震・ヤンでれ…アルバム…
「そういえば今日は実君は一緒じゃないのかい?」
「ああ~今日は家で留守番してますよ、実は」
そう言うと幸代さんは残念にうなだれた。
「そうなの~、久々に実君にも会いたかっただけど、仕方ないわね……」
「近いうちに一緒に来ますよ」
「そうね、お願いするわ。それで? 今日は何か買いにきたの?」
あ~そういえば全然考えてなかった。まさかファミレスの雰囲気をぶち壊すために来ました、なんて言えるわけもないし
連れてこられた二人も、こころなしか少し顔が不機嫌そうだ。
「ああ、えっと」
何か最近発売された漫画あったっけ? 確かマガジンの新刊が最近出てたような気
が――
「あ~ごめんなさいね、将の好きそうなHな本は出てないのよ……」
「いやいやなんで女の子連れてエロ本買わなきゃいけないんですか!」
申し訳なさそうに目を伏せる幸代さんに慌てて訂正を入れる。
もちろんの如くそれを面白くなさそうに見てくる女子二人が、その、非常に怖いです。
「……お兄様、いつもここで買っているのですか?」
「いや違うぞ静香! ここでは買って……あ……」
しまった! と将は顔をしかめた、これはまずいと体が分かっているのか、全身からじんわりと汗がにじみ出てくるのを感じた。
そんな失言に凛と静香は笑って答える。
「大丈夫だよ将くん、そんなことでいちいち怒ったりしないから」
「そうですお兄様、男たるもの、そういうものをほしがるのは仕方のないことです」
「……あの、その、すいません許してください」
「あらあら? なんで謝るの将くん?」
「そうです、別にお兄様に非はありませんよ」
二人は相変らずにこやかな笑顔でそんなことを言っている。こんな笑顔を見せられたら、どんな男でも一発でダウンさせられそうな笑顔だ。
ただしそんな笑顔でも、近くにある週刊誌を真っ二つに千切っていたら話は別だ。恐怖しか感じないよ。
それ売り物なんだよ? と指摘するのが普通なんだけど、この状況でそんなこと口にしたら確実に玉とられるので、店の主である幸代さんには悪いけど黙っておくしかない。
だが幸代さんは怒ったり、注意したりもせず、ただ笑顔で将の肩に手を置き、言った。
「まいどあり」
「はい……」
将は黙って財布からお金を取り出すのであった。
さてはて場所は変わって現在幸代さんに案内されて明の家のリビングへと来ていた。ちなみに本屋と家は繋がっているため、移動時間は掛かっていない。
ちなみに明は来ていない、理由を簡単にまとめると。
「痛てて、おふくろ~本の片づけ終わったぞ~ってうわなんじゃこりゃ! 本ビリビリじゃん!」
「おお明、ちょうど良かった。これから将達中に入れるから、あんたはそこに散らばってるゴミ、片付けといておくれ」
「ええ!? なんで俺が!?」
「なんかいったかい?」
「……片付け、楽しいよね」
とまぁこんな感じで現在明は静香達が出した、合計6冊の週刊誌、一冊420円の残骸を処理している。
もちろんそれを支払ったのは将なので、犯人の二人は何も痛くない。
三人でソファーに座り、将が軽くなった財布を悲しく思っていると、台所から幸代さんが飲み物とクッキーを持ってやってきた。
「おまたせ、三人共麦茶で良かった?」
「「「ありがとう(ございます)」」」
「それにしてもお店いいんですか幸代さん」
「いいのいいの、どうせお客なんてこないんだから」
「はぁ」
いいのかそれで、と三人は思った。
「とまぁ言ってみたものの、実際結構ピンチなのよね~、駅前に本屋できてからもう本当に人こなくて」
どうしましょっとわざとらしく頬に手を添えて困った様子を見せる。が、顔は全然困った様子ではない、むしろ面白いことを思いついた事を思いついた子供のような表情を作り出している。
ちなみに今は夫である秋緒さんが死ぬ気で働いているため生活に支障はないらしい。なんの仕事かまでは知らないが、
「ああ、そうそうそういえば面白い物をさっき見つけちゃったのよね~」
そう言って取り出したのは1冊の赤いアルバムだった。
「アルバム……ですか?」
「そ、アルバム」
嬉々とテーブルに差し出す幸代さん、だが静香と凛はまったく興味なさそうにお茶を飲んでいた。その表情には不満がくっついているように見える。 それはそうだ、せっかくのデート中に、友人の家でお茶を飲んでいるなんて楽しいはずがない。
しかも他人の家のアルバムなんかを取り出せれても、うれしいはずがない。
そんな反応をしている二人を見て、せめて俺だけでもと将が話に乗る。
「へぇアルバム、明のですか?」
「いいえ」
「え? じゃあ幸代さんの?」
「NO」
「まさかの秋緒さん?」
「違うわよ」
「じゃあ一体」
誰のアルバムなんですか? と問おうとしたところで、幸代さんの人差し指が将の顔をぴたっと捉えた。
? わけもわからず後ろを振り返ってみるが、あるのは窓、だが相変らず幸代さんは笑顔でこちらを指している。頭を左右に倒すと、幸代さんの指も一緒にぐらぐらと動きまわる。
ということはつまり――
「え? 俺のですか?」
「正解」
「ちょっとまってください! どうしてが、ってうお」
幸代さんに問い詰めようと身を乗り出すと、いきなり両肩を掴まれ、後ろに追いやられてしまった。もちろん犯人は静香と凛だ。
「「見たいです!!」」
「いいわよ~見せてあげる」
鬼の形相で詰め寄った二人は、幸代さんから許可が出た途端飛びつくようにアルバムをとり、ページをめくり始めた。
押しのけられた将も、二人の間からアルバムを確認してみる。写真は赤ん坊の頃将が映っていた。
「それにしてもなんで幸代さんが俺のアルバムなんて持ってるんですか?」
「だって、将、あんたの家アルバムなんてないでしょ」
「そういえば……」
言われてみれば将は生まれてこの時まで、自分のアルバムを見たことがなかった。
「実はあんたんとこの両親はカメラがすんごく下手くそでね、そういうのに関しては私が頼まれて撮っておいたんだよ。高校入学までは撮ってあるよ、もちろん実君のもね」
「そうだったんですか、それは知らなかった」
そういえば毎年毎年誕生日とか正月の時、いつも幸代さんが写真をとってくれていた気がする。
「……お兄様、可愛すぎる、食べちゃいたい」
「……将君の小さい頃の裸…ハァハァ……」
ダメだこいつら、早くなんとかしないと
「ちなみに将のアルバムは3冊あって、データでバックアップも万全」
「ほしい!」
「私も!」
ものすごい勢いで食いつく二人に、幸代さんがにやりと笑う。
いや、というかそれって俺の意志はどうなるんだろ、と思った将だが、どうせ聞きいれてくれないから別にいいやと諦めた。それに別に子供の頃の写真なんてそこまで興味はないし。
必死に懇願する二人、そんな二人に対して幸代さんは迷うような素振りを見せ始めた。
「でもただであげるのはな~、う~ん」
「一枚千円!」
「む、私は一枚一万円!」
「! じゃあ私は十万です!」
「おい待て! 最初から桁がおかしい上に増えかたもおかしいだろ!」
一枚千円でも最低200枚はあるから二十万、十万なんてしたら二千万じゃないか、凛は元アイドルっていってたから、もしかしたら本当に出すかもしれない。
「というか幸代さん、まさか金でも取る気なんですか?」
「え? や、や~ね、子供からお金を取りあげるわけないじゃない」
何いってるのよ、といって大きく笑い飛ばす幸代さんだが、一瞬目が$に変わっていたのは将の気のせいではないはずだ。
そんな幸代さんを擬視していると、幸代さんは咳払いを一つついて冷静を装い始めた。
「ま、まぁ本当の事を言うとね、写真をあげるかわりっていうのもなんだけど、バイトしてくれない?」
「バイト? ここでですか?」
「そ、三人で」
「え? 三人ってことは俺もですか?」
「そうよ」
茫然とする将の前で、幸代さんは確かにそう言ったのだった。