85. セレーネとセレス
~ 現代 セレーネ ~
怒涛の如く頭の中に押し寄せた記憶の奔流。セレスの時代の記憶が、彼女の当時の感情も共にセレーネの頭の中に詰め込まれた。
今はもう新たな記憶とセレスの感情のせいでぐちゃぐちゃにかき乱され、完全に頭の中が混乱状態なのだ。
セレスの記憶から伝わってきた悲哀と後悔と絶望。その全てがセレーネの頭の中をかき乱す。
今の自分はセレーネなのか。セレスなのか。それすらももう、わからない状態だ。自分が誰なのかさえ定かではない。
セレスの記憶が全てセレーネの中に入り終わる。
手に取った水晶玉の輝きは失われ、まるで空っぽになったかのようにセレーネの手から滑り落ちた。
混乱する頭の中で目を開けたセレーネ。
その先にあったのはマーロンの心配するような表情。
私の愛する執事。私だけの大切な人。頭の中がセレスの記憶で埋め尽くされても、その感情だけは依然として確かなままであった。
「―――マーロン………!」
セレーネは感情のままマーロンに抱き着いた。首から後ろに手を回し、ぎゅっと身体を密着させる。
マーロンの身体から伝わる彼の体温。すぐ隣にある顔から伝わる彼の吐息。そのどれもが、セレーネの心を安心させる。混乱しきった頭の中を、彼が整えてくれる。そんな気がする。
愛しい私のマーロン………。
どうかしばらくは、このままでいさせてください。
~ マーロン ~
水晶玉の光が消えてからセレーネは、突如マーロンに抱き着いて来た。
大切な人からの突然の抱擁にマーロンは面食らうも、愛しいセレーネの声と表情で、マーロンはただひたすらに彼女を抱き締め続けることを決めた。
彼女の声は震えていた。彼女の顔は悲しみで歪んでいた。流れ込んだセレスの記憶で彼女が悲しんでいる。
だったらそれを受け止めるのがマーロンの仕事だ。
セレーネの密着した身体から伝わる速い鼓動。すぐ傍にある顔から伝わる彼女の吐息。愛しい彼女からの抱擁。震える彼女の心を暖めるため、マーロンはひたすらにセレーネを抱き締め続けた。
何十分経っただろうか。あるいは何時間かもしれない。
それほどまでに長くセレーネを抱き締め続けたマーロン。気付けば抱き締め続けたセレーネの顔は、真っ赤に染まっていた。
「もう、大丈夫です…………!」
セレーネからの合図でマーロンはようやくセレーネを解放した。
直前まで密着していた彼女の鼓動はドクドクと速く鼓動していて、顔は耳まで真っ赤であった。
途中から恥ずかしくなってきたのであろう。
お互いにジッと顔を見つめ合う。
マーロンはセレーネの瞳を真剣な表情で見つめ、セレーネは恥ずかしがりつつもマーロンの顔をじっと見る。
こういう時、何と言ったらいいのだろうか。対人関係に疎いマーロンにはわからない。
今の彼女の脳内には、かつての再生の魔王セレスの記憶が入っているはずだ。
その影響はどうなのか。先ほどまでの反応からは、今までのセレーネとそう変わっていないように思えるが。
そんな考えを、マーロンは振り払う。
マーロンは約束したのだ。セレーネがどうなっても傍にいると。彼女の従者であり続けると。そう約束したのだ。
だったら、取るべき態度は1つだ。
「セレーネ様。ご気分はいかがですか? 具合が悪いとかありますか?」
セレーネの従者として、彼女を気遣う言葉。
1000年前の人物の記憶が一気に流れ込んできたのだ。頭がぐちゃぐちゃになっていてもおかしくない。気分がすぐれない状態であるかもしれないのだ。
マーロンは今までと変わらぬ態度で、セレーネの身体を気遣う。
「――――大丈夫です。ですが、少し混乱していて」
目の前のマーロンの変わらぬ態度にほっとした様子を見せたセレーネは、自身の現在の状態を吐露する。
「では、このまま少し休憩しましょうか。少し横になりますか?」
マーロンはそう言って、胡坐をかいている自らのももあたりをポンポンと叩く。
膝枕がありますよという、無言のジェスチャーだ。
「は、はい! では、お言葉に甘えて!」
セレーネはまたしても少し頬を赤らめながらも、マーロンの膝に頭を乗せて地面に寝そべった。
「ごつごつしてて寝心地最悪でしょう?」
「そ、そんなことありませんよ!? 最高です!!」
マーロンの問い掛けに慌てた様子で返すセレーネ。その慌てようから、やはり寝心地は悪いのだとわかる。
鍛えて筋肉質な身体だ。たしかにそこらの膝枕より硬い枕であろう。
「マーロン。手を」
「はい。喜んで」
セレーネの要求に従い、マーロンはセレーネに手を預ける。
セレーネはマーロンの右手を受け取ると、自らの両手でガッチリと包み込み、胸の前に持っていく。
マーロンに甘えるようなセレーネからの要求に、マーロンはようやくセレーネの状態を把握した。
(今は混乱しているようだが、以前のセレーネ様のままのようだ)
安心したようにマーロンは、自らの膝の上に頭を乗せるセレーネの顔を見る。
するとそこには、目を閉じてスヤスヤと寝息を立てるセレーネの寝顔があった。
マーロンはそんなセレーネの寝姿にクスリと笑い、穏やかな表情で少女の顔を見つめる。
(安心してくださいセレーネ様。例えどのような壮絶な過去であったとしても、あなたを支え続けます)
マーロンは心の中で再び決意し、セレーネが起きるのを待ち続けた。
いつも本作をお読みいただきありがとうございます。
最近、更新が滞ってしまい申し訳ございません。
最近まで忙しくて執筆の時間がとれておりませんでした。
これからはしばらく時間が取れる予定ですので、気ままに更新していきます。
どうぞ引き続き、本作をよろしくお願いいたします。




