第6話 スカウトしたのは伝説の魔獣でした!
馬車に戻ると、みんなが出迎えてくれる――はずだったのだけど、後ろからついて来ているキャトラの姿に、みんな驚いていた。
それでもサラは、その実力の裏付けもあって、警戒しながらも私の方に駆け寄ってきてくれた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですわ。こちらはキャトラよ。猫カフェに協力してくれることになりましたわ」
「よろしく頼むニャー!」
「ほ、ホワイトタイガーが喋った?!」
「そんなバカな……」
サラだけじゃなくて、遅れてやってきた護衛たちまでも、キャトラが人間の言葉を話したことに驚いていた。私は受け入れつつあったけど、魔獣とはいえ、人の言葉を理解するだけではなくて、話すことまでできるとなると非常に珍しいようだ。
「ホワイトタイガーなんかと一緒にするんじゃないニャー。俺はコキュートスタイガーなんだニャー」
「こ、コキュートスタイガー?! 伝説の魔獣じゃないですか……」
「サラ、知ってるの?」
「ええ、ホワイトタイガーの上位種にはアイシクルタイガーというのがいるんですが……。コキュートスタイガーは、その上位。記録にしか残っていないために、伝説の魔獣と言われています」
「へ、へぇ、そうなのですね……」
最初はホワイトタイガーと間違えられていてプリプリと怒っていたキャトラも、サラの当然とも言えるヨイショに対して、頬が緩み、しまいにはドヤ顔になって私を見下ろしていた。
「そうニャー。俺は強いニャー。俺とまともにやり合えるのは、ブラックドラゴンとかフェンリルとかキュウビとかくらいニャー」
「全部……伝説上の存在ですよね?!」
「サラ、詳しいね」
「ええ、ロバートさんについて冒険者をやっておりましたので……」
サラが冒険者だったことは意外に思ったけど、王宮でもロバートと共に騎士をあっさりと倒していたことを考えると、納得だった。
「そういうわけだから、お前も泣いて喜ぶニャー」
「まさか伝説の魔獣が、人間に手懐けられるとは思いませんでした」
「人間ごときに従ったりしないニャー!」
キャトラが大人しく従っていることに、サラが驚いている。だけど、それ以上にキャトラに人間扱いされていないことが地味にショックだった。
「私は人間ですが……?」
「お前が人間なんてありえないニャー。闇、というか深淵の気配が駄々洩れニャー。魔王よりに化け物じゃないかニャー」
先日、私が王宮で深淵に侵食された影響だろうか。キャトラには感じ取れる程度の深淵の残り香のようなものが残っているらしい。
キャトラを簡単にスカウトできたことは喜ばしいことだけれど、それが私を侵食しようとしている深淵の力によるものだとすると素直に喜ぶことができなかった。
「何かの間違いではございませんこと?」
「そんなわけあるかニャー! 魔獣は深淵より生まれるニャー。いわゆる、俺たちのママみたいなものなんだニャー。その気配を間違えたりするはずないんだニャー」
キャトラの言い方からすると、私は魔獣の母親みたいな存在なのだろう。そのことが少しだけショックではあった。
「――私がキャトラの母親だとしたら、もっと愛でても大丈夫ってこと?」
「やめるニャー。俺は、もうママに甘える年じゃないニャー!」
ママと言ってる分際で、甘える年じゃないというのは、いかがなものだろう。ためしにキャトラを抱きしめようとしたら、「恥ずかしいからやめるニャー」とか言われた。
「次の魔獣になかなか遭遇しないですわね……」
キャトラだけでも大収穫だと言えるけど、猫カフェを開くなら、もう少し数も欲しいところ。しかし、次の出会いへの期待とは裏腹に、なかなか魔獣に遭遇しない。
「おかしいですね。この山道は魔物の巣窟と言われるほど頻繁に魔物に襲われるんですが……」
「それは異常事態かもしれませんわね。次の休憩の際に、護衛の方と共有しておきましょう」
次の休憩場所で、私とサラは感じた懸念を護衛の方々と共有する。彼らも違和感を感じていたようで、警戒を強めてはいるけれど、何の気配も感じられないことを不審に思っていた。
「別におかしいことはないニャー。何も出てこないのは俺が一緒にいるからニャー」
「はっ、まさか……。キャトラの気配が強すぎて、魔物達が逃げ出した……?」
「俺がお前たちに付いていってるから、魔獣たちはみんな避けるようにしてるニャー。山のふもとは今頃パニックになってるニャー」
実際に体験したわけじゃないけど、強力な魔物が移動した場合、それを恐れた別の魔物達が生息範囲を変えるということはよくある。その結果、想定外に強い魔物がふもとの村や街道に現れたりするのだけど……。
「今頃、王都と辺境伯領を結ぶ街道に強力な魔物が現れているかもしれません……」
「そうなんだ……。そっち行ってた方がよかったのかな?」
「俺よりも、そんなザコどもを選ぶのかニャー。酷すぎるニャー」
街道を行っていたら、より多くの魔獣をスカウトできた可能性があったのだろう。少しだけ後悔していたら、キャトラが拗ねてしまった。
「いえ、それはありません。私たちがキャトラに遭遇した場所だと、魔獣たちが街道に押しやられるほどでもありません。むしろ、お嬢様がキャトラを従えたことで、街道に魔獣が現れるようになったというところでございます」
「えっ、それって私が原因と言うことではありませんの?」
街道に現れた魔物は直接関係はないのだろうけど、私が原因で誰かが強力な魔物に襲われたと考えたら、悪いことをしてしまった。
「気にする必要なんてないニャー。俺だって何もしていないのに、勝手にビビッて逃げ出すヤツらが悪いんだニャー」
「わかりましたわ。被害に遭った方には、後ほど謝罪に参ることにしますわ」
意気消沈する私をキャトラがぶっきらぼうな言葉で慰める。そのことで少し救われた私は、前向きな気持ちで先を進むことにした。
領都の屋敷に着いた私たちは、馬車を降りて入口へと向かう。あらかじめ、護衛の人に先触れをしてもらったため、混乱こそなかったがキャトラの存在によって、あからさまに警戒されていた。
「お、お嬢様。長旅、お、おつかれ、さまです!」
領主代行のグレイが警戒しながらも、私に駆け寄ってきて挨拶する。キャトラは屋敷に入れる大きさではないので、魔獣用の厩舎に連れて行ってもらう。その後、部屋に案内してもらう途中、彼が思い出したように報告してきた。
「お嬢様。すでに意味はありませんが、こちらにルイス王太子殿下とユメリア男爵令嬢がいらしゃる予定でした」
「えっ、何で彼らが……?」
「なんでも、婚約破棄について話し合う予定だということで……」
「そんな予定ありませんが?」
すでにルイスとの婚約破棄は私の中では成立している。父も認めているし、正式に許可が下りるのは時間の問題だろう。
こちらが下手に出ていた時は居丈高だったくせに、関係を切ろうとしてきたら粘着してくるなんて、ろくでもないやつらだ。ホントに「こっち見んな」と言いたい。
「左様でございましたか……。ご安心ください、彼らは途中の馬車で強力な魔物に襲われて、王都に逃げ帰られたようでございます。その後、街道は封鎖されておりますので、しばらくはやってこないかと」
封鎖されて迷惑を被った人には申し訳ないけど、直接の被害にあったのが彼らだったことは不幸中の幸いだった。
被害に遭った方には後ほど謝罪に? いやいや、行くわけないでしょ。あの二人に謝罪なんていらない。
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