78. 大樹の中で
~ セレーネ ~
大樹をぐるりと取り囲む結界の中へ2人で進んだセレーネとマーロンの2人。手を固く握りあう2人は、大樹の中にあるという再生の魔王セレスの記憶を手に入れるために進む。
セレスの記憶が封じられた魔道具は、目の前にたたずむ大樹の中にあるという。セレーネたちが結界の中に入った地点から、右手に大樹をぐるりと回った先。その根元に人が入り込める程度の大きさの空洞があるという。
「ここでしょうか?」
「っぽいですね」
巨大な大樹の回りを歩く事数分、聞いていた通りの空洞を大樹の根と根の間に見つけた。
中は通路のようになっていて、枯れた根が壁になって先まで続いている。
セレーネたちはそんな大樹の作り出した通路を、共に歩みながら進む。
曲がりくねった通路を降るように進む2人。その足並みは揃い、共に前へと進む。マーロンが足並みを揃えてくれているのだ。セレーネの小さな歩幅に合わせて、マーロンはセレーネの隣を離れずに歩いている。
大樹の中を進むこと、さらに数分。
マーロンたちは遂に目的地にたどり着いた。
通路を抜けた先に広がっていたのは巨大な空洞。豪邸が建ちそうなほど大きな広間が、そこには広がっていた。
壁は枯れた大樹の根で覆われていて、地面は綺麗な土。天上の高さは50メートル程度。この空間で戦闘になっても問題ないほど、その広間は大きく広がっていた。
そして、そんな広間の真ん中に胡坐をかいて座る人物が1人。いや、彼は正確には人物ではない。
「あれがガントル………。1000年以上もこの地で記憶を守り続けた、スケルトンキング………」
その人物こそガントル。1000年前から今日に至るまで、大樹の中でセレスの記憶を守り続けてきた、忠実なる魔王の僕。彼がそこでセレーネたちを待ち構えていた。
座り込んでいるため正確な体躯は判断できないが、恐らく身長は5メートル程度。人間ではあり得ない大きさだ。
その姿は骨だけで構成されていて、骨格はほとんど人間と変わらない。頭蓋骨も人間の形と同じで、あばらや骨盤も人間そのものである。
だが、1つだけ人間とは違う箇所があった。それが肩甲骨から繋がった、4本の腕であった。
4本の腕の先にある骨だけの手。その手には4本の剣が握られている。四刀流であると聞いていたため、その情報に間違いは無いようである。
「思ったよりでかい………」
「ですね。まさかこれほど大きいとは、想定外かもです」
マーロンの呟きにセレーネが反応する。
大きさ的には普通の人間かと思っていたが、実際には人狼化したマーロンよりも大きい。
「―――でも、怖気づいてはいられませんね。行きましょう、マーロン」
セレーネはそう言って広間の中に踏み込もうとする。だが、マーロンがそれを腕で止める。
「待ってください。行くのは私だけです」
マーロンはそう、セレーネに言う。
「セレスの記憶は私が望んだものです。それをマーロンだけに働かせるなんてできません!」
「違うんです。お嬢がこの先に進み、ガントルと対峙する事こそ、ガントルの望まない事なのです」
「え………?どういう事ですか?」
まるでガントルの望みを知るかの如く言うマーロンに、セレーネは疑問が湧いてくる。
「大樹の周りには、お嬢と眷属候補の2人しか入れない。そしてその先にあるセレスの記憶はガントルが守っている」
「ええ。そうですね、だから2人でガントルを倒そうと………」
「でも、大樹の周りに結界があるなら、ガントルが守る必要は無い。そう思いませんか?」
「………!確かに………」
マーロンが言うことは一理ある。大樹の周りにはセレーネとセレーネの眷属候補1人しか入れない結界が張られている。普通であればそれだけでセレスの記憶を守るには充分なはず。なのに、その中で更にガントルが記憶を守っているのだ。確かに少し過剰な気もする。
だが、
「二重で守るという意図かもしれません。守るのに戦力は多いに越したことはありませんから」
「確かにそれもあり得るかもしれません。しかし、だったらなぜ、エルムたちは自分たちとガントルが戦う必要があると言ったのでしょうか。ガントルが外敵から記憶を守っているだけなら、お嬢と私はガントルと戦う必要は無いはずです。記憶をさっさと渡してお役御免。この方が良いはずです」
「それは………確かに………」
確かにエルムやその祖母であるエルバは、セレーネたちがガントルと戦う必要があると言っていた。単純に記憶を守るだけであれば、戦う必要は無いはずなのにだ。
「自分の予想では恐らく、ガントルという男は私を試したいのでしょう。転生した新たな再生の魔王、お嬢に相応しい眷属であるかを」
「!?」
マーロンの予想は確かに筋が通っている。確かにガントルには、外敵から記憶を守るという役割があったのかもしれない。しかし一番の目的は、マーロンという新たな眷属を試したい、そんな目的である可能性は否定しきれない。
「ガントルは忠誠心が高かったとエンバたちは言いました。ならば、新たな再生の魔王であるお嬢を傷付けたくはない筈。ここは私1人で戦うのが、この地で記憶を守り続けた彼への筋かと思います」
これにはたぶん、マーロンの願望も入っているのだろう。ガントルの胸中などわかるはずもない。マーロンはただ、言葉を並べてセレーネを戦わせまいとしているのだ。
だけど、確かにマーロンの言葉には説得力があった。しかも、セレーネの身を案じての事なのだ。
今のセレーネにはそれほど戦える力は無い。同世代の中ではかなり戦える方ではあると思うが、マーロンやフランマ、エルムたちに比べるとやはり、その実力は一歩も二歩も劣る。
マーロンはそんなセレーネに、無理に戦ってほしくないのだろう。
だったらセレーネは、このマーロンからの詭弁に騙されることに決める。自分を守ろうとしてのマーロンの言葉だ。ならばこそ、ここは従うのがマーロンのためである。
自分の記憶を取り戻すのに自分が戦えないというのは正直悔しいが、それも自分の弱さ故である。その自分の弱さをちゃんと認め、ここはマーロンの邪魔にならぬよう退くべきだろう。
この恩は、セレーネが記憶を取り戻し、本来の力を取り戻してから返せばよい。まあ、マーロンへの恩は死ぬほど溜まっているのだが。
「わかりました。―――頼みます、マーロン」
「承知しました。後ろで見守っていてください。私の戦いっぷりを」
セレーネからの了承を得たマーロンは、不敵な笑みをこぼしながら大広間の中に入って行く。
一歩一歩。ゆくっりと広間を進み、少しずつスケルトン姿のガントルに近付いて行く。
ガントルが座る先に見えるのは、小さな小部屋。恐らくそこに、セレスの記憶があるのだろう。
マーロンが近付き、ガントルとの距離が20メートルほどになったところで、ようやく胡坐をかいていたガントルが動き出した。
組んでいた足を解き、マーロンの視線の先でその体を起こした。
想像通り、かなりの長身だ。5メートルほどもある身長に、離れたセレーネすら気圧される。
だが、マーロンの背中が、そんなセレーネに安心をくれる。
ガントルが立ち上がったのを見てか、マーロンもその身体を変身させ始めた。
彼のユニークスキル、『人狼化』だ。今まで何度も見た、大好きな彼のもう1つの姿が、セレーネを守るように立ち塞がる。
向かい合う2人の男たち。今のセレーネを守るマーロンに、昔のセレスの記憶を守るガントル。
2人の忠実なる僕が、今まさに対峙した。




