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第12話 二度目の来店

「くそっ、何なんだ。あの女は……」


『もふもふ王国』から逃げ延びたシャルダンが悪態をつく。曲がりなりにも彼は魔国諜報部のトップ。気配を消した彼を捉えられるものはほとんどいない。


「なんで、当たり前のように私の背後に……。しかもあっちの気配は全く分からなかったんだが……」


 彼が思わず逃げ出した理由――それは潜入調査していたからではない。彼が長年培ってきた数々の諜報に関わる技術を年端もいかない少女にたやすく超えられてしまったからだ。


「くそっ、ホントに振り切ったのか……?」


 何より恐ろしいのが、気配を感じ取れなかったこと。警戒心の高い任務中であるにも関わらず、あっさりと背後を取られることが、どれほど恐ろしいことか。


 今でも、もしかしたら背後から現れるかもしれないと考えると、シャルダンは気が狂いそうだった。


「逆に宿の方が安全か……」


 幸運にも、『もふもふ王国』には一軒だけだが宿があり、シャルダンはそこへ駆け込んだ。


「いらっしゃいませ、ご一泊ですか?」

「いや、とりあえず一週間ほどお願いしたい」

「かしこまりました。それでは1750ゴールドになります!」


 シャルダンが支払いを済ませると、奥の方から子供と大型犬ほどのサイズの角ウサギがやってきた。


「ラビちゃん。まてぇぇぇ!」

「こら、お客さん来てるんだから、ちゃんと大人しくさせておきなさい!」

「はぁい。ラビちゃん、いこっ」


 角ウサギは、そこまで危険ではないとはいえ魔獣である。決して子供が遊ぶようなものではない。


「すみませんね。気にしないでください」

「いえ……。ちょっと、あの子と話をさせてもらってもいいですか?」

「それは構いませんが……」


 シャルダンが手招きをすると、猫耳の少女が角ウサギを引き連れて近寄ってきた。


「ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。ちなみに、このウサギはペットかい?」

「うん、可愛いでしょ?」

「えっ、そ、そうだね……」


 少女の言葉にシャルダンは言葉を詰まらせる。角ウサギは見た目こそ可愛いが、少女が言う言葉じゃない。


「イザくんのグレイちゃんも可愛いけどね。あっ、グレイウルフだから、グレイって名前ね」

「えっ、グレイウルフ?」

「そうそう、ラビちゃんよりもずっと大きいんだよ! もふもふしてて可愛いんだ!」

「いやいや、怖くないの?」

「えっ?」


 魔獣としてはどちらも小さい方だ。だが、恐怖の対象であることに違いはない。たしかにテイムして連れ歩くこともある。普通は大人が従えるだけで、子供が遊ぶようなことはない。


「最初はダメだって言ったんですけどね。外のお客さんが怖がるだろうし。でも、みんな持ってるから、ウサギなら良いかなってね」

「みんな? 魔獣を?」

「そうだね。隣の辺境伯ではブームらしくて、どこの家でも魔獣を飼ってるらしいんだけどね。それが飛び火して、みんな魔獣を飼っているって有様さ」

「……」


 シャルダンは絶句した。ペットと言えば聞こえはいいが、魔獣は戦争になれば優秀な兵士となる。それが至るところにいるという事実に、震えが止まらない。


「この魔獣もいざという時は戦わせることもあるのか?」


 震えそうになる声を抑えつつシャルダンは宿の女将に訊ねると、彼女は豪快に笑った。


「あははは、そんなわけないでしょ。戦うのは辺境伯の兵士の役目だしね。ボスのキャトラに比べたら、うちの子なんて大したことないから」

「キャトラちゃんだって可愛いじゃない! 戦わせるなんて可哀そうよ!」


 ペットを戦わせるような話になって、少女は憤慨する。魔獣としては弱い部類の角ウサギとはいえ、まともに戦えば兵士数名と互角に戦えるほど。それを大したことないと言わしめるキャトラという存在がいることに、シャルダンは背筋が凍りそうな感覚を覚えていた。


「ボス、というのは?」

「ボスって言ったら、『もふもふ王国』の一番偉い人に決まってるじゃないか。なんでも、辺境伯の娘さんらしくてね。この辺の開拓に着手するにあたって、私たちを拾ってくれたんだよ。ちなみに、キャトラはボスのペットの魔獣だね」

「そそ、でーっかい猫ちゃんなんだよ。真っ白できれいなんだ!」


 つま先立ちになって全力で手を広げる少女に、シャルダンは嫌な予感しかなかった。白い猫型の巨大な魔獣と言って思い当たるのはホワイトタイガー。熟練の兵士を数十名投入して狩るような凶悪な魔獣である。


 それと同時に昨日の出来事も腑に落ちる。ホワイトタイガーを手懐けるような実力であれば、シャルダンの背後を取れたとしても不思議ではない。


「だが、偶然だ。二度目はない……」


 昨日も警戒はしていたが、全力ではなかった。脅威とは言っても、自分に匹敵するような人間がいるとは思っていなかったからだ。


「話を聞くかぎり、私とアイツの実力はほぼ互角。昨晩は先手を取られたが、すぐに退避したのは正解だったということか……」


 シャルダンは、ホワイトタイガーに匹敵する力を持つ相手がいることを前提に、潜入調査の計画を修正した。


 ◇


 その日の夜、シャルダンは昨日よりも警戒しながら『もふもふ王国』へと向かっていた。その彼を私は遠くから見下ろしていた。


「いらっしゃいましたね。昨日は気配を消して背後から声をかけてしまいましたが……。サラたちの指導のおかげで気配を出したまま待機できるようになりましたし、今日は正面から待ち受けます!」


 私は、彼に先回りして、入口の扉の前に立つ。しばらく待っていると、扉の向こうから彼の気配が感じ取れた。


「さあ、来ますよ。来ますよ……」


 扉が開くのを、今か今かと待ち構える。もちろん、気配を消すような真似はしない。だけど、扉の向こう側にいるはずの彼が扉を開く気配がなかった。少し待ってみたけど、動く様子がなかったので、聞き耳を立ててみる。


「バカな……私がいることに気付いている? しかも、この気配はなんだ。ヤバい感じしかないぞ……」


 どうやら、期待のあまり気配がヤバい感じになっていたようだ。慌てて彼や扉に向けていた意識を別の方に向ける。しばらく待っていると、ゆっくりと扉が開いた。


「いらっしゃいませ! 『もふもふ王国』へようこそ!」

「ひっ! あ、ああ。あんたがボスか?」

「私はボスではありませんわ。店長――マネージャーとでも言った方がよろしいですわね」

「そ、そうか……あんたがボスじゃなかったんだな」

「当然ですわ」


 本当は獣人にもボスとか言うのはやめて欲しいのだが、何度言っても聞き入れて貰えないので、半ばあきらめている。


「それじゃあ、キャトラっていうのはいないのか?」

「あ、そちらはおりますよ。といっても今はキャトラしかいないのですが……」

「ほ、他にもいるのか?」

「いえ、もっと増やしたいとは思うのですけど、なかなか難しくて……」


 手懐けてしまえば問題ないのだけど、キャトラがいると他の魔獣が近づいてこないため、手懐けるどころか遭遇することすら難しい。頭の痛い問題だった。彼の方もキャトラだけで不満なのか、あからさまに顔をしかめている。


「キャトラはお気に召しませんでしょうか?」

「い、いや。そんなことはない」

「そうしましたら、一時間250ゴールドですがよろしいですか? キャトラと好きなことして遊べますよ。あ、でも危ないこととイヤらしいことはダメですからね」

「250ゴールドか。わかった、それじゃあ一時間で頼む」


 あっさりと了解した彼を奥へと連れていき、キャトラを紹介する。


「こちらがキャトラですわ」

「今日はよろしく頼むぞ」

「えっ、喋った?!」


 彼はキャトラを見て驚いていた。だけど、サラの指導でコキュートスタイガーだと明かすのは禁止だ。客を驚かせるのが目的ではないからね。あくまで喋るホワイトタイガーだと言い張る。


「少し珍しいですが、喋るホワイトタイガーですのよ」

「これ、本当にホワイトタイガーなのか?」

「もちろんですわ。何か疑問でも?」

「い、いや。大丈夫だ」


 少し疑われたけど、逆に聞き返したら、納得してくれたようだ。あとは二人の自由ということで、私は入口の方まで下がることにした。

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