第3話 徹底抗戦!
「な、何をするんですか?!」
突然のルイスの行動に驚いて、彼を突き飛ばす。同時に、距離を取るために身体強化を使おうとして、激痛が走る。
「うわぁぁぁぁ!」
あまりの痛みに足がもつれて転倒し、転げまわる。そんな私の様子を見下ろしながら、ルイスは嘲るように笑っていた。
「くっくっく、魔力阻害薬を紅茶に混ぜておいたのさ。魔力を動かすと激痛が走る。お前ほどの魔力なら、さぞかし痛みも大きかろう」
「ひ、卑怯、ですわっ!」
ルイスも身体能力を使うことはできるものの、魔力は一般人程度。素の身体能力で互角といったところだろう。時間稼ぎくらいならできる、と思っていたが、次の瞬間、部屋の隠し扉から屈強な王国騎士が六名、部屋に入ってきた。
「くっくっく。いい加減、あきらめることだな。お前ら、こいつを押さえつけろ! いいか、俺が一番先にやるからな。終わったらお前らが好きに使え!」
「くそっ、この下衆めがっ!」
「そんな強がり、いつまで言ってられるかな? やれっ!」
「きゃっ、や、やめなさいっ!」
騎士が私の手足を押さえつけ、足を大きく開く。スカートがめくれ上がり、薄布一枚で隠された下半身が露になる。しかし、その一枚も一瞬で騎士に引きちぎられ、私の大事な場所が男たちの視線に晒される。
「くっ、本当に許さないから!」
「そんなことも言ってられるのも今のうちだ。そんなこと言えなくなるくらいまで犯してやる!」
「い、いや、いやぁぁぁ!」
私が押さえつけられている間に、ルイスの方も下半身をむき出しにして準備万端な状態でのし掛かる。
「い、いや、た、助けてぇぇぇ!」
「ゲスが。お嬢様から離れろ!」
「うぎゃぁぁ!」
ドスの利いた低い声が部屋の中に響く、それと同時にルイスの背後に現れたサラの回し蹴りによって吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。そのままズルズルと地面に滑り落ちて、力なくへたり込んだ。
「貴様、よくも殿下を!」
「この極悪人め! 成敗してくれるわ!」
一斉にサラを取り囲む騎士たち。私から見れば、こいつらの方が極悪人だが。しかし、サラは囲まれていながらも涼しい表情で彼らをにらみつけていた。
「死にたいやつからかかってきなさい!」
「うおぉぉぉ――ッッ!」
サラの挑発に騎士の一人が剣を振りかぶる。だが、それが振り下ろされるより前に、彼の喉にはナイフが突き刺さっていた。
「遅いわよ」
「あがぁぁぁ……」
サラが騎士の首を背後から打ち付けると、ナイフがするりと抜け、噴水のように血が噴き出し、他の五人の全身に降り注ぐ。その騎士は、そのまま力尽き、どぅ、と前のめりに倒れた。
「くそっ、殺せ、殺せぇぇぇッッッ!」
「「「うおぁぁぁ!」」」
リーダーと思しき騎士の指示により四人の騎士が叫び声を上げながらサラに迫る。しかし、サラは踊るように彼らの攻撃を回避し、すれ違いざまに眉間に、こめかみに、喉に、心臓に、ナイフを突き立てていく。体にナイフを生やしながらもつれ合う騎士たちは、前衛芸術のような奇抜なオブジェクトとなって絡まり合っていた。
「「「うぼぁぁぁ……」」」
死にかけの状態でまともに体が動かないのだろう。うめき声を漏らしながら、わずかにピクピクと手足が動くだけだった。
「あとは、あなただけですね」
「ひっ、ま、待てっ!」
「待って、サラ。そいつは、私がやりますわ!」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ、私だって、こいつらには恨みがありますわ」
「わかりました、どうかご存分に」
私の表情をうかがっていたサラだが、退くつもりが無いことを理解したのか、大人しく道を開ける。
「くっくっく、バカなヤツめ。お前は道連れだ!」
舐めた口を利くリーダーを一瞥すると、私はありったけの魔力を使って身体強化を使う。全身に激痛が迸り、死神の鎌のように私の意識を刈り取ろうとする。
「うぐぅぅぅぅ!」
先ほど男たちに襲われかけたことが脳裏をよぎり、憤怒と憎悪が燃え上がる。
『憎いか、悔しいか――。ならば深淵を受け入れよ!』
私の心に深い闇が囁きかける。それは憤怒と憎悪を体現したような、おぞましいものだった。それを完全に受け入れるほどではないものの、その闇はわずかに私の心の中に流れ込んでくる。それだけで激痛はやわらぎ、私の体は驚くほど軽く感じられるようになった。
――バシュン! ボキッ!
「ギャッッ!」
私が指を弾くことによって生まれた空気の弾丸。それがリーダーの右腕の骨をへし折った。剣を取り落としたリーダーは状況がつかめず、目を白黒させている。そんなことなどお構いなしに、私は次々と指を弾いて、リーダーの左腕、右脚、左脚を次々と折っていく。
異常なほど身体強化された私の指弾にとって、リーダーの骨はつまようじのようにたやすく折ることができる。
「これで、逃げられませんわね」
「ひいッ、た、助けッッ!」
「ふふふ、私が助けてって言った時、助けてくれました? 助けなかったですわよね!」
「ごばぁっ!」
手足が動かせなくなって、地べたに這いつくばるリーダーの顔面に正拳突きを見舞う。鼻を中心にして、顔面が大きく陥没してただの肉塊のような見た目になった。
「抵抗できない人間をいたぶるのがお好きなようですので、たっぷり味あわせて差し上げますわ!」
「げぼぉぉぉ!」
リーダーの鳩尾に一発お見舞いすると、汚物を撒き散らしながら、転げまわる。
「ついでに、その下品なモノも潰しておいてあげますわ!」
「うぎゃぁぁぁぁ!」
リーダーの下半身に蹴りを入れると、グシャッという音と共に、腰のあたりが肉塊となる。あまりの激痛に絶叫するも、私の心には何一つ響かない。
「その程度で音を上げられては困りますわ。ほら、ほら、ほらぁぁぁ!」
リーダーの全身を殴る、蹴る、ひたすら殴る。身体強化によって骨すらも、私の拳でたやすく粉々になっていく。
「お嬢様、もうやめましょう。すでに、原形をとどめておりません」
「はっ、私は一体何を……。痛っ!」
私の心を覆っていた闇が晴れる。それと同時に激痛がぶり返してきた。
「増援が来る前に脱出しましょう」
「そうね。先導、お願いできるかしら?」
「おまかせください」
「おっと、逃がすわけにはいかねえな!」
馬車へと向かう私たちの前に、フルプレートを着た巨体の男が立ち塞がった。明らかに雑魚とは違う風格に、サラが私を庇うように立つ。
「お嬢様、ご無事でしたか。サラも」
男の向こうから執事のロバートが駆け寄ってくる。
「おっと、ここから先は行かせねぇぜ」
「現近衛騎士団長ゲスール。先代とは違って、だいぶ野蛮な輩ですな」
「うるせぇ、先代みたいな弱っちいやつと比べるんじゃねえ!」
「はてさて、あなたより先代の方がよほど圧が強かったですけどね」
「黙れッッッ!」
力任せに振り下ろされるゲスールのハルバードを、ロバートは右手に持ったロッドで事も無げに受け止める。それどころか、ロバートのロッドの動きに合わせてハルバードが躍らされるようだ。
「なんだよ、それは! ふざけんじゃねえぞ!」
「しょせん、この程度、ですか」
ロバートはため息をついてロッドを投げ捨てる。
「がははは。バカめ、自分から武器を捨てやがった!」
「――言い忘れてましたが、私は素手の方が得意なんですよね」
ゲスールは勝ち誇ったような顔でハルバードを振り回す。しかし、ロバートは涼しい顔で回避すると、彼の顔面に左回し蹴りと右後ろ回し蹴り、地面を蹴って掌底を顎に、落ちる勢いでかかと落としを決める。
一瞬の間にわずか四発。ハルバードを引き戻す暇さえ与えられず、ゲスールの意識を刈り取る。白目をむいて仰向けに倒れたゲスールを放置して、私たちは馬車に乗り込みタウンハウスへと戻った。