震・ヤンでれ…恥…
「ここか……」
先程写メで撮った地図と、自分のいる位置を照らし合わせる。
ふむ、田舎にしては中々綺麗なゲーセンだな。
将が暇潰しに訪れたのはゲームセンターだった。最近改装でもしたのか、周りの古臭い建物と違い、このゲーセンだけ新しくできたように綺麗になっているのがよくわかる。
今朝の格ゲーの対戦を見て、少し特訓しようとおもっていたのだ。
よし! ここで少しでも腕を磨くため、練習して行こう。
ぐっと手に力を込め、意気揚々と自動ドアを潜って中に入る。まだ開店してから時間がたっていないこともあり、人っ子一人いない。やはり昔からあったのだろう、中はそれほど綺麗ではなく、煙草の匂いが充満していた。
そんなことをまったく気にせず、さっそく空いている対戦格闘ゲーム「レッドファイト」の席へと座り、百円を投入する。
それにしても、あの凛が転校してくるとは夢にも思わなかった。小学校の一年の時に知り合い、中学の時、突然引っ越した彼女は、その後まったく音信不通で高校まで上がっていった。
昔は仲が良かったのは覚えているが、転校してきてまで俺に会いに来る理由なんて普通あるのだろうか?
それにあいつら、初めて会ったはずなのになんであんなに仲が悪いんだ?
二人の仲がなぜ悪いのか、考えならレバーを動かしていると、画面にNEW CHALLENGERという文字が表れる。
げっ、なんか乱入してきた。まぁでも、俺は都会で鍛えてっからな、こんな田舎野郎なんか一捻りにしてやるぜ!
ふん! と腕をまくり、レバーをがっちり握り、ボタンに手を添える。
相手が選んできたのは、自分と同じキャラ、力比べのつもりなのだろうか。将は対抗心をMAXにして、対戦が始まるのを待つ。
ファイトッ!
そして…試合開始のゴングが鳴り響いた。
………
……
…
結果だけ伝えよう、負けました。
いやぁもうなんていうか、見事にカウンターのオンパレードでした。こちらの動き……っていうか思考を完全に捉えた見事なカウンターだった……
周りに人がいなくてよかった、なんて惨めなことを考えつつ、さりげなく相手側の通路へと回っていく、せめて顔だけでも覚えて帰ろうと思ったからだ。
そう、さりげなく、ちらっと見るだけだ。ちらっと一瞬顔を―――
チラッ
そこにいたのは、こちらを見ながらニコニコ笑っている――
「よ」
明がいた。
「って! よ、じゃねーよ!! なんでこんな辺境の地にあるゲーセンにお前がいんだよ!」
「辺境ってお前……別にそんな離れてねぇし、今日ここに来たのは、コイツの大会がここで開かれるからだよ」
「大会? レッドファイトの?」
「そそ」
返事を返しつつ、明が華麗にコンボを決めていく。
「お前ってこんなにこのゲーム強かったのか……」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺前回全国大会三位までいったんだぜ?」
「まじで!? お前が!?」
「ああ、ところで今日はお前一人なのか? あのブラコン妹はどうした?」
素で大驚きするこちらの反応が楽しいのか、明が含み笑いをしながら質問をしてきた。その質問のおかげもあってか、先程まで忘れかけていた今朝の記憶がよみがってくる。
きっと今頃探してるんだろうか……なぜだろう、見知らぬ土地にいるはずなのに、もう既に近くまで来ているような気配を感じる。もし万が一見つかったりしたら――
「死……」
「詩?」
疑問符を浮かべる明に、何でもないと言いつつ、自分自身を落ち着かせる。とにかく、今日は一日おとなくしておこう、大丈夫見つからなければOKだ。
「お前本当に大丈夫か? 顔真っ青だぞ?」
「へ? ああ、平気平気、それより大会は何時からなんだ?」
「11時から」
時間を聞き、壁に掛けられている古い丸時計を見ると、時刻は10時ちょい過ぎ、あと1時間近く時間が余っている。
正直、このままただ一人で逃げ回っているより、友人と一緒に居たほうが楽しいな。
「なぁ、開始までまだ時間あるみたいだし、少しUFOキャッチャーとかみないか?」
「おう、いいぜ、行くか」
そう言って明はゲームを放置して立ち上がりだした。話を聞くと、どうやら彼の持ちキャラじゃなく、やっている意味がないのだという。
だったら乱入なんてしてくんなよ! と思もわず殴りそうになるのをこらえ、二人でUFOキャッチャーの台が置いてある場所へ移動するのだった。
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一方その頃、凛は電車の中で、スマホを眺めていた。ピンク色の小さいスマホの画面には、地図が映し出されており、その上に小さい点が一つ、ぴかぴか光っている。
まったく将君ってば、またゲームセンターなんて体に悪い所に行って、
はぁ、とため息をつきがら携帯を閉じる。
もうわかったかもしれないが、今スマホで見ているのは、将に付けられている小型の発信機だ。凛は静香とは違い、超人的な力ではなく、機械の力を利用して、追っているのだ。
これなら無駄に動きまわらずに、楽に居場所を知ることができる。
それにしても……視線を感じる。
チラッと周りを見てみると、みんながこちらを見ている。
やっぱり気のせいなんかじゃないよね……
一応帽子は被っているが、やはりそれだけでは足りなかったのだろう。ほとんどの人が、ひそひそと話し始めた。
「ねぇ……やっぱりあの人」
「TENSHIなのか……?」
「似てる…よなぁ」
通学中の学生、サラリーマンたちがこちらの顔を覗こうとしてくるのがわかる。下を向いて帽子を深く被っているが、それでも時間稼ぎにしかならないだろう。
将君のいる駅までまだ10分くらい掛かるし、このままだとばれるのも時間の問題、どうしよう……
正直このままやり過ごし、ばれても知らん顔というのが手っとり早いが、昔それをした時にひどい目にあっているのだ。
あれはアイドルになって2年目の仕事帰り、タクシーがつかまらなかったので、一人電車で帰っている時、たまたま帰宅ラッシュの時間帯に乗ってしまった凛は、ぎゅうぎゅう詰めになりながら、目的地に着くまでじっとしていた。
しかし、残り一駅の時に、人とぶつかった衝撃で、着けていた帽子とサングラスが外れ、周りの人々にばれてしまうという事件があったのだ。
その時は、ほぼ全員が握手やらサインやらをねだり、一斉に押し寄せてきたのだ。
もちろんそれだけなら別に仕方ないと思う、だがこれは始まりに過ぎない。
次の駅で下車した凛は、押し寄せてくるファンを片づけるため、面倒くさいが一人一人対応し、高速でサインを書き、握手をしていったのだ。
そして表れたのだ……女性の敵が……
まぁ簡単に言うと痴漢だ、凛が笑顔でサインを書いている隙をついて、凛のお尻に手を伸ばしそして――血まみれになった。
触れられた瞬間、回し蹴りで顔面強打、そのまま仰向けになった男の腹に踵落とし、男は重傷で即座に病院行き、駆けつけた警察に正当防衛を訴えったが信じてもらえず、結局この事件は裏で処理され、表にはさらされなかったが、その後の活動に支障をもたしてしまったのだ。
そして肝心の凛は、“殺さなかっただけましだと思ったけど……世の中上手くいかないものね。”といった感じに、まったく反省の色を見せていなかった。
まぁこんなことがあったわけで、なるべくばれることはしたくない、しかも今はもう事務所をやめてしまったため、裏でもみ消すこともできないから尚更。
さて、どうしましょう。
そうこう考えてるうちに、周りの視線は集まる一方、次の駅で一旦降りる? いや、それだともしかするとあのKに先を越される可能性がある。それだけは阻止しないと、妻として、でも――
「あの」
このまま見つかったらもっと時間を食うことになるかもしれないし、
「あの」
でもでも
「あの!」
「ああもう! さっきからうるさいわね!」
あ、ばれた。
目の前に居たのは、自分より少し年下っぽい男の子だった。つい条件反射で返事をしてしまい、正面から顔を見られてしまった。こちらを見る少年の目にきらきらと眩しい光が宿ったような気がした。
「やっぱり! あのアイドルのTENSHIですよね!?」
「え、ち、違います!」
どうしよう、このままだとまた前みたいに……
予想通り、話を聞いていた人が次々と席から立ち上がり、こちらに集まってきた。
「え、でも……」
な、なにか良い言い逃れはないか? な、なにか……
咄嗟に言いわけを考えるが、この場を凌ぐ良い言いわけを思いつかない。人間誰しも、追い詰められているほど過ちを繰り返すものだ。
「こ、これは……コスプレなんです!!」
自分でもさすがにないと思う、辛い言い訳をしてしまった。周りのみんなもざわざわと慌てているのがわかる。
こうなったら……もう殺るしか――
そう考えがまとまりかけた時、少年が歓声をあげた。
「す、すごい!」
「え?」
少年の予想外の反応に、その場一同唖然とした表情になった。
「こんなに似てるなんてすごいですよ! あ、もしかして今はやりの特殊メイクって奴ですか?」
けど、この流れに乗るしかない!
「そ、そうなんですよ~、いや~大変でしたよ、このメイク、80万も掛かりましたから」
「へ~気合い入ってますね~」
少年と意味不明の会話を続けると、周りの人々が拍子抜けしたような表情をする。
「なんだよ、コスプレかよ」
「よくよく考えたらこんなところにいるわけないか」
「迷惑だな~」
と言いつつ、みんな元の場所へと戻って行く。そしてなんとか目的の駅まで辿りつくことに成功した。
ここまで無事に来れたのも、この子のおかげね。感謝しないと、
「じゃあ私ここだから、ありがとうね」
そう言って降りると、後ろから少年の声が耳を打った。
「うん! がんばってね、コスプレイヤーのお姉さん!」
その言葉で、ホームの人々から嫌な視線が集まった。
私はもしかして、大事なものを失ってしまったのかもしれない……
その後、早く出ようと改札に行ったが、切符を取らなければいけないことを知らず、結局時間を取られる凛であった。
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電車に乗って40分くらいたったころだろうか、ようやくお兄様の匂いが残っている駅を発見した私は、その後も匂いを辿り、ある一件の、見た目綺麗なゲームセンターに辿りつくことに成功した。
しかし、いざ中へ入ろうかと思った時、ある不愉快な事態が発生した。
あと少しでお兄様に会える、それなのに――
「「なんであなたまでいるのよ」」
静香と凛の声がシンクロした。
そう、いざ入ろうと思ったら、真横に凛が立っていたのだ。
私のほうがお兄様を愛しているのに、こんなGなんかと同等なんて、なにかの間違いにきまってる。
しかしそう考えているのは凛も同じ、二人は沈黙を保ったまま、しばし肉食獣な眼で睨みあう。
「とりあえず中に入りませんか?」
「そうだね」
このままでは埒が開かないと踏み、提案を出すと、凛も同じこと思っていたのか、あっさりした返事が返ってきた。
睨みあうのをやめると、今度は相手の様子をうかがいながら、二人同時に自動ドアを潜った。
しかし睨みあっていたのもそこまで、中に入った途端、二人共、店内をキョロキョロと見渡し出した。
どこですか? お兄様
「あ」
見つけた!
向こう側の角のUFOキャッチャーに立っている、お兄様の姿を、静香はしっかりと捉えた。
何かを取ろうとしているのだろう。台の前で、ガラスの中にある商品を左右から真剣な表情で覗き込んでいる。
その姿に鼻血が出そうになりながらも、二人はゆっくりと駆け寄って行き、声をかけようとして――気付いた。
誰かがいる?
お兄様の傍に、別の人間が存在することに気付いた二人は、よく目を凝らして見てみると、もう一人男が立っていた。
将の隣でカチカチと携帯をいじるその姿に、静香は見覚えがあった。
あいつは確か……同じクラスの明とかいう奴だったかしら?
なんとか記憶から取り出す。二人は友人という関係を、静香も承知はしている。毎晩携帯のメールチェックの時にも把握してるし、学校にいる時は8割がた絡んでくる男だ。
気を使ってくれる部分も多々あるため、静香もそれなりに気に入っていた男だったが、今はそんなこと関係ない。
今はただ、二人で一緒にゲームセンターで仲良くしていることが重要なのだ。
静香は相手が男だろうが、子供だろうが、将に近づくものは敵とみなす、今までは、兄に近づくものを全て先に潰してきたが、あの事件以来、静香も少し丸くなってしまっていたようだ。
こんなことになるなら、もっと早く手を打っておくべきだった。そう後悔の念を感じながら、明を睨みつけるが、向こうはまだこちらに気づいていない。
あの男……
そしてこの瞬間、静香の中で、
……生きてることを後悔させてやるわ……
明が、気のきく奴からお兄様に近づく害虫Bに変わった瞬間だった。