第4話 ゆったりとした一日
「お嬢様、大丈夫ですか?」
タウンハウスに帰ってきた私は、極限状態だったせいか緊張がゆるんで倒れるように眠ってしまったようだ。
昨日の出来事――私が男たちに襲われかけ、サラが私を助け、私が怒りのままにリーダーをひき肉になるまで殴り殺した。殺したことにショックを受けるかと思ったけど、そんなことはなかった。
あの男たちは、私を辱めようとした報いを受けただけだったし、何よりリーダーを殴り飛ばしている間、自分であって自分ではないような感覚で、まるで映画でも見ているかのように他人事だったし、それまでのこともあって、むしろスカッとした気持ちの方が大きかった。
『憎いか、悔しいか――。ならば深淵を受け入れよ!』
あの時、私の心に響いてきた声。それは間違いなく『深淵の愛し子』である私を取り込むためのものだ。ほんの僅か取り込んだだけにもかかわらず、絶大な力を振るい、その代償として心を大きく削られる。割に合わない力だ。
「大丈夫ですわ。昨日は想定外のことが起こりすぎて少々疲れたようです」
「昨日は、だいぶ取り乱しておられましたので、しばらくは静養した方がよろしいかと」
サラも昨日の私の異様な雰囲気に懸念を示しているものの、そこまで重くは考えていないようだ。多少やり過ぎたかもしれないが、サラも王族のルイスは生かして、騎士は全員殺すつもりだったことも大きい。あえて触れることはしなかった。
「そうですわね。ゲームの強制力だとした厄介ですし……」
「ゲーム?」
「失礼、言葉のあやですわ」
ゲームの中では、ルイスに婚約破棄を突きつけられたことで深淵に取り込まれて、裏ボスとしてヒロインの前に立ち塞がる。今の私にはルイスに対する執着など全くないし大丈夫だろう。でも、昨日のようにゲームの強制力として別の形で私を裏ボスにしようとする可能性が無いとは言い切れない。
「やはり、裏ボス回避のためにも『癒し』が必要ですわね。そして、『癒し』と言えば、猫カフェ一択ですわ!」
そう、私にとっての癒しとは、すなわち猫カフェ。いずれは猫カフェを開きたいと思っていたけれど、私を裏ボスにしようという強制力に対抗するためには、早急に猫カフェを作って癒されなければいけないだろう。
もちろん、これは独りよがりのものではない。私が癒されることによって裏ボス化が回避されれば、世界が危機にさらされることはなくなる。
「そうですわ。私は猫カフェで世界を救うために、前世の記憶を取り戻したに違いありませんわ!」
しかし、そんな私のひらめきは隣に控えていたサラに理解されるはずもなく、少しだけ視線が冷ややかなものとなった。
「まだ、お疲れのようでございますね。本日は予定もありませんので、ごゆっくりお休みください。まだ、魔力阻害薬の効果は多少残っていると思われますので、無理はなさいませぬよう」
サラはニッコリと微笑んだ。そして、紅茶を淹れて部屋から出ていく。残されたのはカップから湯気が立ち上る紅茶だけ。昨日のこともあって躊躇う気持ちはあるけど、サラがせっかく淹れてくれた紅茶なので、ゆっくりと口をつける。
「あっっ、美味しい……」
置かれた紅茶のカップを手に取り一口。美味しい紅茶を飲むという幸福感によって、心が満たされるのを感じた。
その日は、一日中ゆっくりして休んだおかげで心身共にだいぶ回復した。ふとしたきっかけでトラウマが蘇りそうな恐怖心はあるが、日常生活を送る上では支障はないだろう。
「エリィ、大丈夫だったか?!」
翌朝、目を覚ますと父が部屋へと入ってきた。昨日はサラから安静にする必要があると聞かされていたため、そっとしておいたようだ。それでも娘の容態を心配していたらしく、朝イチで私の部屋を訪ねに来たらしい。
「大丈夫です。一昨日は色々ありまして疲れ果ててしまいましたが、昨日一日休んで調子も戻ってきました」
「そうか、それはよかった。婚約破棄の話については、いったん儂が話をしておくとしよう。エリィはしばらく領地で静養するというのはどうだ?」
「いいですね。そうさせていただきたいと思います」
一昨日の件で身の危険を感じた私にとって、父の提案は渡りに舟だった。すぐに了承すると、父はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「静養するにあたって、何か欲しいものはあるか?」
「欲しいもの……」
おそらく、父は静養の効果を上げるために、私が喜ぶものを用意してくれるつもりなのだろう。一昨日の出来事についてサラから報告が上がっているとすれば、結果として事態を招いた罪悪感を感じているのかもしれない。
「それであれば、猫カフェが欲しいです」
「猫カフェ、とは?」
「猫と触れ合うことで癒される場所なんです。きっと静養の効果も上がりますわ!」
「なるほど……。しかし、儂は猫カフェがどういうものか分からんから、用意しようがないのだが」
猫カフェを作る目的は世界を救うためではあるが、そんなことを言っても理解されないだろう。父も私の静養のためであれば用意したいという気持ちはあるようだ。だけど、分からないものを用意はできないようで、少し気落ちしたように肩を落としていた。
「猫カフェの用意は私の方で行いますので、猫カフェに使えそうな建物を用意いただければ……」
「なるほど、それなら何とかなりそうだ。領地の北側の地域が手付かずなのは知っているだろう?」
「はい、先だって侵攻してきた帝国と魔国の連合軍を撃退した時に、賠償として手に入れた土地ですよね?」
私が確認のために訊ねると、父は口を引き結んでしっかりとうなずいた。
「その通りだ。しかし、あそこは王国からだと山や森で遮られていて交通の便が悪い。おかげで開拓が難航しているのだ」
「そこをついでに開拓して欲しいということですか?」
「そうだ、開拓支援のために予算も少し多めに回そう。それを猫カフェを作る足しにするがいい」
「ありがとうございます。それでは、さっそく準備をいたします!」
私が元気になった様子を見て、父は穏やかな笑みを浮かべる。そして仕事をするために部屋から出ていった。
こちらの作品は大幅に改稿いたしました。
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