第11話 初めてのお客さんです!
――魔国の首都デモリスにある魔王城、謁見の間にて。
「魔王様、大変でございます!」
「どうした?」
魔王ゴルゴンゾーラの元に、宰相であるカマンベールが一枚のチラシを手に駆けこんできた。
「我が国の目と鼻の先にある王国の土地に、新しい王国ができております!」
そのチラシには、新しく『もふもふ王国』という国が作られたことを喧伝する内容が書かれていた。魔国も元を辿れば帝国がシャイニール王国から奪い取った領地。王国に対抗するために作られた半独立国である。
「ぐぬぬ、シャイニール王国め。当てつけのように属国を作るとは……」
『もふもふ王国』の領地は、帝国が王国に攻め入って返り討ちにされた結果、奪い取られたものだ。そこに魔国と同じように半独立国を作ったということは、彼らに対する宣戦布告に等しい。
「くそっ、忌々しい! 今度は魔国そのものを滅ぼすつもりか!」
「由々しき事態でございます。いかがいたしましょう」
吐き捨てるように怒りを掃き出す魔王に、宰相が恐る恐る伺いを立てる。少しだけ冷静さを取り戻した魔王が、腕を組んで思案する。
「そうだな……。まずは敵情視察だろう。シャルダンを呼べ!」
「あ、あの男を? それは過大評価しすぎでは……」
「それに値する脅威だということだ!」
シャルダンは魔国諜報部のトップである。あらゆる潜入、調査、暗殺、謀略などをこなす貴重な人材である。それを魔王は『もふもふ王国』のために惜しみなく投入しようということだ。
「かしこまりました、早急に呼んでまいります」
「魔王様。本日はどのような用件で?」
シャルダンは魔王の前で恭しくお辞儀をして跪く。元々は平民で現場からの叩き上げでのし上がった男だが、その所作には貴族めいた優雅さがにじみ出ている。
「我が領地の近くに『もふもふ王国』なる国が作られたことは知っているな? これは間違いなく、シャイニール王国が我々を侵略するためのものだ。勇者や聖女といった茶番のようなものではなく、本格的なものだ」
魔王はチラシをかざしながら、シャルダンに告げる。シャイニール王国はたびたび魔国に対して勇者や聖女といった精鋭を送ってくるのだが、しょせんはゲリラのようなもの。適当にあしらっておけば満足して帰っていく。
「それでだ。お前が『もふもふ王国』の内情を調べてこい」
「私が、でございますか?」
「もちろんだ、今回は魔国存亡の危機と言える。本格的な侵攻が始まれば、帝国の支援は得られるだろう。だが、後手に回れば我々の被害は甚大なものとなる」
魔国の被害を抑えるためには、早い段階で帝国の支援を得る必要がある。そのために、魔国としては内情を把握しておく必要があった。
「かしこまりました。かような危機なれば、私自ら任に当たりましょう」
「頼むぞ」
シャルダンは一礼して、魔王の御前から下がる。その足で、『もふもふ王国』へと足を運ぶ。
「住民からは情報が得られないか……」
旅人に扮して王国領に潜入した彼は近隣住民からの情報を集めようとした。しかし、住民の口は堅く、彼の望む情報は得られない。それとなく『もふもふ王国』が魔国を侵略するという噂がある、と振ってみたけれど笑って流されてしまった。
それでも食い下がると、そんなに疑うなら『もふもふ王国』に行ってみればいいと言われる始末だ。
「どうやら極秘に動いているようだな。ここは『もふもふ王国』に直接乗り込んで探るしかないか……」
気乗りはしないが、シャルダンは慎重に『もふもふ王国』に潜入するための計画を立てるのだった。
◇
――シャルダンが『もふもふ王国』への潜入を決行する日、私は店に客が近づいてきている気配を感じて、外から様子を伺うことにした。隣にはキャトラもいる。夜行性なので昼間よりも元気そうに見える。
「なんニャー。客でも来たのかニャー?」
「そうです、やっと初めてのお客様ですよ!」
「たった一人じゃないかニャー!」
「たった一人、されど一人。ここで上手く対応することで、口コミでお客様が増えていくのですわ!」
深夜なので、他の従業員は勤務していない。彼に楽しんでもらえるかどうかは、私たちの頑張り次第だ。
「いいですか? 最初が肝心なんです。失敗は許されません。気合を入れていきますわよ!」
「大丈夫ニャー。どんだけ練習したと思ってるニャー!」
「それじゃあ、行きますわよ!」
私は客の方へ向かい、キャトラは中でスタンバイする。
男は周囲を気にしつつ砦の扉の脇に立ち、静かに扉を開けて中に入る。私は彼の背後に立ち、笑顔で元気よく挨拶をした。
「いらっしゃいませ! ようこそ、『もふもふ王国』へ!」
「ひぃっ!」
彼はビクッと肩を跳ねさせ、短く悲鳴を上げる。恐る恐る振り返ると、フードの中身が見えた。
「あ、魔族の方ですね! ささ、どうぞ奥へ!」
「ひっ!」
「遠いところから、わざわざ、ありがとうございます!」
魔族ということはチラシを見て来た人だろう。魔族は顔色が悪く、目にクマができていて目つきが鋭い。かつて人間と敵対していたこともあって、風当たりが強いのだけど、王国は領地の奪い合いがあったせいで、険悪な関係にある。
王国のトップである王家は異常なまでに敵視しているけど、薬を仕込んで襲ってきたクソ王家と客では、どちらが大事か言うまでもないだろう。
「し、し、失礼しましたァァァァァァ!」
丁寧な接客を心掛けたのだが、せっかく来てくれた客は物凄いスピードで走り去ってしまった。
「予想以上にシャイな方でしたね急に恥ずかしくなってしまったのでしょうか?」
「そんなわけあるかニャー! マジメに接客するニャー!」
「メチャクチャ、マニュアル通りのマジメな接客でしたよね?」
「それじゃあ、なんで気配消してたニャー?」
「えっ? それはいつもの癖で……」
「……ダメダメニャー」
五十歩百歩のキャトラにダメだしされてへこんだまま、その日は寝ることにした。
翌日、サラとロバートに昨日の出来事を報告する。
「お嬢様。普通の人は気配を消すなんてできないんですよ……」
「そうですな。お嬢様はまず、普通の接客をできるようになりましょう」
こうして、日中はサラとロバートから厳しい指導を受ける羽目になった。キャトラは優雅にお昼寝しているのに、解せぬ……。
こちらの作品は大幅に改稿いたしました。
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