震・ヤンでれ…地図…
「これだけ買えば平気ね」
「そう? わたしはもう少し買った方がいいと思うんだけど」
静香と凛は現在、学校から20分程離れた大きな薬局に訪れていた。既に到着してから20分は経過しており、籠の中にはこれでもかというくらい薬がたくさん入っている。しかも2籠。
「これ以上は必要ありません。お兄様が今この瞬間も苦しんでいるんです、急ぎましょう」
「それもそうね」
二人は頷くと、急いで会計を済まし、薬を買い物袋に詰めて店を出た。ちなみに金額は7万ちょい掛かった。
そんなことまったく気にせずに、静香と凛は両手いっぱいに買い物袋を持って学校への道を走っていた。
待っていてください! お兄様! 今行きます。
前を走っている自転車を抜き去りながら走っていると、突然凛が質問してきた。
「ねぇK」
「なんですかG」
「あなた、何で将君のこと好きになったの?」
「突然なんですか?」
「いや、少し気になっただけ、まさか一目惚れなんてことはないでしょ?」
凛はそう言って静香の方を少し覗く。
私が、お兄様を好きになった理由……確かに凛の言うとおり、一目惚れなんかではない。だが、お兄様を狙っている奴に、のこのこ教える気もない。
答えを返さずに数分が経ち、二人の間に長い沈黙が流れる。走っている足音でさえ、無音に感じてしまう感覚だ。
その無音を打ち砕くように、静香は小さな声で言った
「……ただ、お兄様が初めて私を人間として、見てくれたからです」
「……そう」
教えてしまった。
なぜわざわざ敵である凛に教えてしまったのかは分からない。このまま黙っていても、おそらく凛は無理に聞いたりはしなかっただろう、それなのにわざわざ口にしてしまった。
なぜ?
自分が凛の過去を知っているからだろうか? それともただの気まぐれ?
いや……違う。
もしかしたら、私は凛のことを……ライバルだと認めているからかもしれない。
ちょうどその時だった、顔に当たる少し冷たい風の中にある匂いを見つけたのは、
「どうかしたの?」
少しスピードが落ちた静香に気付いた凛が、声をかけてくる。
「いえ、何でもないです、急ぎましょう」
きっと気のせいだ、お兄様があの状況から抜け出すのは考えにくい、たとえ第3者の介入があったとしても、こっちはお兄様帰宅コースではない。
ともあれ急いで帰ることに越したことはない。
二人は先程以上の速さで走りだしたのだった。
「お~い、何やってんだ、置いてくぞ」
将は後方にある道の途中でしゃがみ込んでいる女の子を呼び掛ける。彼女を家に送ろうと保健室から出発して20分程たっただろうか? とっくについているはずなのに、今だ到着しないのは間違いなく彼女のせいだと言えるだろう。
はぁ、と溜息をついて、ゆっくりと彼女に駆け寄る。彼女は何かをじ~っと見つめ続けている。
「んで、今度は何を見つけたんだ?」
「これ! これ!」
まるで新しいおもちゃを見つけたように目をキラキラさせながら、塀にくっついている生き物を指さした。
「ああ、トカゲの子供か」
昔良く友達川に取りにいったっけ、おかげであそこらへんのトカゲを一掃してしまったけど
「これ、子供なの?」
「ああ、尻尾が青くて綺麗だろ? これはトカゲの子供の頃の色でな、大人になると体の色が、変わるんだよ」
今壁にくっついているのは、黒くて光沢があり、尾は青く美しい色をしている。尻尾を切ったことがないためか、より美しく見える。
「大人になると変わっちゃうの?」
「ああ、オスは全体的に黒、メスは茶色になって、光沢が失われるな。だからトカゲって言うとみんな結構こっちを想像するんだよな」
「へ~、そうなんだ~」
彼女は納得したように言うと、再び視線をトカゲへと移した。
「ってそうじゃなくて、さっさと行くぞ、遅くなると俺の帰りまで遅くなるんだから」
もう何回もこんな状態が続いている、昆虫や動物を見つけるたんびに駆け寄っていっていく、まるで小学生の男の子みたいだ。
「は~い」
元気よく返事をすると、ぬいぐるみを抱え直し、将を置いて先へ先へと走って行く。
なんか、お父さんになった気分だなぁ、なんて思ってみたりもする。この年で言うのもなんだが、
とまぁDEADENDになったと思われた将であったが、この通り今だぴんぴんしている。
~20分前~
「えいっ」
ドスッ
まじかよっ!
今日初めて会った女の子に突然カッターで腹を刺され、将は激痛に眉を潜めようとしたが……
「あれ?」
痛くなかった。
どういうことかと首を上げ、腹を見ると、カッターはベルトのうちの一本に見事突き刺さっていた。
「んしょ、んしょ」
彼女は刺さったカッターをぐいぐい動かし、ぶちっと完全に切り裂く。おかげで腕が動くようになった。それを見た彼女は、むっふーと得意げな顔をした。
「どう?上手いでしょ! カッター刺し!」
すごい? すごい? と聞いてくる彼女をとりあえずシカト、片腕で、残りのベルトをカチカチと外していく。
ようやく最後のベルトを外し終えると、上半身を上げ、伸びを一回する。そして助けてくれた張本人に向き直る。
「とりあえず、頭出しな」
「え? 何? 何?」
疑問に思いながらも、素直に頭を差し出してくるところを見ると、悪い子ではなさそうだ。とりあえずその頭に赤く燃え盛った右手をプレゼントしておく。
ゴンッ! という音と共にクリーンヒットした彼女はキュッ! とかいう良く分からない悲鳴を上げて、その場にしゃがみこんだ。
「とりあえず言いたいことがある、殺す気か?」
まじで人生終わるかと思ったぞああ?
「うう、ひどいです……」
「ひどいのはそっちだ、寿命が3年は縮んだぞ!」
彼女は頭を擦りながら涙目で、将を見上げた。
「助けたんですよ? 私良いことしたんですよ? 天使ですよ?」
「どこがだ! これ見ろこれ!」
自分の制服の中心を指さす。そこにはカッターが貫通して服が切られたあとが残っていた。服を2枚も貫通しているのを見ると、相当の力が入っていたことがわかる。
というか腹を刺された時の衝撃で少しリバースしそうになったぞ。
「? 破れてますね」
「違うだろ! お前のカッターだよ! カッター!」
「ああ~……?」
本当に分かっていないのか、彼女の頭に?マークが出ているのが見える気がした。
「もういいや」
一応助かったっていえば、それもまた事実、仕方ないと言わんばかりに、将は紙にペンを走らせ始める。
「? 何をしてるですか?」
「あのな~、お前に地図を書いてやるっていう話だったろうが」
「ああ!」
そういえば! といった感じの彼女を見て、大丈夫かこいつ、と思いながらも地図を渡す。
「とりあえず、そこまで行けばさすがに分かるだろ、俺も完璧に知ってるわけじゃないしな」
彼女は将の話を聞いているのかいないのか、渡された地図をガン見していた。
とりあえず静香達が戻ってくる前に退散しとくか、また面倒なことになりそうだし。
ベッドの脇に置いてあった鞄を手に取って、外した無数のベルトを回収し、保健室を後にしようと、
「……なんだ?」
したが、制服を掴まれてしまった。
「わかりません」
何が、と聞こうとしたが、彼女が差し出してきた地図を見て納得した。
「分からないって……つまり送れって言ってるのか?」
「……やっぱり、迷惑ですか?」
彼女はそう言うと、掴んでいた制服を離し、顔を暗くして黙り込んでしまった。
正直迷惑か迷惑じゃないか言われるとすごく迷惑だ。これ以上厄介事が起こる前に家に帰りたいと思う。
将は枯れた花のような彼女を置いて、保健室の扉をあける。
とても面倒だ、が、
「ほれ、さっさと行くぞ」
「あ」
このまま行くわけにも行かんわな。
諦めの溜息をついて、扉を開けて待っていると、再び元気を取り戻した花が、明るく返事をした。
「うん!」