震・ヤンでれ…バイト・2…
結局将たちは現在、駅前の改札口の前までやってきていた。
幸代さんに突撃命令がくだされた後、将はなんとか食い下がろうと心みたのだが……
「幸代さん……さすがにこの格好でティッシュ配りは……」
「あら、チラシの方がよかったかしら……」
首をかしげながら、ふむ、と顎に手を当ててそんなことを言い出す幸代さん。
「いや、配る物ではなくてですね、こんな恰好でティッシュ配りなんてしてたらものすごい目でみられますよ」
主に奇怪な目で
「そうかしら、立川とかだとよく見るんだけどねぇ」
「それ絶対メイド喫茶とかの類ですよね……」
少なくとも本屋の宣伝じゃないですよね……
「まぁいいじゃない。給料も奮発してあげるから」
「そういう問題じゃ……、なぁ、二人もそう思うだろ?」
将はそう問いながら二人に視線を向ける。
こんなこと普通ならやりたいとは思わないはず、だから二人も内心では嫌がっているはずだ。
だが二人から返ってきたのは、予想外の答えだった。
「私はいいと思います、お兄様」
「え?」
「私も、バイトなんだから仕方ないよ」
おかしい、いつもなら目立つことをできるだけ避ける静香が、率先して仕事を……?
凛も元アイドルで、目立つ行為は避けたいと考えていたんだが……
勘違いだったか? と考えていると、二人の手に写真が握られているのに気付いた。
「おい、そ「早くいきましょう! お兄様」」
「早くしないとおわらないかもよ!」
そういって二人は写真をポケットにしまうと、いそいそと段ボールを持ち上げ、外に出て行ってしまった。
あいつら……買収されやがったな……
「あきらめなさい」
ふふん、とでもいいたそうな目で幸代さんがこちらを見る。
悔しいが、あの二人を味方につけられてはもはや将に勝ち目はない。
はぁ、と諦めの溜息を吐き、結局二人の後に続くしかない将なのであった。
そして駅前まで到着した現在、3人は南改札口の少し離れた位置にある、時計台の前に集まっていた。
休日だけあって、結構な人数の人が行き来していた。
通りすがりの人々は、何事かという目でこちらをチラチラと見てきた。
そりゃそうだ。
「じゃあ来る途中言った通り、俺は北口改札の方で配っとくから」
そう言って将は段ボールを持ちあげる。
実はここに来る途中、北口と南口で分けようと話あったのだ。もちろん理由は効率をあげるためだ。女子を一人で配らせると色々危険だと思ったため、男である将が一人北口で配るという話になったのだが、凛と静香はあまり納得していなかった。
二人は見てわかるほど不機嫌さをまき散らしている。
「やっぱり、お兄様も一緒に配りませんか?」
「だから、3人で同じ場所で配るより、別のところで配った方がいいだろ」
「それはそうかもしれませんが……」
――というかおまえらと一緒に配ってたら、絶対俺のティッシュが減らない……
「ほら、じゃあお前らもがんばれよ、全部配り終えたら俺と幸代さんにメールくれ」
「……はい……わかりました」
「仕方ないね……」
二人はまだ納得してない様子だったが、これ以上粘られると本当に終わりそうになかったので、将は早足でその場を離脱したのだった。
静香視点
まったく……お兄様と配れると思って楽しみにしてたのに……
「なんでこんなKなんかと……」
ぼそっと小声で隣の凛を睨みつける。
「聞こえてるよ、それにそれはこっちの台詞。なんで私がGなんか同じところで配らないといけないの」
「だったらどっか別の場所で配ってきなさいよ」
「そっちが別いけばいいでしょ」
そんなこんなで5分ほど睨みあうと、お互いそれぞれの段ボールを抱えて反対方向に向かった。
あいつよりも早く終わらせて、さっさとお兄様のティッシュ配り姿を写真で撮らないと……
そんなことを考えつつ、静香は段ボールの中身を確認する。中身のティッシュには“古河書店新装開店! 美人な店主がお出迎えします!”という文字と共に、簡単な地図がついている。
自分で美人って書くんだ……
確かに綺麗な人だとはおもうけど、と考えながら、数のチェック、だいたい300個くらい。こういうバイトはあまり詳しくないからわからないが、多いのだろうか?
とりあえず8個ほど手に取って、さっそくティッシュ配りをスタートする。
「新装開店の古河書店でーす、よろしくお願いしまーす」
適当に宣伝文句をいいつつ、ポケットティッシュを差し出すと、「俺のだ!」「いや俺のだ!」と次々とあたりから男共があつまってきて、ティッシュを取っていく。
受け取った男がうれしそうにティッシュを頬ずりしてるのを見ると吐き気がして叩きつけたい気分になるが、お兄様の写真のために我慢して愛想笑いを作る。
「数はあるので皆さん落ち着いてくださいね」
そんなこんなで配り始めたわけだが、静香の前には何時間待ちだといわんばかりの行列ができていて、一人一人配っていく。
ほぼ1秒に1個ずつの計算で配られているため、3分も立たないうちに半分以上のポケットティッシュが段ボールから消えていた。
この調子ならすぐにお兄様のところへ行けそうですね。
なんてことを考えてしまったせいか。やはりというかテンプレというか、静香の前に派手な髪の色をした男二人組が現れた。
「おう、お嬢ちゃん可愛いねぇ」
「メイドさんかぁ、俺にご奉仕してくれよ」
まさしく下っ端感あふれる台詞を吐きながら、二人が近寄ってくる。
さてどうしよう、一応バイト中だし、こういう相手はどう対処すればいいのだろうか。手を出したらまずいのでしょうか。
静香は反射的に黙らせようと体が動きそうになったのをなんとかセーブして考えた。
一応バイト中だし、それ相応の対処をした方がいいでしょう。
「なぁなぁいいだろう? 俺たちにご奉仕してくれよ」
「うひひ、俺たちもちゃ~んとお礼はするからさぁ」
と片方の男が手を伸ばした瞬間。
「ぐぼっ!!」
凄まじい勢いでティッシュを持っていた手でその男の腹に、ティッシュを押し当てた。
男は眼球が飛び出るのではないかとおもうほど目を見開き、腹にポケットティッシュを抱えるように吹っ飛んだ。
「――へ? ぶっ!!」
もう片方の男は、一瞬何が起きたかわからない表情をしたが、次の瞬間には顔面にポケットティッシュを殴りつけられ、吹っ飛んだ男の隣に仲良く倒れた。
そんな気絶をした二人に静香はにこやかに微笑む。
「新装開店した古河書店、よろしくお願いします」
その笑顔は、その場にいた全員の体温を下げたのだった。
――ちゃんとティッシュ配ったし、問題ないですよね♪