第10話 いよいよ『もふもふ王国』オープンです!
「そちらから名乗るのが礼儀ではなくて?」
殺気の混じった気配をまとわせながら、男がにらみつける。だけど、この数日でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた私にとって、身構えるほどのものではない。
「くっ、お、俺の名前はリカルドだ! お前こそ名前を名乗りやがれ!」
「私は、エリザベス。エリザベス・アーネストですわ。ここを治めるアーネスト辺境伯の娘ですわよ!」
私の自己紹介に、リカルドは一瞬だけ目を見開いていたけど、すぐに怒りによって表情を歪める。
「お、お前が、辺境伯の……。お、お前のせいで、俺たちは魔国から……」
彼の言いたいことはわかる。元々、この地域は魔国の所有だった。魔国の王である魔王が王国へ侵攻するも撃退されて、その賠償として王国領へとなったのである。
「そもそも王国に侵攻してきたのが原因ではありませんか……」
そもそも辺境伯領と魔国の間には険しい山々と木々の生い茂った深い森でほとんどを遮られている。人がまともに通れるのは森と山の間にある一本道のみ。
無策で突っ込めば、当然、細長く伸びた隊列を順次撃破されるに決まっている。それでも攻めてきた以上は、よほどの理由があるのだろうけど……。
「うるさいっ! そのせいで、盗賊団に住むところを追われた俺たちは、森の近くで魔物に怯えながら暮らす羽目になったんだぞ!」
「わかってます。だからこそ、私がこうしてやってきたのですから。すぐに、この辺り一帯も多くの人が押しかけてくる人気スポットになりますよ!」
もちろん、口から出まかせではない。私が猫カフェをオープンさせれば、癒しを求める人たちが大勢やってくるはずである。この世界に癒しという競合はまったくない。いわばブルーオーシャンである。
「く、口から出まかせを!」
「ふふふ、そう言うと思いました。ですが、私には未来の光景が見えているのです。大勢のお客様が、私の猫カフェを目指して、長蛇の列を作る光景が目に浮かぶようですわ!」
「なん、だと?!」
私の描く明確なビジョンを聞いたリカルドは呆然と立ち尽くすことしかできない状態。後ろで「正気ですか?」とか「妄想に決まってるニャー」とか「で、でも、夢を持つのは自由です!」とかひそひそ話をするんじゃない。
「い、いや、そんな先の話されても俺たちには関係ないだろうが! もっとはっきりと俺たちが得するような話をしてくれ!」
我に返ったリカルドが具体的な話をしろと言ってくる。だけど、私のビジョンに魅力は感じているのが、彼の態度からありありと見て取れる。おそらくは、後ろに控える他の獣人を思ってのことだろう。
「ご心配いりませんわ。辺境伯家からの支援を取り付けております。今後、身の安全や食料を心配する必要はありませんし、働きに応じて報酬も与えますわ」
リカルドが言葉を詰まらせる。現状の彼らにとっての最低条件と理想の条件があったはず。彼にとって予想外だったのは、理想の条件を私があっさりと提示してしまったことだろう。交渉しながら状況を整理するつもりが、結果として彼の出鼻を挫いた形になってしまったようだ。
「くっ、俺たちが単純だからって騙してこき使おうとしても無駄だからな!」
「そんなわけありませんわ。これは採用面接のようなもの。あなた方には将来性がありますので」
リカルドに悪役令嬢スマイルで微笑みかけると、さらに追い詰められたような表情になって苦しそうに見える。
「わ、わかった。それなら、お前の提案を一先ず信じてやる」
「それでは、まずは皆さんには城の周りに住んでいただきますので、家を建てていただければ。その後は、他の方のお手伝いをお願いしますね」
「わかった!」
リカルドはゆっくりと頷いて、他の獣人たちと共に家づくりに取り掛かった。獣人の身体能力は非常に高く、あっという間に家を建て終えて、内装の手伝いへと回ってくれた。
「凄いスピードで仕上がったわ……」
「期待してますぜ、ボス!」
安定した生活を手に入れたリカルドたち獣人の表情は、作業が終わるまでの二週間で明るくなっていた。
元々は一ヶ月ほどを予定していた工期も、獣人たちの協力により半分の期間で終わってしまった。それも最初の一週間は彼ら自身の家を作るために動いていたので、手伝ったのは一週間ばかり。
「でも、これでやっと猫カフェ『もふもふ王国』をオープンできますわ!」
「やっとか、待ちわびたニャー!」
「ちゃんとチラシも用意してあります!」
作業の方を他の人に任せていて、私たちは優雅に見ているだけ――ではない。ちゃんと猫カフェを宣伝するためのチラシ作りに励んでいたのである。
そのチラシには大きく『もふもふ王国新規オープン! 場所はココ!』と書いてある。その文のすぐ下に魔国と王国に挟まれた領地の真ん中に人差し指のアイコンを使って示してある。
さらに、キャトラをイメージした猫の絵と「お前たちが来るのを待っているぞ!」というキャトラ直々のセリフを吹き出しに入れている。
「うん、なかなか良い感じに仕上がってますわね」
「悪くないニャー」
キャトラも満足そうだ。絵は猫だけど、キャトラには虎に見えているらしく、特にツッコミが入ることはなかった。サラやロバートにも見てもらったけど、及第点という感じの反応だったのでOKとしておこう。
チラシが完成したところで、獣人の人たちを呼び出した。
「何の用だい、ボス?」
いい加減、令嬢にボスとか言うのを止めて欲しいけど、獣人にとって一番偉いのは『ボス』らしく、一向に直らないのであきらめている。
「これまで、内装のお手伝いありがとうございました!」
「これくらい、どうってことねぇぜ。というか、その言い方……。解雇するつもりか?!」
「しませんよ。これまではただのお手伝いでした。皆様の本領を発揮していただくのは、これからです」
「お、おお?!」
すっかり保証された生活に慣れ切ったせいか、彼らの野生は失われてしまったようだ。もはや、発言が完全にサラリーマンである。私にとっては割とどうでもいいことではある。これから彼らにやってもらいたいことを、きちんとこなしてくれるのであれば。
「お願いしたいことですが、一つは店舗スタッフです。主にはサラのようなメイド服を着て給仕をしていただきます。男性も執事服というのがありますので、主に女性客の相手をしていただくことになります」
「なるほど、城で接客をすればいいのだな?」
「はい、もう一つが宣伝係です。こちらは他国でチラシを配る仕事です。交通費と滞在費は支給いたします。他国ですので危険を承知できる方のみでお願いします」
「なるほど。では、俺は宣伝係をしてやろう。潜入作戦は得意だからな!」
リカルドが進んで宣伝係に立候補したことで、宣伝係にも十数名ほど立候補者が現れた。危険な仕事になる可能性もあるため、誰も名乗り出ない可能性もあっただけに嬉しい誤算だ。
それ以外は店舗スタッフとして十数名が名乗り出てくれた。それ以外の手段として、店を出して自営で頑張ってもらうという道もあるけれど、こちらは自己責任となる。もちろん、辺境伯家からの支援はあるので、そうそう潰れることはないはずだ。
「それじゃあ、今日から『もふもふ王国』オープンですわ!」
「「「おおおおお!」」」
私が猫カフェのオープンを宣言すると、獣人たちから歓声が上がった。
こちらの作品は大幅に改稿いたしました。
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