第14話 謝罪と賠償?
シャルダンが来なくなってから三日後、それ以降、客が一人もやってこないことから危機感を抱いた私たちは、対策会議を開いた。
「やっぱりキャトラが、お客さんを半殺しにしたのが原因なのですわ」
「やれって言われたからやっただけニャー。自信満々に『大丈夫だ、問題ない』とか言われたら、どうしようもないニャー!」
「とりあえず、いかなる理由があったとしても半殺しにするのはダメです!」
「しかし……。その男はただの客だったのでしょうか?」
キャトラの言い訳めいたセリフを、サラが一刀両断にする。落ち込むキャトラを後目に、ロバートが不穏なことを尋ねる。
「私が見た限りでは、タダのお客様でしたわ」
「ふむ……。二回目の時は警戒をしておったのですが、まったく気づきませんでした。相当な手練れの可能性がございます」
さすがに手練れはないだろう。たしかに慎重に動いているようには見えたけど、初日は私に背後取られてたし、さほど強そうには見えなかった。何よりキャトラにあっさりと半殺しにされている時点で、手練れなはずがないだろう。
「それはあり得ませんわね。あの程度の力量で手練れなどと……」
「お嬢様基準で判断してはいけませんよ」
「手練れだからって癒しが必要ないわけではありません。お客様が誰であっても、猫と触れ合うことで得られる癒しを提供するのが役割ですわ」
先日の客は半殺しになってしまったけど、あれは客が無茶な要求をしてきたのも悪い。もふもふしないのかってキャトラが聞いたらしいけど、拒否していたらしい。何のために来たのやら……。
彼が何だったのか、という謎が残ったままではあるが……。客の要望だったとしても半殺しはダメということで結論が出た。もちろん、全殺しがダメなのは言わずもがな。
「お嬢様! 王国から手紙が届きました!」
一息ついていたところで、新人の獣人メイドであるキャロルが手紙を携えながら、血相を変えて飛び込んできた。
「今度は何の用なの?」
「いえ、ちょっとわからないです。中身もあらためておりませんので……」
「まあいいですわ。ここで読みましょう」
手紙を開くと、私の目にでかでかと『謝罪と賠償を要求する』という言葉がと飛び込んできた。さらに、その下には『ついでに婚約破棄は無効である』とも書いてある。私の婚約はついで扱いなのが腹立つが、それ以上に謝罪と賠償を要求されるようなことは何もしていない。
「まったく、何も身に覚えがないんだけど……」
それでも内容くらいは確認してやろうかと、続きを読んでみる。どうやら、アーネスト領に端を発するペット魔獣ブームが関係しているらしい。
「なになに、ペット魔獣が流行っているということで、ユメリアに王家のお金でペット魔獣を十匹ほど買ってあげた? ブームのせいで高騰していた責任を取って謝罪と賠償を速やかにすべし?! 意味がわからないのですけど……」
手紙を読み上げて、まったく意味がわからなくて戸惑っていると隣からサラが経緯を説明してくれた。
「アーネスト領に魔獣使いが集まってきたせいで、他の地域のペット魔獣の供給が追い付かないようですね。そんな中でブームが起きたものですから、転売屋が値段をつり上げてるせいで価格が十倍以上になっているみたいです」
「転売ヤーに引っかかるなんて、王家はバカなのですか?」
「そこはお察しで……」
以前、王家の被害者になった私とサラの彼らに対する評価は底を打っている。手紙の内容のバカさ加減をこき下ろすだけ。
「まあ、いいですわ。こちらの手紙を送っておいてくださいませ」
「かしこまりました」
キャロルに『転売ヤーに引っかかるなんて自業自得ですわ』という内容に加えて、婚約破棄の正当性について書き添えた手紙を渡す。
「あと、こちらがユメリア男爵令嬢からのお手紙です」
「えっ、何で?」
とりあえず受け取って中を読んでみる。そこには、私からの婚約破棄は認められないということと、ルイスから卒業パーティーで婚約破棄されるのを待って、みじめに縋りつくように、という内容が書かれていた。
「何のことでしょうか?」
よくわからなかったので、『どうせ婚約破棄されるなら、いつしても問題ないですよね?』と返事を書いて、こちらもキャロルに渡す。
未遂に終わったけど、彼らは辺境伯領まで押しかけようとしてきた連中。だんだんと行動がストーカーじみてきて怖いのだけど。
「そう言えば、お嬢様。そろそろ学園にお戻りにならないと、出席日数が足りなくなるのでは?」
「……すっかり忘れてましたわ」
ルイスに婚約破棄を宣言してからの怒涛の日々のせいで、学園のことをすっかり忘れていた。サラもユメリアの手紙に書かれた卒業パーティーで思い出したのではないだろうか。
「とはいえ、猫カフェ『もふもふ王国』もようやく軌道に乗ったところ。キャトラ一人では不安ですわ」
「それなら、俺が友人を紹介してやるニャー。竜と狼と狐なら、どれがいいかニャー?」
「うーん、それなら狼にしましょうか」
キャトラが候補をあげてくれたので、狼を選ぶ。狼なら犬に近いし、コンセプトから大きく外れることもないだろう。しかし、キャトラは露骨に顔をしかめる。
「ヤツかニャー。そこまで仲がいいわけじゃないが、問題ないニャー」
「友人ではないのですの?」
「友人だが、比較的、仲が良くないニャー。あくまで比較的、だからなニャー?」
友人という割には、何となく会いたくなさそうに見えて不思議な感じだが、キャトラが紹介してくれるということであれば、簡単にスカウトできるだろう。
「そうなのですか。でも、期待していますよ。キャトラが紹介してくれれば、スカウトもしやすいでしょうし」
「あー、そこは期待しないでもらいたいのだがニャー……」
突如としてトーンダウンするキャトラに、そこはかとなく不安を感じる。
「厳しそうなら、他のからでもいいですけど……」
「そんなことはないニャー。大丈夫だニャー!」
「わかりました。それでは狼さんをスカウトにいきますわ!」
「そしたら、国境沿いの森に行くニャー」
こうして、キャトラの案内のもと、新しい猫スタッフ獲得のために、国境にある森へと足を運ぶのだった。