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80. マーロンとセレーネの契約

 ~ セレーネ ~


 セレーネはマーロンとガントルの戦いをじっと見つめていた。祈るように両手を胸の前で組み、ただマーロンの勝利を願っていた。

 2人の戦いはセレーネには目で追えないほど速かった。セレーネが参戦などしていたら、速攻でノックアウトされていたであろう。それほど2人は卓越(たくえつ)した戦いを演じていた。


 そして終わりを告げた2人の戦い。

 最後に立っていたのはマーロンだった。


 セレーネはその事に喜びを隠しきれず、戦闘が終わったのを確認した後すぐに駆け出し、マーロンの胸の中にダイブした。


「マーロン!」

「お嬢、ダメです!血がついてしまいます!」


 喜びのあまり、マーロンが血塗れであることを忘れてしまっていたセレーネは、すぐに我に返ってくる。今の彼は怪我をしている。身体の至る所に切り傷があり、特に左腕は深く肉が裂けているのだ。すぐに治療しなければ。


「すみませんマーロン!すぐに治療を!」


 セレーネはそう言って、マーロンの身体に治癒魔法を行使し始めた。

 セレーネの両手が光り、暖かな淡い白がマーロンの身体を包み込む。

 徐々にマーロンの身体の傷は癒えていき、すぐにマーロンの身体は元の健康な身体を取り戻していた。


 再生の魔王の転生体であるセレーネのユニークスキル、『再生(リジェネレート)』だ。まるで再生するかのように何でも元通りの状態に戻す、強力なスキルである。今は治療などにしか使えないが、本来の力を取り戻せば、もっと強力なスキルになるらしい。


「ありがとうございます、お嬢。助かりました。左腕が千切れそうだったので」

「ありがとうはこちらのセリフです。良く勝ちきってくれました」


 セレーネはそう言って、分断されたガントルの骨だけの亡骸を見る。今の自分は知らない、前世の自分が信頼していた忠実な従者、ガントル。彼は1000年もの間、セレーネの転生まで記憶を守り抜いてくれていたのだ。


「彼は強かったですか?」

「はい。とても」


 マーロンが噛みしめながら言う。その短い言葉からは、尊敬すら感じ取れそうな雰囲気であった。


「彼程の人が仕えていたのです。再生の魔王セレスは、それは魅力的な人物だったんでしょうね」


 セレーネが少し目を伏せながら言う。精霊の森のエルフたち、目の前でマーロンと死闘を繰り広げたガントル。彼らは皆、1000年前のセレスを心の底から尊敬し、復活を心から望んでいるようであった。

 今の自分は、再生の魔王に、セレスに相応しい人物なのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。


「お嬢。今のあなたも、とても魅力的な女性ですよ」


 そんなセレーネの憂いを敏感に感じ取ったのか、マーロンがそんな事を言う。マーロンのそんなキザな誉め言葉に、セレーネは頬を紅潮させて恥ずかしがる。


「あ、ありがとうございます、マーロン………」


 大好きな彼の言葉に、一瞬で思考をマーロンで埋め尽くされてしまった。まったく、単純な女だなと自分で思う。


「さぁ、行きましょうか」

「はい。そうですね」


 マーロンから促され、セレーネはマーロンと共に歩き出す。

 目指すは大広間の先にある、小さな部屋。ガントルはそこを守っていた。ならば恐らく、そこにセレスの記憶が封じ込まれているはずだ。


 歩幅を合わせ、2人で共に進むマーロンとセレーネ。

 進んだ先にある部屋の中に入ったセレーネたちは、その真ん中にある物体に目を奪われた。


 その部屋の中にあったのは、意匠の凝られた人の背丈ほどの台座の上に乗る、白く光り輝く球体であった。青く半透明な、まるで水晶玉のような球体だ。これがエルムたちが言っていた、セレスの記憶が封じ込められた魔道具であるという事だろう。


「綺麗………」

「そうですね………。目を奪われてしまいます………」


 セレーネはマーロンと共に、その綺麗な球体に目を奪われる。

 青い水晶玉が発する暖かな淡い白の光は、生きているかのように鳴動している。見ているだけで心が穏やかになる、そんな光であった。


「この中に、前世の記憶があるのですね………」


 セレーネはそう言って、ぎゅっと胸の前を手で押さえた。握り締めた服にしわが寄る。


「―――やはり怖いですか?」


 マーロンが優し気な声音でセレーネに問う。


「―――なんでもお見通しですね、マーロンは」

「あなたの専属執事ですから」


 何でもない事のように言うマーロン。

 彼の言う事は図星であった。セレーネは怖いのだ。前世の記憶を取り戻すことが。

 もし記憶を取り戻すことで、今のセレーネが別人に変わってしまったら?そんな事を考えると、セレーネは怖くなってしまうのだ。怖気づいてしまうのだ。


 だが、世界から命を狙われる現状を打破するには、前世の記憶に頼るしかない。前世で何が起こったのかを知って、狙われる理由と対策を知るしかないのだ。

 狙われているのがセレーネだけだったらまだいい。だけど、バーナス王は自分の父であるビレッジ公爵も狙ってきたし、フレデリックやヒルダ、フランマ。そして、大好きなマーロンの事も巻き込んでしまったのだ。

 もう後戻りはできない。記憶を取り戻すしかないのだ。


 本当はずっと怖かった。自身が再生の魔王だと知って、ずっと内心で恐怖を抱えていた。だけどそれを、セレーネは気取られないようにしてきた。だけどやっぱり、マーロンにはわかってしまうのだろう。


「怖いんです。記憶を取り戻すことで、自分が自分でなくなることが。今の私が記憶を取り戻して、どうなってしまうのか。ずっと怖かったんです」


 セレーネはそう、マーロンに自分の気持ちを吐露した。抱えていた恐怖。自分が自分でなくなる恐怖。それはセレーネの中でずっと、渦巻いていた感情だ。


 マーロンはそんなセレーネの感情の吐露(とろ)を、真剣な目で聞いていた。目を真っすぐに見て、瞳の奥を覗き込んでくる。

 ビレッジ公爵と2人っきりで話してから、一向に合わなかった視線が遂に交わる。


 そしてマーロンは、そんなセレーネの震える手を取り言う。


「では、契約をいたしましょう」


 突如マーロンはそんな事を言い、セレーネの手の甲に口づけをした


「えっ!?」


 突然のマーロンの行動に、セレーネは顔を急速に赤くしながら目を見開く。

 マーロンはそんなセレーネの様子などお構いなしに、頬を紅く染めながらも、真剣な顔で言う。


「お嬢。私の妻になってくれませんか?」


 ――――――。


 マーロンからの衝撃の言葉。セレーネの思考が一瞬停止する。

 今、彼は何と言った?理解が追い付かない。


 妻?つまり、自分とマーロンが、夫婦になるという事だろうか?


 セレーネの思考が少しずつ追いついてくる。

 つまり自分は今、マーロンにプロポーズされているのだ。


「えっ………!え~~~~~っ!!!!!」


 一拍置いて、遅れたタイミングで、悲鳴のような、歓喜のような、絶叫のような、そんな驚きの声を上げた。


「ちょ、マーロン!?それ、本気で言ってます!?」

「本気も本気です。こんな所で、冗談なんて言いませんよ」

「えっ~~~~~~~~!!」


 セレーネは顔を真っ赤に染めながら、頬を両手で覆う。いきなりな展開過ぎて、感情が全く追いつかない。

 驚愕と歓喜と信じられないという疑惑が、自分の中でひしめき合う。


「ほんとにほんとですか!?嘘じゃないですよね!?」

「本気だって言ってるじゃないですか!」


 未だに信じられないセレーネに、マーロンが少し口をへの字に曲げる。どうやら本当に、本気の本気であるようだ。


「そ、その………。プロポーズって事ですよね………?」

「お嬢………。それ以外の何に聞こえたんですか?私だって勇気を出したんですよ?」

「うっ………!ごめんなさい」


 マーロンは呆れた様子で言う。どうやら本当にプロポーズで間違いないようだ。


「じゃあその………。マーロンは私の事が好きなんですか………?」

「もちろんです。綺麗な青い瞳に、輝く銀色の髪。慈母のような優しさに、時に感じる無邪気さ。全てが私を引き付けて止まないのです。―――あなたの事を愛しています、お嬢」


 マーロンは照れて顔を真っ赤に染めながらも、決して目は逸らさずに言った。

 マーロンからのべた褒めの賛辞と真剣な目に、セレーネの顔は更に赤くなる。もうゆでだこ以上に真っ赤っかだ。


「あ、あ、ありがとうございます………!すごく、嬉しいです………っ!」


 セレーネはマーロンからの突然の告白に驚きつつも、表情が徐々に笑顔に変わっていく。喜びで顔がとろけ、にやけたような表情に徐々に変化していく。


「わ、私も!マーロンのこと、大好きです!愛してますっ!」


 そして、セレーネの方もマーロンに負けじと、自分の想いをぶちまける。


「いつもマーロンは私の事守ってくれます!マーロンの背中に、何度救われたかわかりません!そんなの、惚れない方が無理です!マーロンは本当に、素敵な男性です!」


 マーロンはずっとそうだった。セレーネが覚えてもいないような事をずっと覚えていて、その恩を返すためだと言って、いつもセレーネの事を助けてくれた。まるで絵本の中の、白馬の王子様のような男性なのだ。少し乱暴で怖い所はあるものの、それを補って余りあるほどの魅力にあふれた男性なのだ。

 そんなの、好きにならない方がおかしいだろう。


「だから、その………」


 セレーネは今さら恥ずかしがるように、指をもじもじさせる。ドキドキで胸の鼓動が早くなる。

 マーロンは勇気を出して言ってくれた。ならば、ちゃんと返事をするのが筋である。


 セレーネはゆっくりと深呼吸する。すうはあと、ゆっくりと息を吸っては吐く。

 少しずつ胸の鼓動が収まってくる。ようやく、元の自分に近い状態に戻る。


 そしてセレーネは、勇気を出してそれを口にした。


「そ、その!末永くよろしくお願いします!」


 セレーネはそう言って、マーロンの手を握った。握ったマーロンの手から、人肌の温もりを感じる。いつものマーロンの体温より、少しだけ温かい。


「良かった………」


 マーロンはそう言って、ほっとしたかのように息を吐き出す。彼も緊張していたのだろう。その表情から安堵が読み取れる。


 マーロンは数回深呼吸をして息を整えると、改めてセレーネに向き直った。

 まだ婚姻前ではあるものの、婚約を済ませた愛し合う男女2人組だ。


「お嬢。愛しています。これまでも。そして、これからも」


 マーロンはそう言って、右手をセレーネの左頬に添える。マーロンの温かな体温を左頬から感じる。心地よい、安心する温かさだ。


「例えお嬢が記憶を取り戻しても、それで何かが変わったとしても、私はあなたを愛し続けます。愛し続けると誓います」


 マーロンは添えた右手の親指で、セレーネの左頬をそっと擦る。マーロンのごつごつとした指の腹が少しこそばゆい。


「だから安心してください。もしあなたが変わってしまったとしても、あなたの傍にはいつも、私がついてます。あなたの傍に居続けます」


 そしてマーロンは、セレーネの瞳を真っすぐに見ながら言った。

 そう。彼はセレーネに、これを伝えたかったのだ。例えセレーネが記憶を取り戻し、別人のように変わっても、マーロンは変わらず自分を愛し続けると言いたかったのだ。ずっとセレーネの傍にいて支えてくれると、そう言っているのだ。


 マーロンからの言葉を聞いて、セレーネの中に渦巻いていた恐怖が少しずつ溶けていく。自分が自分でなくなったとしても、自分にはマーロンがいる。大好きな彼が傍にいてくれる。ずっと愛してくれている。そう、彼は誓ってくれた。

 マーロンはいつもそうだ。セレーネにいつも安心をくれる。彼がくれる言葉はいつも、セレーネが望んで止まない言葉なのだ。

 彼の心地よく低い声が、セレーネにはよく響く。心の奥底まで浸透してくる。彼の声がいつも、セレーネの心を癒してくれるのだ。


 気付けばセレーネの心から恐怖はなくなっていた。

 我ながら単純だなといつも思う。結局彼の言葉に、いつも助けられている。

 取り戻した記憶がどんなものであろうと関係ない。自分にはマーロンがいる。だからもう怖くない。


「マーロン。ありがとう」


 セレーネはそう言って勇気を振り絞る。

 目の前に光り輝く青い水晶。その中にあるセレスの記憶。


 その記憶には、どんな願いが詰まっているのだろうか?

 セレーネはそんな事を思いながら、勢いよくその水晶を掴み取った。

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