79. マーロンVSガントル
~ マーロン ~
目の前には四本の剣を持つ骨だけの男、ガントル。そんな異世界でしか見ないような存在を目の前にし、血を湧きあがらせるマーロン。
こんな前世ではあり得ないような存在と殺し合えることこそ、異世界の醍醐味というものだろう。
かく言うマーロンも、異世界でしか見たことのない姿形をして、ガントルと対峙している。人間と狼が混ざったような姿をした存在。それが今のマーロンだ。
異世界に渡ったことで得られたユニークスキル、『人狼化』。このスキルのお陰で、マーロンは異世界の化け物のような存在達と渡り合えるのだ。
「マーロン」
マーロンはただ一言、自身の名を明かす。
目の前のガントルはただ黙ってじっとマーロンの姿を見たままだ。だが、対峙しているマーロンにはわかる。この男は喋れない。喋れないなりに、マーロンに礼節を尽くしている。じっくりをマーロンを見て、その姿形を観察している。
そしてガントルは、四本の剣を構えた。
言葉などいらない。ただ自分にお前の力を見せてみろ。そう態度で示すかの如く、ガントルは四本の剣を構えた。
マーロンもそれに応じる。肉球の付いた可愛らしい手から、ジャキリと鋭い爪が顔を出す。そして、左手を前に突き出し、すぐに動き出せるよう態勢を整える。
対峙してわかる。ガントルという男、ただものではない。今まで戦ってきたどの存在よりも強敵だ。それが構えだけで見て取れた。
そんな強敵を目の前にして、マーロンは舌なめずりをする。マーロンの狂犬の血が騒ぎだす。
ああ。これ程の存在と戦ったのは、前世でのとあるボクサー以来だ。それほどの興奮を目の前の男が芽生えさせる。
対峙する2人の間に静寂が流れる。眉1つも動かさない両者。2人の距離は20メートルほど。彼らほどの達人であれば、一瞬で詰められる距離。
だが、両者とも動かない。
卓越した達人同士の戦いでは、一挙手一投足が命取りになる。それを2人はわかっているのだ。
しかし、このままでは埒が明かない。
赴いたのはマーロンの方。だったら、先に動くのはマーロンの方であるべきだ。それが客人としての礼儀であろう。
極道同士の挨拶でも同じだ。赴いた客人の方が、家主より先に名乗る。それこそ、極道社会の礼節だ。
「いくぞ」
そう1人で呟いたマーロンは、一気に地面を蹴り上げた。
「弾丸の如き突進!」
一気に駆け出したマーロンは、弾丸の如き速度でガントルに迫る。一瞬にしてガントルの元へと到達したマーロンは、弾丸の如き速さを利用して腕を振るう。
振り下ろされたのは鋭い爪の付いたマーロンの右手。岩をも斬り裂きそうな鋭い爪が、ガントルの骨を砕かんと迫ってくる。
ガントルはそんなマーロンの攻撃に容易に反応する。
四本の手で持つ四本の剣をお互いにクロスさせ、マーロンの爪を剣で受け止めたのだ。
鍔迫り合いのように火花を散らす爪と剣。ギリギリと音を立てながら力は拮抗する。
だが、次第にマーロンの方が押され始める。マーロンは右手一本。対するガントルは四本の腕。単純に力の入り具合が違う。
拮抗していた力のバランスは崩れ、遂にマーロンの右手が跳ね上げられた。
「くっ!」
右手を跳ね上げ、無防備になったマーロンの身体。ガントルはそれ目掛けて剣を横薙ぎに一閃する。
マーロンは咄嗟に足を蹴り、後ろに退避する。
ガントルの剣の一薙ぎはマーロンの腹を掠め、横一線に血の軌跡を描く。
「―――ッ!」
後ろに下がったマーロンが腹を抑える。
大丈夫、傷は浅い。表面の皮膚を少し切っただけのようだ。
それでも、マーロンが先に怪我を負わされたのはこの世界に来て初めての出来事だ。その事にマーロンは、更に血を滾らせる。ああ、これこそマーロンが求めていた、血沸き肉躍る戦いである。
そんなマーロンの様子とは裏腹に、ガントルは冷静にマーロンに追撃を行う。
距離を開けたマーロンに、今度は自ら近付き、四本の剣を振るい始めた。
右上の手から剣は振り下ろされ、次は左下の手から。今度は左上の手から。次は右下の手から。
四本の腕から不規則に振るわれる四本の剣。マーロンはそれを、時に避けつつ、時に爪で受け止めつつ、何とか耐える。
マーロンを怒涛の如く責め立てるガントルの四刀流。
ソードダンサーの異名に相応しいほどのその剣技は、その名の通り踊り狂うような剣技であった。
くるりくるりと舞い踊るかのように振るわれる四本の剣は、次第にマーロンの皮膚を掠めて切り傷を増やしていく。
「くっ………!強いな………!」
言葉とは裏腹に、笑みで顔を歪めるマーロン。
だが、このままではジリ貧だ。マーロンは姿は違えどただの人間。対して敵は疲れ知らずのスケルトン。
スタミナの事を考えれば、先に体力が尽きるのはマーロンの方だ。このままでは負けが見えてくる。
(強引に動くか………!)
そう心に決めたマーロンは、突如先ほどまでとは違った行動に出る。
ガントルの右上の腕から振るわれた剣を、自らの左腕で受け止めたのだ。
サクッと肉を切られるマーロンの左腕。斬られた肉から鮮血が飛び出し、ガントルとマーロンの身体を紅く染める。
マーロンは痛みに耐えつつ、ガントルの剣を何とか左腕の骨で受け止めきる。
そのままマーロンは、右手の爪先に力を籠める。
「斬り裂く戦爪!」
マーロンは右手についた紅く光った鋭い爪を、受け止めたままであったガントルの右上の腕に振り下ろした。
ガギィン!!という鈍い音を立ててぶつかったマーロンの爪とガントルの骨。
岩をも砕くような勢いで振るわれたマーロンの爪は、ガントルの骨などモノともしない威力で振り下ろされ、ガントルの腕を真っ二つに引き裂いた。
空に投げ出されたガントルの腕と剣が、地面に落ちてカランという音を鳴らす。
骸骨で無表情のガントルもこれには驚いたようで、直ちにマーロンからバックステップで距離を取った。
マーロンが斬られたのは左腕の肉。対してガントルは腕一本。これこそまさしく、肉を切らせて骨を断つだ。
だが、それで終わってくれるほどガントルは優しくない。
自ら距離を離したガントルは、30メートルほど離れた地点から三本の剣を上へ振りかぶり、一気に振り下ろした。
すると、振り下ろした全ての剣から薄透明色の魔力が発射され、三日月型の弾となってマーロンへと飛来する。
剣閃と呼ばれる、剣に魔力を乗せて飛ばす剣術の技術の1つだ。
それを見たマーロンは、飛来する剣戦に対応する。
自らも自身の爪に魔力を纏わせ、ガントルと同様に爪を振り下ろして魔力を飛ばす。
「空を裂く爪閃!」
マーロンが放った10本の爪閃と、ガントルが放った3本の剣閃がぶつかり合い、ガギィン!という音を鳴らしながら、対消滅した。
消滅した爪閃と剣閃が放った衝撃波がガントルとマーロンに飛来する。強い衝撃に地面を強く踏みながら堪え、両者とも次なる攻撃の準備を整える。
ここからしばらく、遠距離戦が続く。
ガントルとマーロンは両者で広間を走り回りながら、爪閃と剣閃を打ち合う。
何度も互いに衝突し、衝撃の連続がマーロンたちを襲う。
衝突し、放ち、また衝突し、放つ。そんな攻撃の繰り返しが繰り広げられる。
だが、やはりここでも手数の差が浮き彫りになってくる。
ガントルの腕は三本で。対するマーロンは二本。必然的に手数はマーロンの方が少なくなる。次第にマーロンの方が捌ける数が減っていき、剣閃を何度も回避するハメになる。
ここでガントルは勝負に出る。
先ほどは攻めていたはずなのに打ち返された。停滞した攻めは反撃の糸口になる。それを理解しているガントルは、攻め方をガラッと変えた。
マーロンと打ち合う二本の剣閃はそのままに、余った一本を高い天井に向かって放ち始めたのだ。
何度も天井を襲うガントルの剣閃。次第に天井は崩れていき、剣閃によって切断された大樹の木片が天井から降り注ぐ。
「クソッ!面倒だな!」
マーロンはガントルからの剣閃だけでなく、天井から飛来する木片にも気を配らないといけなくなってしまう。
そうなると、次第にどちらかが疎かになって来てしまう。
再び放ったガントルの剣閃が天井を裂き、かなり大型の木片がマーロンの頭上から降ってくる。
マーロンはその木片に気付くのが遅れ、回避するのがギリギリになってしまう。
「ぐう!」
なんとかバックステップで回避したものの、地面と衝突した木片が砂埃を巻き上げ、マーロンの視界を奪う。
マーロンはすぐに砂埃を振り払い、ガントルの方を見る。
だが、そこには既にガントルの姿は無かった。
マーロンの背筋を悪寒が襲う。
視界を上に振り上げると、そこには飛び上がって剣を振り上げたガントルの姿があった。
上空に跳躍したガントルは、そのままマーロンに向かって三本の剣を振り下ろした。
「やっべぇ!」
マーロンは悪態をつきながら、何とか両手の爪で三本の剣を受け止める。
またしても鍔迫り合いのような形になるマーロンとガントル。
しかし、跳躍の勢いがついた分、ガントルの方が威力は上のようだ。
次第にマーロンの方が押され始め、じりじりと自慢の爪が押し込まれていく。
自身の身体を支える足も、次第に地面にめり込み始めた。このままではいずれ、三枚におろされてしまう。
「―――そうはさせるかよ………!お嬢が見てんだよ!!」
マーロンはそう言って、自らを奮い立たせる。
狙うのは一本少ないガントルの腕。三本になった事で、ガントルも気付かないうちに芯がずれている。マーロンはそこを狙い撃つ。
マーロンは剣を受け止める両手の内、右手の力を少し抜き、逆に左手に力を籠める。
するとどうだろうか。ガントルの剣がバランスを崩し、力を抜いた右手の方から滑るようにズレていく。
マーロンはそこに勝機を見出す。
すぐにマーロンは両手の爪を操り、剣と剣の間に爪を潜り込ませる。
剣と剣の間にするりと入り込んだマーロンの爪。そして次の瞬間、それは一気に外側へと切り開かれた。
「!?」
突如跳ね上げられた三本の剣。先ほどまで攻め立てていたガントルの三本の剣は、それぞれ別方向に跳ね上げられる。
残ったのは無防備に晒されたガントルの身体。あばらと、その先にある背骨が剥き出しになる。
マーロンはその隙を逃さない。
両腕を後ろに引いたマーロンは、勢いよく両手で掌底を繰り出した。
「狼王波!」
魔力の籠ったマーロンの掌底は、ガントルのあばら骨に直撃し、十数本のあばら骨を一気に粉砕する。
勢いはそれだけに止まらず、その先にある背骨にまで達したマーロンの掌底は、勢いそのままに背骨に軒並みならぬ衝撃を与える。
あまりの威力に身体をくの字に折るガントル。マーロンの掌底が直撃した背骨は耐えきれず、遂に身体を支えるその役割を放棄した。
ガントルの背骨はポキリと折れ、身体を真っ二つに分断する。
あまりの勢いに衝撃波収まり切れず、身体を真っ二つに折られたガントルは、宙を舞って吹き飛ばされた。
2つに分かたれたまま吹き飛ばされたガントルの身体は、地面に激突し、砂煙を上げながら床を転がっていく。
ずざざと滑りながら転がる身体は遂に壁に激突し、ようやくその勢いは収まり制止した。
「はぁ………はぁ………」
息を切らしたマーロンは、暫く息を整える。
すうはあと深呼吸をし、肺の空気を循環させる。
強敵であった。骨だけの身体に、四本の腕と剣。ちゃんと肉体があれば、負けていたのはマーロンの方かもしれない。
そう思えてしまうほど、ガントルは強かった。
マーロンは吹き飛ばされたガントルの元へと近付く。
ガントルはその身体を真っ二つに折られたまま、地面に横たわっていた。
ピクリとも動かないその骨だけの身体。
マーロンはその身体に向かって、深くお辞儀をする。
そして最後に、こう言い残した。
「お嬢の事は任せろ」
マーロンはそう言って、くるりとガントルから背を向けた。




