
「猫だと思って入ったら、虎だったなんて、詐欺もいいとこニャー!」
「可愛いって言うより、あざといと思いますよ」
その後も、何度か手を変え品を変えて説得してみたけど、同意を得るまでには至らなかった。無念……。
断腸の思いで自信作をあきらめ、最後に悩んだ二択のうち、もう一つの案を提示してみることにした。
「それでは、『もふもふ王国』というのはいかがですか?」
「猫っぽい感じではないから、問題ないニャー!」
「それなら……。いいんじゃないかと思います」
「……なんで俺を見るニャー?」
代案は思いのほか好意的に受け止められた。『にゃんこ王国』の時には二人とも絶対に認めないという姿勢だったのが、『もふもふ王国』では、一転して好意的に受け入れられたことに面食らいつつも店名を決定。
次いで絵師と設計士を現場に派遣して、描いてきてもらった図面を元に、内装と外装を考える予定だったが――。
「城が盗賊団に占拠されているですって?」
「はい、城を出入りする人たちを発見したので、僕たちが図面を描いている間に護衛の方に偵察してもらいました。かなり大規模な盗賊団のようですね」
「不法占拠ですか……困りましたね」
いくら不法占拠していたからといって、彼らに所有権が移ることはないけど厄介なことには変わらない。
「全員、殺してしまえばいいんじゃないのかニャー? お前の力なら楽勝だと思うニャー」
「全員倒すだけなら問題ありません。ですが、ただ倒せばいいという話ではないのですわ。まず、殺すのはダメです。それと、建物に被害が出るような方法は使えません。それから、一人でも逃がしてはいけません。猫カフェを開いてからのことを考えると、制約が大きいのですわ」
殺すのがダメというのは、建物の住民に死者が出たら事故物件確定である。癒しの空間にするつもりなのに事故物件では客足も遠のくというものだ。バレなければいいという意見もあるけど、バレた時のリスクを考えたら誠実にするべきだろう。
建物の被害も当然。私たちが運営するのは猫カフェであって、お化け屋敷や心霊スポットじゃない。膨大だけど制御しきれていない私の魔力で魔法をぶっ放した日には、城自体が廃墟のようになってしまうだろう。そこまでいかなくても血とかが飛び散ったら、落とすのが大変だし不穏すぎる。
一人も逃がさないというのは援軍を呼ばれないようにするためだ。猫カフェを開いた後で物騒な連中など来た日には客足が遠のくだろうし、何よりお客様にも迷惑だ。
「めんどくさいことニャー」
理由をキャトラに説明すると、目を細めて嫌そうにしていた。
「そうなんだよね。でも、これは現地に行ってみないと何とも言えないかな?」
「先送りしただけニャー」
「まあまあ、ここで色々と考えても意味がないからね」
というわけで、盗賊団対策は現地の様子を見ながら決めることにした。
他には看板の製作や家具の調達、紅茶やコーヒーの仕入れなどを進めていく。その間の変化として、アーネスト領ではペット魔獣がブームとなっていた。
最初のうちこそキャトラを怖がっていた領民たちだけど、一週間もすると慣れてきて、餌を与えるようになっていた。キャトラ自身も「何もしなくても餌が来るニャー」と、ご満悦の様子。
そんなキャトラを可愛いと思う人たちが現れた結果、自分たちもペット魔獣が欲しいということで、魔獣使いから購入する人が増えた。魔獣使いも購入希望者が殺到したことで、普段では考えられないほどの収入を得る魔獣使いが現れてしまった。
「まさに魔獣使いバブルって感じだわ。すぐに弾けそうだけどね」
「簡単に弾けるからバブルって、お前にしてはなかなか上手い表現じゃないかニャー」
「別に私が考えた言葉ではないけどね」
それはさておき、このバブルで成り上がった魔獣使いが現れたのは事実。その噂を聞きつけた王国中の魔獣使いが、二匹目のどじょうを求めてアーネスト領に殺到した。魔獣使いは王国全体で見ても数が多いわけではない。それでも一カ所に集まれば十分な供給量となる。
そのおかげで高騰しかけたペット魔獣の価格も、今はだいぶ安定している。一時期ほど儲けることは難しくなったとはいえ、安定して需要があるアーネスト領に参入しようとしている魔獣使いは少なくない。
「そのバブルのせいで、アーネスト領で販売する魔獣使いが登録制になったのですよね。猫カフェの準備で忙しいというのに、仕事を増やさないで欲しいわ」
「準備といっても、作業は他の人にやらせてるから暇そうじゃないかニャー」
「キャトラに言われたくはないわ……」
作業どころか日がな一日ゴロゴロして、領民が持ってくる餌を食べるという生活。まさに食っちゃ寝だ。「そのうち太るぞ?」とか言ったら、「魔獣は死なないし、病気も肥満もないニャー!」とかどこかで聞いたようなことを言っていた。
「そのうち育てた魔獣同士を戦わせたりとかする施設とかできるんじゃないだろうか……」
「すでにあるけどニャー。俺は出禁食らってて戦えないけどニャー!」
「えっ? あるの?」
「そうニャー。魔獣コロシアムなんてのもできてるニャー」
いつの間にか、本格的な対戦施設まで作られていたことに驚きだった。領都の外れの方に何やら建てているのは知っていたけどね。領主の娘ではあるけど領主代理じゃない。領内のことを知らなかったとしても不思議ではない。
「それよりも何で出禁なの?」
「勝つと骨付き肉が貰えるから、しょっちゅう参加してたニャー!」
「いやいや、餌なら毎日たくさん食べてるでしょ?」
「骨付き肉は餌じゃないニャー。あれは名誉の証なのニャー」
「食べるわけじゃないってことか……」
「食べるに決まってるニャー。そんな、もったいないことはしないニャー!」
やっぱり餌じゃないか。時々ふらっとどこかに行っていたけど、それが理由だったのかと、今さらになって気付いた。それより出禁食らってるって、どれだけ荒らしたのか考えたくない。
――そんなことがありつつ、私たちは出発の日を無事に迎えることができた。