震・ヤンでれ…出会い…
「やっと帰ってきた…」
そう言いながら大きなボストンバッグを持った女の子が、電車から見える街を眺めていた。
「待っててね…将君…」
―――将side
「い、行ってきます…」
「行ってきます」
あの事件から一週間、病院から退院した将は、いつもどおりの生活へと戻っていた。
そう、いつもどおりの生活に…
「なぁ静香…あの朝のあの起こし方はなんとかしてくれないか?」
いつもどおりということは、毎朝の女難も変わらないわけで…つまり現在も将は、静香の朝の起こし方に大きな不満があるというわけだ。
というか朝から縄をもってベッドの隣に立たれていたら、誰だってそうなるだろう。
そして現在登校時間を利用して静香にそのあたりの件を説得していたわけだが、なんだか静香の様子が先ほどからおかしい。
いやいつもおかしいんだけどさ。
「って聞いてるのか静香? さっきからやたら周りを気にしてるみたいだけど」
「……」
さっきからしきりに周りを警戒している義理の妹を見ながら、将も気になって辺りを見渡すが、特に変わった様子は見当たらない。
「なぁ、どうしたんだ? いつも以上に頭の調子悪いのか?」
しかし静香は将の言葉に反応せず、今だゴミ箱や電柱などをやたら気にしている。
……やっぱり頭の中でも壊れたのだろうか?
そんな失礼なことを考えながら、将は静香の肩を叩く。
「おい、大丈夫か?」
と声をかけた瞬間、
「! そこ!!」
静香は振り返りながら将の後ろのゴミ捨て場に向かって果物ナイフを投げつけた。
「……っておい! 突然何してんだよ! ってか何でそんなもん持ち歩いてるの!?」
突然のことに心臓をバクバクさせながら静香の両肩を掴み怒鳴りかかるが、当の本人はナイフを投
げた所を見て呟く。
「逃げたか…」
お前はどこの暗殺者だ…
「誰かいたのか?」
将が後ろを振り向き、包丁の突っ込んでいったところをみると、ゴミ袋の間から、ごそごそとネコが飛び出してきた。
「なんだよ、猫じゃないか――」
「お兄様、落ち着いて聞いてください」
まったく、と続けようしたら、静香に両手で顔を両手で掴まれ、ゴキッという嫌な音をたてながら、無理矢理正面を向かせられた。
「まずはお前が落ち着け、首にヒビが入っちまう」
じゃないよ取れちゃうよ俺の頭。
将は掴んでいた静香の手を払い、首を優しく揉み揉みとほぐす。
「んで、なんだって?」
真剣な表情でこちらを見つめる静香の表情に、周りの空気がちりちりと圧迫されてような感覚が辺りを包みこむ。
そして静香はゆっくりと告げた。
「お兄様は狙われています」
…
……
………
「は?」
「狙われています」
さりげなく聞き返してみたが、同じ口調で返されてしまった。
「ええと、一応聞くけど…誰に? あ、もしかして親衛隊の奴らか?」
その可能性が一番高いだろう、またこないだみたいな奴が現れるかもしれない。
――こりゃあこれからは、俺ももう少し気をしっかり引き締め――
「お兄様を狙う雌のゴキブリの匂いが…」
「--てって、あれ? もう一度いいか?」
「だから、お兄様を狙う、黒いテカテカですよ」
ちゃんと聞いててくださいよ、みたいな感じで怒られてしまった。
あ~、そうか~、ゴキブリか~……
「はぁ」
――聞いた俺が馬鹿だった…
とりあえず小さな溜め息を一つ零し、静香を置いて学校へ早歩きを始めた。
「待ってくださいお兄様! 本当なんです! 昨日の午後七時十三分八秒、お兄様がお風呂で髪を洗っ
ているときにこの市に入って…」
だからお前はどこの暗殺sy
「ってちょっとまて! その時間云々の前になぜ俺の髪を洗っている時間がわかる!!」
しかも秒単位だと!?
「そんな当たり前のことはどうでもいいんです!」
「どうでもよくないよ!? ちょっとまて!」
プライバシーは大切だよ!
結局その後も口論しながら二人は学校へと向かったのだった。
「おい、朝から大丈夫か?」
将の数少ない友人である明が、心配して声をかけてきてくれた。
「ああ」
「そういえば静香さんは?」
「ん」
将は身体を机にのせ、顔を伏せたまま指だけ扉を指す。
明は指のさした方向を目で追っていくと、妙な光景を目にした。
「…なにやってんだ? あれ」
あれ、というのは、扉の死角から入ってくる生徒を一人一人確認している静香のことで間違いないだろう。
「なんか知らないけど見張りらしい」
「なんの?」
「ゴキブリの」
「はぁ?」
答えを聞いた明が分けがわからないという顔をしている。当たり前だ、実際将にも静香が何を言ってるのかまったく理解していないのだから。
キーンコーンカーンコーン
チャイムがなったため、ドアの死角に隠れていた静香が将の隣の席へと戻ってきた。
しかしまだ諦めていないのか、その表情は未だ険しくドアを見つめている。
「んで? ゴキブリはいたか?」
「いえ、けどもうそこまで来てます……」
まだ言うかコイツ、と考えたところで、ガララッっとドアが開かれ、誰かが入って来る。
まさか……本当に!?
「席についてるか~」
入って来たのは独身男教師武山三十二歳だった。
…武山ゴキブリ?
「…来ます」
「へ?」
そんな馬鹿なことを考えていると、静香が小さくつぶやいていた。その目には殺気に近い熱が籠っている。
「え~今日はめっさ可愛い、というかみんなが知ってる有名人が転校してきたぞ~!」
いつもテンションの低い武山が、珍しくテンションが高い上、かなりの美少女という言葉に、クラスの男子全員が騒ぎ出した。将以外は
「では、入ってください」
なぜ丁寧語
ガラッ
教師の声と共に再びドアが開かれ――静香が飛び出した。
え?
ヒュッ
転校生の足が片方ドアの敷居を跨いだ瞬間、静香はその人物に向かってとび蹴りをかました。
この衝撃的光景に将の思考は一瞬止まったが、静香の身体能力は暴力団を壊滅させるものだと思い出すと、すぐに血の気が引いた。
「お、おい! 静香!! 何やって!」
「ちっ!」
しかしそこで更に信じられない光景が目に入った。
あの静香が弾き飛ばされた。転校生はドアの向こう側にいるためどうやったかはわからないが、静香
を教卓の方に吹っ飛ばしたのは見てわかった。
静香は舌打ちしながらも回転しながら教卓の横に着地し、置いてあった新品のチョークを6本、信じられない速度でドアの向こうに投げつけ、動きを止めた。
「突然ご挨拶ですね」
ドアの向こうから転校生の声と共に、砕かれたチョークが投げ捨てられる。
もはやだれも口をはさめる状況ではなかった。
「…あなたは排除しなければなりません」
「あら、なんでですか?」
「決まってる、あなたはお兄様に害を与えるゴキブリ、うろちょろする前に潰す」
クラスメイト達はこの意味不明の状態を黙って見ていた。教師の武内は、教室の端っこでブルブル震えている、とても頼りにならない
――ゴキブリって転校生のことだったのかよ
「そうですか、ですがちょうどよかったです」
そこまで言うと転校生がついに教室に入ってきた。
「ちょうど私も、将君に憑いた寄生虫を取り除かなきゃいけないから」
そう言いながら入って来た美少女は、将の幼馴染である、新崎 凛であった。