81. セレスの記憶①
~ 1000年前 再生の魔王セレス ~
「セレス様~!どこですか~!」
ガントルが叫ぶ声が聞こえる。口うるさいが、双子姫の忠実な従者の1人だ。
セレスはそんなガントルの声を聞きながら、木の上で息を潜めてガントルが通りかかるのを待つ。
髪は長い銀髪のストレートヘア。身体はスレンダーで、胸のふくらみは控えめ。だが、見るもの全てを惑わすような絶世の美女。光り輝く赤い瞳と、頭に生えた二本の角以外は人間と見た目が変わらない、魔族たちの王の1人。双子姫の妹である、再生の魔王セレス。
彼女こそが再生の魔王セレスだ。
そんなセレスは現在、ガントルへの悪戯の為に木の上に登って息を潜めているのだ。
「全く………。セレス様はいつもこうです!目を離したらすぐに居なくなる!」
ガントルが怒る姿に笑いを堪えながら、セレスはガントルの到着を待つ。
しばらく後、遂にガントルがセレスの真下を通り過ぎようとする。
それを見計らっていたセレスは、すぐに魔法を行使した。
手の平から水の球を作り出す、初歩的な魔法である。
作り出された水球は真っすぐに下に落ち、ガントルの頭に直撃する。
すると、水球がパァン!と弾け飛び、ガントルの事を水浸しにした。
「あはははは!ひっかかった~!!」
水浸しになったガントルを見て、たまらず大笑いを始めたセレス。
そんなセレスの様子と水浸しの現状に、遂にガントルの怒りが爆発する。
「セ~レ~ス~さ~ま~!!」
徐々に怒りの形相に変わっていくガントル。そんなガントルの見慣れた姿にまたしても笑いながら、セレスは木の上を飛び回って逃亡を図る。
「やばい!逃げないと!」
そう言って逃亡を開始したセレスをガントルは怒りの形相で追いかける。
「待ちなさい!こんの、お転婆娘がァ!!」
これが再生の魔王セレスの、日常の風景の一コマだ。
「セレス様、ほんと勘弁してください………。アリス様に怒られるのは私なんですから………」
「うふふ。ごめんなさいねガントル」
イストウェストの東に存在する魔族領。その中央に存在する巨大な城、魔王城。その中をセレスとガントルが肩を並べて歩く。
ガントルの髪はまだ濡れており、先ほどのセレスの悪戯の痕跡が残ったままである。
身長5メートル程度の筋骨隆々の身体で、4本の腕を持つ巨漢であるガントルであるが、その見た目とは裏腹に、癖のある魔王の従者たちの中でも最も忠誠心の強い真面目な人物である。
その真面目さが災いして、よくセレスに悪戯をされているのだが。
そんな仲良く歩く2人の先から、同じく2人組の女性が歩いてくる。
セレスはその内の1人を見ると、ぱあっと表情を明るくして駆け出し、金髪の女性に飛びついた。
「アリスお姉様!」
「セレス!」
セレスにアリスと呼ばれた女性は、飛びついてきたセレス抱き着かれ、困ったようにセレスの名を呼ぶ。
アリス。破壊の魔王と呼ばれる双子姫の姉だ。見た目は金髪のストレートヘアに紅い瞳。頭にはセレスと同じく2本の角がついており、セレスとは違って豊満な胸を持っている。
「もう!ダメじゃないセレス!私に触れたら!」
困ったような顔をしたまま、アリスは抱き着いてきたセレスを恐る恐る引き剥がす。
「ごめんなさい、お姉様………。でも、会えたのが嬉しくて………」
「昨日会ったばかりでしょうに………。まったく、まだ『破壊』の力を制御できないんだから、何かあったらどうするのよ」
破壊の魔王アリスが持つユニークスキル、『破壊』。その名の通り、破壊の力を使うユニークスキルだ。使用する攻撃系魔法の威力を桁違いに増強するほか、触れた者を破壊する力を持つ。
この『破壊』のスキルであるが、持ち主のアリスであっても制御することが難しく、今でも時々、意図しないタイミングで破壊の力を使ってしまう事があるのだ。
そのため、アリスは不用意に人に触れないように日頃から注意しているのだ。
「私だったら大丈夫です!『再生』の力で、常時再生してるんですから!」
「でも、痛みは感じるんでしょ?そんなの嫌だわ」
「お姉様は優しいですね。でも、そんなの気にしなくていいのに」
「あなたが大切なのよセレス。大事な、たった1人の妹なんだから」
「お姉様………」
見つめ合う双子の姉妹。2人は魔王として、過酷な運命を背負って生まれてきた。その為か、2人の絆は普通の姉妹や家族なんかより、うんと強いのだ。
「相変わらず仲が良いですね。アリス様とセレス様は」
アリスと共に歩いていた、もう1人の緑髪の女性が言う。
「エルザ。居たの?」
「ずっと一緒に居たでしょ!耄碌したんですかアリス様!」
「あはは。ごめんなさい」
エルザ。緑のショートヘアで、尖った耳を持つ女性だ。その特徴を持つ種族は長耳族、つまりエルフである。魔王の忠臣の1人であり、長耳族の長でもある。
「おい、エルザ!耄碌とはなんだ!言葉が過ぎるぞ!」
「相変わらず口うるさいわねガントルは。そんなんだから従者の中で浮いてるのよ」
「お前たちが軽すぎるのだ!我らが魔王様だぞ!」
ガントルとエルザが言い合いを始める。魔王を尊敬し、忠臣たろうとするガントルと、まるで友のように接するエルザ。どちらもセレスが大好きな従者たちだ。
「はいはい。喧嘩はやめなさい。これから会議室に戻るわよ~」
いつもの光景なのか、アリスはそんな2人を気にも留めず独りでに歩き始める。セレスもそんなやり取りにニコニコしながら、アリスの後を付いて行く。
魔王たちに置いて行かれそうになった2人の忠臣は、慌てて双子姫を追いかけるのであった。
そして辿り着いた会議室。その中で待っていたのは、魔王姉妹の忠実なる従者である最後の2人であった。
1人目はウーロス。人狼族の男性だ。普段の見た目は人間と変わりがないが、獣化することで人狼に変身することができる種族である。
普段の見た目は灰色のツンツン頭。身長は190センチ程で、筋肉も程よく付いた細マッチョな男性だ。
もう1人はドリトル。ドワーフ族の女性だ。
ドワーフ族は物づくりが得意で、様々な武器や魔道具を作っている、戦闘より支援が得意な種族だ。みんな120センチくらいの低身長で、その割には筋肉があり、見た目的にはずんぐりとした印象を受ける種族である。
ドリトルもそのご多分に漏れず、120センチほどの低身長の女性ドワーフだ。
「ウーロス、ドリトル。お待たせ」
「お待たせしました、皆さん」
そんな2人の忠臣に対して、アリスとセレスは気さくに挨拶する。
何やら話し込んでいた2人は双子姫が来たことに気付くと、すぐに挨拶を返す。
「よう。待ってたぜお2人さん」
「やあ。会うのは久しぶりだね2人とも」
ウーロスとドリトルからの返事だ。
2人ともかなり気さくに返している所を見てわかる通り、お堅いのはガントルだけである。
ガントル、エルザ、ウーロス、ドリトル。この4人が魔王に直接仕える、魔王の忠臣たちである。
「なんの話をしてたの?」
話し込んでいるのを見ていたからなのか、セレスがウーロスたちに尋ねる。
「飯の話だ。人の肉のどこが美味いかってな」
「僕は食べたこと無いから知らないんだけど、こいつが勝手に話してくるんだよ。面倒な事この上ない。人間を食べるなんて野蛮だね」
「今はその人間たちと戦争中だぜ?資源は大切にしないとな」
「それが野蛮だって言ってるんだよ。普通戦争の相手を食べたりしないって」
人狼の主食は主に人間だ。その為、人狼族はよく戦地で食料を調達しているのだ。人間との戦争は体のいい餌場なのである。
「人を食べるのはあんまり好きじゃないわ。ほどほどにしてよ」
「わかってるよアリスの嬢ちゃん。戦争が終われば控えるさ」
意外と聞き分けのいいウーロス。彼は口が悪くても、結局魔王の忠実なる従者の1人なのだ。
「それで、その人間との戦争の話よ」
おもむろにエルザが本題に入る。
現在魔族は人間との戦争中だ。100年以上続く人間との戦争。その真っただ中なのだ。
魔族領はイストウェストの東側。現代ではイースト帝国となっている場所は、本来であれば魔族領であった。
それに隣接する西のウェスト王国。この国が人間たちの総本山なのである。
数年前までであれば魔族は人間に押されていた。だが、その状況が現在変わりつつあるのだ。
それがアリスとセレス、2人の魔王の誕生である。
突然生まれ落ちた2人の魔王のお陰で、魔族軍は一気に盛り返したのだ。
破壊の魔王の力で人間軍は破壊され、再生の魔王の力で魔族軍はちょっとやそっとじゃ倒れない。そんな強力な力を前にすれば、人間軍が押されるのも仕方の無いことであろう。
「戦況は現状五分五分です。魔王様の力をもってしても、攻めあぐねております」
「チッ………。勇者アレクか………」
だが、魔族が押していたのも1年ほど前までの話だ。
現状の戦争は五分五分の力で拮抗しているのである。
その理由というのが、人間軍側に勇者が誕生したからだ。
勇者アレク。人間側に突如現れた戦士。持ち合わせた様々な能力で戦場をかき乱す、厄介な存在である。
「勇者アレクとは何度か戦ったけど、私の破壊の力をもってしても倒せない、かなり強力な相手よ」
「面倒な相手だね、ほんと」
やれやれと言った様子でアリスとドリトルが言う。
「でも、結局奴の相手をできるのは私とセレスしかいない」
「そうですね………。次の戦場でもよろしくお願いいたします。アリス様、セレス様」
「任せておいて」
「はい。任されました」
申し訳なさそうなガントルの言葉に、アリスとセレスは同時に返事をする。
結局、勇者アレクの相手ができるのは、同じく特異な力を持つアリスとセレスだけだなのだ。
「―――1人でも、眷属がいればこんなことには………」
そう、エルザが言う。
「無い物をねだっても仕方ないだろう」
「そう、ね………」
眷属。魔王の力を一部受け継ぐことができる、魔王の忠実なる僕の事だ。
本来、魔王には眷属となれる候補がいる筈である。だが、何故か2人にはその眷属候補が居ないのだ。その為、2人の魔王は眷属無しで勇者と戦うしかないのだ。
「エルザの占星術でも眷属候補は見つけられなかったんでしょ?だったら仕方ないわ」
「そうです。それに、私たちには眷属じゃなくても、立派な従者たちがいますから!」
アリスとセレスが4人の忠臣たちを見ながら言う。
眷属などいなくても大丈夫。自分たちには4人も忠実な従者たちがいるのだ。
それだけでセレスは戦える。そう、彼女は信じていたのだ。




